オデッサ・ファイル(1974年イギリス・西ドイツ合作)

The Odessa File

まぁ、甘さはあるけど、なかなか良く出来たサスペンス映画。

ナチス・ドイツ時代に多くの人々を虐殺していた将軍の悪事を書きためた日記を手にした、
ハンブルクに暮らすジャーナリストが、実はナチ残党が再び結集しつつあり、活動を再開させていることを知り、
自ら変装しスパイとなって、ナチ残党が企んでいる陰謀を食い止めようとする姿を描いています。

監督は72年に『ポセイドン・アドベンチャー』をヒットさせたロナルド・ニームですが、
ダイナミックで豪快な描写に終始した大作志向の『ポセイドン・アドベンチャー』と比較すると、
とても地味な演出を強いられる作品であり、時にハードボイルドなテイストも匂わせながら、
実にストイックかつソリッドな感覚を持つ映画に仕上げており、ディレクターとして器用な側面を披露しています。

本作を観る限り、ロナルド・ニームの作家性は多様なものであったと思いますね。
そう思って考えると、元々は『ミス・ブロディの青春』などといった、ニューシネマ・テイストな青春映画もあり、
どちらかと言えば、前衛的なスタイルを持った映像作家であり、『ポセイドン・アドベンチャー』が異端だったのかも。

人気ハードボイルド小説作家であるフレデリック・フォーサイスの原作の映画化ですが、
フレデリック・フォーサイスの原作を期待してしまうと、やや甘さがあるとは思います。

とは言え、主演のジョン・ボイトはよく頑張っているし、
実在の強制収容所の所長ロシュマンを演じたマクシミリアン・シェルも素晴らしいキャラクター造形。
第二次世界大戦中のロシュマンの姿もそうですが、年老いてからの姿を演じたクライマックスもなかなか良い。

実在のロシュマンはユダヤ人の大量虐殺を指示した張本人であったことで、“リガの屠殺人”と呼ばれていました。
実は本作が製作された74年当時、実在のロシュマンはまだ健在だったようで、彼はどう観ていたのだろうか?
(ちなみにロシュマンは77年にパラグアイで心臓発作により他界したことが確認されているらしい)

映画のタイトルになっている、“オデッサ”とはナチ残党による秘密組織のことで、
ジョン・ボイト演じる主人公は危険を顧みず、この“オデッサ”の真実に単独で近づこうとします。
まぁ、一人のジャーナリストがやることにしては、あまりにリスクが大き過ぎることで、凄過ぎるような気はしますが、
ストイックに一人でドンドン行動に移していく姿は、フォーサイスが描くハードボイルドの世界観にはピッタリ。

この映画の主人公ピーターが命懸けで取材をしていただけあって、
どうやらフォーサイスも本作を出版してからが大変だったようで、いろいろな脅迫にあったらしい。
実際にどこまでナチスの残党が活動をしていたのか、よく分かりませんが、当時はタブーだったのでしょうね。

この手の映画にしては珍しいと言ってもいいような気がしますが、
映画のクライマックスには些細なドンデン返しが待ち受けています(笑)。これは僕は予想外でした。
フォーサイスなりの皮肉とも解釈できますが、映画の中でもしっかり描かれていたせいか、このラストは納得できる。

唯一、この映画で注文をつけたいところは、主人公の訓練をもっとしっかり描いて欲しかったことですね。
冷静に考えると、この主人公は常人では不可能なトンデモないスパイ活動に及ぶことになるのですが、
そのためには並大抵のトレーニングではダメで、拷問にも耐えうるような訓練があったはずで、
そういったタフな困難を乗り越えるだけのハードさが無ければ、あまり信ぴょう性が無いのですが、
正直言って、本作で描かれる範囲では主人公の訓練に関しては、どこか悪い意味で中途半端。

常に命を狙われていることを自覚しながら、スパイのように侵入している割りに、
彼の行動を見ていると、どこか警戒心が薄いように見えてならないのは、チョットいただけないですね(苦笑)。

そういう意味では、少々、出来過ぎな部分もある映画ではありますが、
適度にスリリングで十分に楽しめる内容になっている点は特筆に値するし、見応えも十分にある。
やはりロナルド・ニームは職人気質なディレクターなのかもしれませんね。常にほど良い緊張感があるのも素晴らしい。

そして絶妙に良いのは、そういった職人気質な仕事のように感じさせながらも、それが決して独りよがりではないこと。

派手さはありませんが、主人公に次々と襲い掛かる危機を淡々と描きます。
特に驚かされたのは、ハンブルクの地下鉄に恋人と乗ろうと、駅のホームで待っていたところ、
何者かに線路に突き落とされるシーンで、地下鉄がホームに侵入してくる直前で突き落とされるのですが、
これが実際にロケ撮影で行われたようで、スタントマンの力量が高くないとできない芸当でビックリさせられる。

当時の地下鉄の安全装置がどうなっていたのか知りませんが、
駅に到着した地下鉄が、乗り降りしようとドア付近に密集する人々を制して、淡々と地下鉄をバックさせて、
駅員や警察官が主人公を粛々と救出しようとする手際の良さに驚きを禁じ得ない(笑)。とても慣れた手順でした。

少なくとも、日本ではここまで器用な対応は聞いたことがないせいか、まるで準備していたかのような
全体の動きの良さが、妙に印象に残りますね。主人公の身のこなしにもビックリですが(笑)。

派手さはないスパイではありますが、何気にこの映画の主人公は凄いスパイですよ。
実は彼には映画の序盤では明らかになっていない狙いがあるのですが、それは本編を観てからのお楽しみ。
しかし、そのラストのドンデン返しも違和感なく構成できており、これはしっかりと作り込めている証拠だと思う。

映画の中盤で描かれた、ナチの残党が決起集会を行っているシーンの異様さは印象に残ります。
そこに堂々と入っていって、まるでナチ残党の仲間のように振る舞って、カメラで撮影して会場から締め出され、
リンチにあって傷だらけになりながら帰宅するのですが、それでもめげない主人公の執念が凄い(笑)。
その執念の秘密こそが、映画のラストで描かれるドンデン返しという構成になっているんですね。

賞賛された作品でもないため、
今となっては忘れられたような映画になってしまっていますが、再評価の価値ある一作だ。

(上映時間128分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ロナルド・ニーム
原作 フレデリック・フォーサイス
脚本 ケネス・ロス
    ジョージ・マークスタイン
撮影 オズワルド・モリス
音楽 アンドリュー・ロイド・ウェバー
出演 ジョン・ボイト
    マクシミリアン・シェル
    マリア・シェル
    マリー・タム
    ノエル・ウィルマン
    デレク・ジャコビ
    ピーター・ジェフリー