交渉人(1998年アメリカ)

The Negotiator

本作が日本で劇場公開された際、おすぎが「IQ180の闘い」とえらく興奮して宣伝していました。

まぁ確かに長期戦に及ぶ交渉人の仕事の実情を考えれば、
機転が利き、状況適応能力に長け、コミュニケーション能力に長け、その人物像が魅力的であり、
交渉のスペシャリストであり、あらゆる分野の話題に精通していなければ勤まらない仕事だろう。

しかしながら、この映画は「IQ180の闘い」というほど高尚な内容ではない。
優秀な交渉人である警察官が同僚殺しの濡れ衣を着せられ、人質を取ってビルに立てこもり、
自らの手で脅迫することにより、汚名を削ごうとする。ただそれだけの内容なのです。

そんな篭城犯に指名された敏腕交渉人との会話も、そこまで洗練されたわけでも、
あらゆる思案を巡らせたものでもありません。やはり映画が見せたいものはアクションなのです。

結論から言えば、アクション映画としては及第点の出来。
多少、話しの運びに無理があるが、自ら濡れ衣を証明しようとする姿を描いたという点がプラスになり、
映画はそこそこのレヴェルのエンターテイメントとして成立していると言っていいと思います。

ただこの映画、最大の難所は尺が長過ぎることだ。さすがにこの内容で2時間を大きく超えるのはキツい。
もっとタイトにエピソードを絞り込み、映画のスリルを近接させたら、もっと面白い内容になっていただろう。

まぁいかにもという胡散クサい演技をしがちなケビン・スペイシーが今回はまずまずの好印象。
むしろ篭城犯を演じたサミュエル・L・ジャクソンが押されてるというぐらいのインパクトの強さでした。
こういった役柄こそが、一見すると嫌味なキャラクターになりがちなのですが、
本作では上手くケビン・スペイシーがカバーしていたと思う。知性派気取りというイメージが先行しないよう
巧みにカバーされている。それは敢えてアクティヴな側面を演出面でも強調したことが大きいですね。

監督のF・ゲーリー・グレイは本作が初めて拡大公開される大規模な作品でしたが、
20代の若手監督がこういったような堂々としたエンターテイメント作に挑戦する気概が素晴らしいですね。

尺が長過ぎるとは言え、あれやこれやと見せ場を次から次へと繰り出して、
必死に観客を楽しませようと工夫している跡がうかがえて、今後の活躍に期待が持てる作り方をしています。
そういう意味では尺が長くなるのは仕方がないのかもしれませんね。この見せ場の数で、
更に時間をタイトに絞り込んだら、おそらく詰め込み過ぎた内容になってしまうでしょう。

何でもそうなんですけど、情報過多になりすぎると混乱した内容で終わってしまうことがありますからね。

とは言え、もっと見せ場自体を絞り込んで凝縮した内容にしたら、映画はもっと良くなるでしょう。
そうなだけに、今後、もっと面白いアクション映画を見せてくれることに期待したいと思います。

何となく間延びしたところがあって、程良い緊張感が持続しないんですよね。
それは往々にして、不思議なことにサミュエル・L・ジャクソン演じるダニーが登場するシーンになると
緊張感が途切れる。それはこの手の映画としては、ひじょうに致命的な点と言ってもいいですね。

個人的にはタイトル通り、もう少し緻密な交渉シーンが繰り広げられる内容かと思っていたので、
結局はアクションに帰結してしまうあたりには映画としての物足りなさを感じましたねぇ。
できることなら、もっと地味な闘いに固執して欲しかったなぁとは思いますね。
おりしも本作でも描かれたように篭城事件とは、人質を取られてしまっては犠牲を払いたくはないし、
長引かせたくはないという気持ちが生じます。しかし無理に突入という選択肢を取れば、
人質をも危険にさらしてしまうというリスクがあり、どういった駆け引きをするかが大きなポイントをなってきます。

そういう交渉人としてのジレンマにもう少し近づいて欲しかったですね。
劇中、少しだけこういったジレンマに触れられてはいるのですが、これだけでは少し弱い。
極端に言えば、このジレンマや苦悩だけで十分に一本の映画が成立するばずなのです。
まぁ本作に関して言えば、最初のコンセプトからして異なるため、安易に同列には語れませんがね。

ただ僕が言いたいのは、せっかくこれだけのキャスティングをしておいて、
ただのアクション映画で終わらせてしまうというのは、あまりに勿体なさ過ぎるということなんですよね。

どの道、アクション映画として成功するなら、インパクトが必要ですからね。
この手の規模のアクション映画というのは、1年に何本か必ずと言っていいほど発表されますからね。
そうであるがゆえ、他作品との差別化というテーマは作り手たちに常に振りかかる問題なはずです。

まぁそういう意味では日本のキャッチコピーであった「IQ180の闘い」という知能戦を予感させる内容は、
アクション映画の発想としては、ひじょうに面白い着想点だったと思いますね。

結果として頭脳戦というほどの内容には至っていないのが、
ひょっとしたらこの映画の作り手たちにとっては、最大の落とし穴だったかもしれませんね。
もうチョット話しの中身自体も練り込む必要があったと思うし、平凡なアクションに帰結してしまわないように、
あらゆる手を尽くさなければならなかったと思いますね。そういう意味では勿体ない結果です。

とは言え、映画は及第点の出来ではあるし、
言い方は悪いが、あまり期待しないで観ると、かなり楽しめると思います。

(上映時間139分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 F・ゲーリー・グレイ
製作 デビッド・ホバーマン
    アーノン・ミルチャン
脚本 ジェームズ・デモナコ
    ケビン・フォックス
撮影 ラッセル・カーペンター
音楽 グレーム・レヴェル
出演 サミュエル・L・ジャクソン
    ケビン・スペイシー
    デビッド・モース
    ロン・リフキン
    ジョン・スペンサー
    ポール・ジアマッティ
    J・T・ウォルシュ
    シオバン・ファロン
    レジーナ・テイラー