ザ・マスター(2012年アメリカ)

The Master

まぁ・・・ポール・トーマス・アンダーソンの監督作品というだけあって、
日本でも期待値が高い作品だったと思うのですが、あまりに独特な内容に賛否両論でしたね。

さすがに僕もいろいろな映画を観てきたつもりでしたが、
本作はあまりに難解な内容で(?)、どうも馴染めない映画という感じで終わってしまいましたね。

元から、ポール・トーマス・アンダーソンの映画って、
僕の中ではチョット微妙な位置づけではあったのですが、本作では更に一歩進んで、
新興宗教の教祖と精神を病んでしまった一人の男の物語となったせいか、
更に馴染めず、どうも映画としての魅力が分からないまま終わってしまったという印象ばかりが残ります。

いや、勿論、この映画が描きたかったことは実は分かるんです。
正確に言うと、どうしても「もっと他に良い描き方があったのではないか?」と思えることなんですね。

劇場公開当時、プロデューサーの一人であるジョアン・セラーが、
類似した新興宗教としてサイエントロジーと本作との関係に言及する論調が強くなったことをキッカケに、
本作があくまで第二次世界大戦の余波の中で、自らの身の置き場を見失って、
アメリカ国内であっても馴染めずに漂流し続ける人間を描いていると主張したのですが、
確かに僕も彼女の言う通りだと思うし、とても的確に本作のことを指し示したコメントだと思う。

そういう意味では、かつてあまり無かったタイプの映画だと思うし、
本来的には“人生の迷路”に迷い込んだ大人たちを描いた映画として、
魅力的な映画に仕上げることができるだけの余地はあったでしょうし、
何よりポール・トーマス・アンダーソンであれば、とてつもない傑作にすることもできたと思います。

でも・・・残念ながら、そうはなっていない気がするんですよねぇ。

2014年に薬物中毒で他界したフィリップ・シーモア・ホフマンも、
周囲からマスターと呼ばれて、崇拝されている新興宗教の代表者を巧みに演じているし、
主演のフレディを演じたホアキン・フェニックスにしても、とても価値ある芝居と言える。

けど、どこかチグハグなんですけど...役者の芝居は良いんだけど、どこか噛み合っていない。
個人的には教祖であるランカスター・トッドの妻の存在だとか、どこか中途半端な感じで残念な印象。
映画の中では具体的に語られてはいないけれども、本来的には彼女が本作の中で果たすべき役割は、
とても大きいはずで、もっと大きな存在として描かれるべき存在なのに、どこか扱いが悪い気がした。

とは言え、この映画に大きな感銘を受けたという人の気持ちも、なんとなくですが、分かる(笑)。
僕は映画の後半にある、ランカスター・トッドがフレディらを一面広大な砂漠地帯に連れてきて、
「自分の好きなことをやれ!」と言って、ひたすらバイクを疾走させるシーンなんて、凄く良い。

この映画の主旨を、短い言葉で表現するなんて、とっても難しいことなんだけれども、
ポール・トーマス・アンダーソンは本作を通して、あのシーンで描いた空気をある種の到達点として、
描きたいと考えていたのではないかと思えるほど、このシーンは突き抜けた何かを感じさせられた。

贅沢な注文なのかもしれませんが、是非とも本作では、
このシーン以上に突き抜けたものか、力強く観客の心を揺さぶるだけの、演出上の工夫は必要でしたね。

結局、フレディが何に救済されたのか・・・
もっと言うと、フレディがランカスター・トッドの何に救済されたのか、よく分からないまま、
映画がエンディングに向かっていってしまうのは、いささか不親切な映画という印象を残してしまいますね。
本来的にはこの映画では、ラストにある種のカタルシスを観客に感じさせるべき内容だと思うのですが、
これではそこまではいかないですね。チョットした作り手の気遣いで、映画は変わってくるんですがねぇ・・・。

どうも、こういうのを観てしまうと、ポール・トーマス・アンダーソンの映画って、
少し狙い過ぎというか、僕にはややあざとく見えてしまうところが、僕には合っていないんでしょうねぇ(苦笑)。

映画はあくまで虚構を描いているとは思うのですが、
人間って、誰しも何かに依存しなければ生きていくことはできないというのが原理原則としてあるとすれば、
それが宗教であるというのは、ごくありふれた話し。しかし、この映画の志向はそれだけではなく、
1950年代という時代背景の中で、その時代に必要とされていたであろう事象がしっかりと考証されている。

ポール・トーマス・アンダーソンの凝り方は相変わらず尋常ではなく、
映画の後半でフィリップ・シーモア・ホフマン演じる教祖が開くパーティーのシーンにしても、
まるでフィッツジェラルドの世界観ばりに、あの時代の栄華を見事に表現しているのは特筆に値する。

そして第二次世界大戦に出征して精神的に病んでしまった男の物語なので、
映画は当然のように暗い雰囲気に支配されていますが、こういった空気の統一性については悪くない。
映画の序盤にも主人公の病み具合を象徴するかのように、デパートでカメラマンをやっていたにも関わらず、
突如として客のオッサンにライトで嫌がらせをして、ケンカになるシーンの居心地の悪さは流石である。

ただ、こういったシーンでも少しずつ広がりに欠けた部分があったせいか、
ポール・トーマス・アンダーソンらしい示唆に富んだ描写があまり見当たらなかったのは残念。
どうせなら、もっと力強い内容にして欲しかったし、もう少し説明して親切な映画にして欲しかったですね。

こうして、少しずつポイントを外すことに狙いがあったのかもしれませんが、
どうしても評論家筋のウケを気にした映画という印象が拭えず、映画として大きく損をしていると思いますね。

本作を観る限り、おそらく偶然を重ね合わせて、主人公の運命を描きたかったのだろう。
そういう意味で、主人公と教祖の出会いなども敢えて不親切に描いたと解釈していたのですが、
それならば映画の終盤で、2人の出会いが偶然ではなく、必然であったかのように結ぶべきだったと思う。

この映画の大きなネックは、正しくこれで、
偶然を必然にできなかったことが、最終的に何のためにこういうアプローチをしたのか、
よく分からなくさせてしまったことで、映画に価値を付けられなかったことが、大きな難点でした。

(上映時間138分)

私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点

日本公開時[R−15+]

監督 ポール・トーマス・アンダーソン
製作 ジョアン・セラー
    ダニエル・ルピ
    ポール・トーマス・アンダーソン
    ミーガン・エリソン
脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
撮影 ミハイ・マライメアJr
編集 レスリー・ジョーンズ
    ピーター・マクナルティ
音楽 ジョニー・グリーンウッド
出演 ホアキン・フェニックス
    フィリップ・シーモア・ホフマン
    エイミー・アダムス
    ローラ・ダーン
    アンバー・チルダース
    ジェシー・プレモンス
    ラミ・マレック
    クリストファー・エヴァン・ウェルチ

2012年度アカデミー主演男優賞(ホアキン・フェニックス) ノミネート
2012年度アカデミー助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) ノミネート
2012年度アカデミー助演女優賞(エイミー・アダムス) ノミネート
2012年度ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞 受賞
2012年度ヴェネツィア国際映画祭男優賞(ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度全米映画批評家協会賞助演女優賞(エイミー・アダムス) 受賞
2012年度全米映画批評家協会賞撮影賞(ミハイ・マライメアJr) 受賞
2012年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(ホアキン・フェニックス) 受賞
2012年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演女優賞(エイミー・アダムス) 受賞
2012年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2012年度ロサンゼルス映画批評家協会賞美術賞 受賞
2012年度ボストン映画批評家協会賞撮影賞(ミハイ・マライメアJr) 受賞
2012年度シカゴ映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度シカゴ映画批評家協会賞助演女優賞(エイミー・アダムス) 受賞
2012年度シカゴ映画批評家協会賞撮影賞(ミハイ・マライメアJr) 受賞
2012年度シカゴ映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2012年度ワシントンDC映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度ワシントンDC映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2012年度サンディエゴ映画批評家協会賞脚本賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2012年度サンディエゴ映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2012年度カンザス・シティ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度カンザス・シティ映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度カンザス・シティ映画批評家協会賞脚本賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2012年度サンフランシスコ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度サウス・イースタン映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度フェニックス映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度オースティン映画批評家協会賞主演男優賞(ホアキン・フェニックス) 受賞
2012年度オースティン映画批評家協会賞撮影賞(ミハイ・マライメアJr) 受賞
2012年度フロリダ映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度ユタ映画批評家協会賞主演男優賞(ホアキン・フェニックス) 受賞
2012年度オクラホマ映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度デンバー映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度ノース・テキサス映画批評家協会賞主演男優賞(ホアキン・フェニックス) 受賞
2012年度ノース・テキサス映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度ジョージア映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度トロント映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度トロント映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2012年度トロント映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞主演男優賞(ホアキン・フェニックス) 受賞
2012年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞助演女優賞(エイミー・アダムス) 受賞
2012年度ロンドン映画批評家協会賞主演男優賞(ホアキン・フェニックス) 受賞
2012年度ロンドン映画批評家協会賞助演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞
2012年度ダブリン映画批評家協会賞主演男優賞(ホアキン・フェニックス) 受賞