クライシス・オブ・アメリカ(2004年アメリカ)

The Manchurian Candidate

62年にジョン・フランケンハイマーが撮った『影なき狙撃者』の現代版リメーク。

「うーーん、どうなんだろう?」と思う場面がないわけでもないけど、
ナンダカンダで手堅い映画で、しっかり楽しませてもらったという印象が残る仕上がりでした。
正直言うと、僕は『影なき狙撃者』がそこまで好きな映画というわけではないので、むしろこっちの方が観易かったかも。

監督のジョナサン・デミは残念ながら2017年に他界されましたが、
『羊たちの沈黙』を彼の代表作として、手堅い映画を何本も手掛けており、本作も彼らしい出来だと思います。

「洗脳」を題材にした作品であり、かなりカルトな内容である作品ですが、
それをエンターテイメントとして成立させる手腕は見事で、映画も最後までほど良い緊張感があって実に良い。

主演のデンゼル・ワシントンはいつものことながら、相変わらずの好演ですが、
登場シーンは多くはないとは言え、二世議員の母親を演じたメリル・ストリープの貫禄ある存在感と、
映画の中盤で息子への屈折した感情を表現しているのが出色の芝居で、気持ち悪いくらいの存在感だ。
あまり本作での彼女は評価されなかったけれども、僕はもっと評価されても良かったと思いますね。

『影なき狙撃者』では、朝鮮戦争で満州で捕虜になっていた米兵が解放されたものの、
実は捕虜になっている間に、満州で洗脳教育を受けていて、アメリカに帰国後、洗脳者の都合良く
指示通りに動くようになり、終いには共産主義国側のスパイ、そして暗殺者として行動する姿を描いていました。

本作は、このストーリーを忠実にリメークしたわけではなくって、
あくまでジョン・フランケンハイマーの『影なき狙撃者』を現代に置き換えてリメークしたという内容で、
戦争自体も朝鮮戦争ではなく、90年代初頭の湾岸戦争に置き換わっており、イデオロギーの対立を構図に
するわけではなく、息子をアメリカ合衆国の大統領に仕立て上げるという野望を叶えるために、
スポンサーである民間企業の力を借りて、息子を含めた米兵たちを洗脳するというテーマになっている。

知らぬ間に体の中にマイクロチップを埋め込まれていて、どういう機構かは分からないが、
マイクロチップにプログラムされた通り動き、そこから繰り出される指令をもとに行動するマインドになる。

よくよく考えると、組織力をもって洗脳された主人公が、冷静な心を常に忘れずに
「変な夢を見る」と不審に思って、湾岸戦争の後遺症とばかりに旧知の仲間を巡って、
真実を追い求めること自体がスゴいことだし、マイクロチップが埋め込まれていると、自分の背中にナイフを入れて
マイクロチップを取り出し、更に他人の背中に噛みついて、皮膚の中にあるチップを奪い取ろうする行動力がスゴい。

そして、何よりこれだけ大掛かりに仕組んで、若き大統領を生み出そうとする労力がスゴい(笑)。

こういうカルトっぽさをジョナサン・デミは上手い具合にエンターテイメント性を加味して描けており、
ジョン・フランケンハイマーの『影なき狙撃者』にあった陰鬱で異様な雰囲気は、本作では希薄になっている。
古くからのファンはそこが嫌なのかもしれないけど、『影なき狙撃者』に強い思い入れがない僕なんかは、
むしろ映画の雰囲気としては本作の方が観易くて、好感が持てる。僕は本作は優秀なリメーク作品だと思います。

映画で描かれるマンチュリアン・グローバルというアメリカの巨大企業は、
米軍との取引を独占的に行う軍需企業という設定ですが、ありがちな利益供与などの犯罪ではなく、
この映画で描かれたことは、企業が政治を動かして、政治が軍を動かすという構図が成り立つことです。

確かにこれが現実に起こると、大変なスキャンダルになるでしょう。
少々大袈裟に言えば、民間企業が自分たちの売り上げ・利益を伸ばすために、他国へ戦争を仕掛けさせるという
非人道的かつ反社会的な思想で、合衆国の政治家を動かすくらいの資金力を持ち始めるということです。

『影なき狙撃者』は政治スパイを描いたスリラー映画という趣きでしたが、
本作は湾岸戦争での記憶に於ける“後遺症”に悩まされながら、謎を解決していくサスペンス映画というスタイルで、
それでも映画がクライマックスに近づくにつれて、徐々に『影なき狙撃者』のストーリーに近づいていきます。
この辺の題材とプロセスの違いを出発点としながらも、似たようなオリジナル作品の終点に辿り着くというのが、
リメーク作品を製作するというコンセプトの中において、極めてユニークで面白いアプローチだなぁと感心しました。

やっぱりこういう仕事ができるジョナサン・デミという映画監督は、
もっと生前に評価してあげて欲しかったなぁ。かつて、ト−キング・ヘッズ≠フ『ストップ・メイキング・センス』を
撮ったおかげで、音楽ドキュメンタリーの人みたいな位置づけの方が人気があるみたいな感じでしたが、
個人的にはこういうエンターテイメント性あるサスペンス映画を撮る手腕にかけては、秀でたものを持っていたと思う。

やっぱり、メリル・ストリープの気持ち悪いくらい、大人になった息子へ愛情を注ぐ姿が
単なる親子愛という感動的な言葉の表現を遥かに超越した、気持ち悪さでしか表現できない領域に到達した
彼女の芝居を、“引き出した”という点で、ジョナサン・デミは見事な演出をしたと言っても過言ではないと思いますね。

この母の愛は、もはや狂気すら感じさせる異様さで、メリル・ストリープは上手いですねぇ。
それも露骨に気持ち悪さを出すというよりも、さり気ないところで異常なまでの執着を見せるのがスゴい。
勿論、息子にキスするシーンの異様さが際立つんだけど、映画の序盤にあったような推薦候補が息子ではないと
知った途端に表情を変えて、お得意の大演説を繰り広げるのが印象的で、他を圧倒する威圧感もスゴかった。
こういう芝居をサラッとやってのけることができるのは、メリル・ストリープならではって感じですね。

ただ、一つだけよく理解できなかったのは、映画のラストのあり方だ。
と言うのも、FBIが“手心”を加えるシーンが描かれるのですが、この理由がよく分からない。
この点に関しては、本作にとって重要なパーツであったはずですので、僕の中ではマイナス要素だなぁ。

それから、邦題になっている“クライシス”とは日本語訳すると「危機」という意味だが、
確かに映画で描かれたことは“アメリカの危機”なんだけど、そうなのであれば大統領候補ではなく、
ハッキリと大統領が命を狙われる設定にして欲しかった。そうであれば、映画のスケールももっとデカくなっただろう。
この映画は作品が掲げているテーマの割りには、映画のスケールが小さく感じられるところは、実に勿体ない。

暗殺者としてのスイッチを入れて、次々と政敵を殺害していくという発想は恐ろしいし、
“マンチュリアン・グローバル”の計画から外れて、政治家が悪用するという時点で、とてつもない脅威である。
だからこそ、映画で描かれたことのスケールはもっとデカくできただろうし、もっと盛り上げられたはずだ。

それから、本来はメリル・ストリープ演じる副大統領候補の母親が主人公になるべき内容でしょう。
それを第三者的な存在を立てて、デンゼル・ワシントンの目線で描くものだから、ハードルが高くなったと思う。
残念ながら、その必然性をしっかりと映画の中で表現できたかと言われると、それは微妙な答えになりますね。
この辺はジョナサン・デミとしても反省点でしょうし、オリジナルと比較されると見劣りする部分かもしれません。

しかし、総合的には優れた映画だと思う。十分に楽しめる見事なエンターテイメントだ。

それにしても、本作はデンゼル・ワシントンの存在感がチョット弱いかな。
それくらいメリル・ストリープの怪演が全てを持って行ってしまった感じですね。これは珍しいくらいだ。

(上映時間129分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ジョナサン・デミ
製作 ジョナサン・デミ
   イロナ・ハーツバーグ
   スコット・ルーディン
   ティナ・シナトラ
原作 リチャード・コンドン
脚本 ダニエル・パイン
   ディーン・ジョーガリス
   ジョージ・アクセルロッド
撮影 タク・フジモト
美術 クリスティ・ズィー
衣装 アルバート・ウォルスキー
編集 キャロル・リトルトン
   クレイグ・マッケイ
音楽 レイチェル・ポートマン
   ワイクリフ・ジョン
出演 デンゼル・ワシントン
   リーブ・シュライバー
   メリル・ストリープ
   ジェフリー・ライト
   ジョン・ボイト
   キンバリー・エリス
   ブルーノ・ガンツ
   ミゲル・フェラー
   テッド・レビン
   ヴェラ・ファーミガ
   ディーン・ストックウェル