007/黄金銃を持つ男(1974年イギリス)

The Man With The Golden Gun

いやはや、これは結構な珍品(笑)。

いや、こんな言い方をしてしまって、本作が好きな人には申し訳ないのですが・・・
でも、やっぱり...これは“007シリーズ”の中でもかなり悪い意味で暴走してしまった作品に思えます。

せっかくボンドと対決する悪党スカラマンガ役で名優クリストファー・リーをキャスティングしたというのに、
そもそもスカラマンガ自身もボンドと「オレも君と同じだよ」とボンドに一目置いていることを公言してしまって、
ウソか真かは分からないけど、「オレは君を殺すつもりはないんだよ」と言わせてしまっているあたりが、なんとも残念。

まったく、ボンドと対峙する悪役として手強さがないということと、
そもそもボンドがスカラマンガを追わなければならない動機付けも弱くって、全体に雑な作りに見えてしまう。

前作では黒人俳優を主要キャストに置くなど、当時の時代の流れを感じさせる描写があって、
ショーン・コネリー時代の前時代的なところを排除した感もあったのですが、本作は少し逆戻りしたかな。
と言うのも、ショーン・コネリー時代に見え隠れしていた女性蔑視的な傾向が、本作では復活してきている。

そもそも僕はそんなことを訴えるつもりはないのだけれども(・・・女性蔑視は肯定しないが・・・)、
ボンドの女性の扱い、台詞がまったく紳士的なものではなく、スゴく悪ノリしている部分がマイナスに聞こえてしまう。
ブリット・エクランド演じるグッドナイトとイイ雰囲気になったものの、途中でボンドが目を付けていたスカラマンガの
愛人女性であるアンドレアが部屋の中に入ってきたことで、嫉妬するグッドナイトに「君の出番はまたあるよ」と
ボンドが訳の分からない、励まし(?)のような台詞を吐くことに、男性の視点から見ても、まったく同調できない酷さ。

しかも、突如としてボンドがアンドレアを激しくビンタし始めたり、女性に暴力を振るうことを辞さない
非紳士的なキャラクターに豹変するシーンがあるのも、なんだかチグハグな感じで、作り手の狙いがよく分からない。
そう、この映画はこうして監督のガイ・ハミルトンの演出が雑になっていくのが、よく分かる作りになっているのです。
正直言って、もうガイ・ハミルトンは限界だったと思うんですよね。本作なんかh、違う人が撮った方が良かったと思う。

そんなアンドレア演じるモード・アダムスはどこかくたびれた色気を感じさせる魅力はあるけど、
突如としてボンドに「貴方にアタシの身体を捧げてもいいわ」と言って、「熟れてるわよ」と自信満々に言い放つ姿も
なんだかスゴい駆け引きだなぁと思う反面、どうしたらこんな会話を恥ずかしげもなく出来るのかと思えてしまう(苦笑)。

一説によると、本作が商業的に大きな失敗をしてしまったので、当時のスタジオはその責任をロジャー・ムーアに
押し付けるように、強硬に本作でロジャー・ムーアの降板を要求してきたとのことですが、少なくとも本作の失敗は
ロジャー・ムーアだけの責任ではありませんね。少なくとも映画の前提や中身にも問題があったと思うのですよね。

そもそもが、クリストファー・リー演じるスカラマンガに乳首が3つあるとか、
雄弁のボンドは語っていて、実際に特殊メイクでそれを映しているのですが、これも必要性がよく分からない。

映画の冒頭から強烈なインパクトをもたらすのは、スカラマンガの邸宅でお手伝いとして
住み込みで働く“ニック・ナック”ですが、身体が小さいということもありますが、スカラマンガよりもインパクトある。
しかも、映画の冒頭でスカラマンガへ送り込まれた刺客と、スカラマンガが対決することになる“カラクリ館”みたいな
色々と小細工した部屋での射ち合いで、刺客とスカラマンガをコントロールするように“ニック・ナック”が不気味に
コントロールタワーでカメラを見てニヤリとし、スカラマンガにマイクで話しかける姿は、なんだか異様な光景に見える。

どうせなら、本作のクライマックスのボンドとの対決は“ニック・ナック”との対決にすれば良かったのに・・・と
思えるほどインパクトはあったし、肝心かなめのスカラマンガがただのオッサンで全然強くないので、実に勿体ない。
根本的にスカラマンガをフツーのオッサンとして描き過ぎたことで、明らかに映画の盛り上がりを阻害してましたしね。

そのスカラマンガと“ニック・ナック”が、追うボンドから逃げるために自家用車に翼を装着して、
セスナのようにして車ごと空を飛んで逃げるというシーンがありますけど、あんなの怖くて乗りたくないよ(笑)。
トランクに乗り込んでしまったグッドナイトが、トランシーバーで「静かになったわ。止まったみたい」なんて言ってますが、
どう考えたって、あのまんま空飛んだら、揺れまくりで騒々しくて、トランクの中にいたってすぐに異変に気付くでしょう。

とまぁ・・・ツッコミの一つでも入れたくなるわ、と言いたくなるシーンが数多くある荒唐無稽ぶり。
あくまで本作はコメディ映画だと思って観ないと、まともに“007シリーズ”の一作だと思って観ちゃうとダメですね(笑)。

原作本としては本作がイアン・フレミングの遺作となった作品というだけあって、
当時もファンの期待値はそうとう高かったのではないかと思いますが、期待と出来のギャップはデカかったのでしょう。
この映画の中でカッコ良かったのは、ルルが豪快に歌う主題歌くらいですかね。この主題歌はホントに良かった。

ブリット・エクランド演じるグッドナイトが、本命のボンドガールとなるのですが、
前述したようにグッドナイトよりもスカラマンガの愛人アンドレアを演じたモード・アダムスの方が目立っている。
そのためか、映画の途中でアンドレアが実質的に退場してしまってからは、すっかりトーンダウンしてしまう印象だ。
この辺はガイ・ハミルトンも気付いていたのではないかと思うのですが、何よりブリット・エクランドが可哀想だった。

まぁ、これまでのボンドガールはセクシーで大人な女性の魅力を生かしたキャラクターが多かったせいか、
本作のブリット・エクランドはどちらかと言えば、若くキャピキャピとしたキュートな魅力で押しているので、
これまでのボンドガールのイメージを作り直して、新たなベクトルを打ち出したかったのかもしれませんがね・・・。

結果として本作は興行的に失敗はしてしまいましたが、ロジャー・ムーアが作り出した
このギャグ路線というのは、これはこれで熱心なファンを獲得したのは事実で、結局は本作で降板せずに継続します。
それどころか、85年『007/美しき獲物たち』まで7作品でボンド役を演じることになり、超ロングランとなりました。
(その代わりに本作の失敗で“007シリーズ”から降りたのは、監督のガイ・ハミルトンでした・・・)

僕はそこまでロジャー・ムーア時代のボンドに思い入れはないので好きにはなれないのですが、
それでもロジャー・ムーアなりに個性を吹き込んで、自らのカラーを打ち出して何作品も演じたというのはスゴいと思う。

まぁ、本作の場合はタイや香港などのアジア地域を舞台にして、スカラマンガの野望をボンドが砕くということが
物語の主旨となったわけですが、やはりスペクターと無関係になると、巨悪という感じがしなくなるのが勿体ない。
それに加えて、スカラマンガ自身があまりに強くなく、ボンドに共鳴するところがあるという設定だったこともあって、
全体にアクション・シーンも少なくって、映画のスケール感も小さく、悪い意味で小じんまりとしてしまったことが災いした。

その中でロジャー・ムーアなりのカラーを打ち出さなければならなかったので、これはこれで難しい仕事だったと思う。
そうなると、コミカルなキャラクターで押すしかなかったということだったのかもしれませんが、初仕事だった前作から
一貫してコミカルなボンドを演じ続けたということが大きく、彼が作り上げたボンド像は認められて然るべきものでした。

だからこそ、プロデューサーのハリー・サルツマンとアルバート・R・ブロッコリとの良好な関係を維持できたのでしょう。
スタジオがどんなに強硬にロジャー・ムーアの降板を主張してきても、この2人が反対すれば降板になりませんから。

そういう意味では、本作の失敗というのは彼らの絆を深めるキッカケになったのかもしれませんね(笑)。
個人的にはこの路線のボンドに賛同しているわけではありませんが、それでもロジャー・ムーアのボンドも
一つのイメージとして確立しましたからね。後年の“007シリーズ”にも強い影響を与えたことは否定できないと思う。

相変わらずスタントを使ったアクション・シーンはありますけど、合成映像はかなり減りましたね。
これは撮影技術の進展が大きかったのでしょう。映画の中盤にある、途切れた橋を猛スピードの車が渡るシーンで、
ヒネりを入れながら、車が回転しながら飛ぶシーンなんて、なかなかスゴい実写映像だと感心させられました。

もう少しね、スカラマンガをしっかりと描いていれば、この作品に対する印象は大きく変わっていたと思います。
3つある乳首、黄金色の弾丸など、色々と意味ありげなキーワードを掲げているのですが、一つも収拾することなく、
しかもその一つ一つに大した意味がないということになってしまうと、そのほとんどがただのハッタリになってしまう。
この辺が本作の雑なところで、ボンドガールにしてもアクションの描写にしても良いものはあったのに、実に勿体ない。
スカラマンガ役のクリストファー・リーにしても、なんだかドラキュラの幻影を表現しているようで、なんだか微妙だったし。

まぁ・・・長い目で見れば、こういう“お遊び感”もシリーズには必要なことだったのかもしれませんが・・・。

(上映時間125分)

私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点

監督 ガイ・ハミルトン
製作 ハリー・サルツマン
   アルバート・R・ブロッコリ
原作 イアン・フレミング
脚本 リチャード・メイボーム
   トム・マンキウィッツ
撮影 テッド・ムーア
   オズワルド・モリス
音楽 ジョン・バリー
出演 ロジャー・ムーア
   クリストファー・リー
   モード・アダムス
   ブリット・エクランド
   リチャード・ルー
   クリフトン・ジェームズ
   エルヴェ・ヴィルシェーズ
   マーク・ローレンス
   バーナード・リー
   デスモンド・リュウェリン
   ロイス・マクスウェル