太陽を盗んだ男(1979年日本)

実にいい加減で雑多な映画だが、思い切って断言してしまおう。

僕は今まで観た日本映画の中で、純然たるエンターテイメントして本作が一番、面白かった。
確かに観客が感銘を受けたり、社会的なメッセージを訴求するタイプの映画ではない。
しかしながら、当時の日本映画界ででき得る範囲内で、あらゆる工夫を凝らし、
数々のアイデアを採用し、如何にして面白い映画を撮るかという挑戦をした作品として、十分に価値がある。

長谷川 和彦は現時点でも、本作を入れてたった2作しか監督していない。
何かしらの理由はあるものと思われますが、本作が現時点でのラストの監督作になっているのです。

以前、作業員の被曝事故で有名となったJOCのある東海村。
この村に位置する原子力発電所より液体プルトニウムを強奪し、
自宅で自作した実験施設の中で、プルトニウムを精製して核爆弾を製造した中学校教師の城戸。
彼は普段は無気力に過ごし、お世辞にも仕事熱心とは言えない、グータラ教師。
朝はガムをクチャクチャ噛みながら、遅刻ギリギリのタイミングで出勤し、
まだ太陽が昇って明るいうちに退勤し、帰宅。せっせと核爆弾に関する研究を進める。

受け持つ授業では、核燃料や放射能に関する内容ばかり熱心に教え、
筋の通った教育理念やら、子供好きな一面がどうやっても見えない、トンデモない教師だ。

しかし、それでも核爆弾製造のためならと、出費はとことん惜しまない。
何故か部屋のオーブンでプルトニウムを加熱していたところ失敗して、火事を起こしてしまった教訓を活かし、
50万もの大金をサラ金で借金してまで、高熱に加熱できるマッフル炉を購入する散財っぷり。

そう、この男、目的のためなら手段や方法は選ばないのは間違いないのです。

ただ、この城戸という男のマヌケなところは目的が原爆製造にあったこと。
それから豊富な知識や、大きなリスクを負う勇気はあるのに、前述したオーブンの火事などといった、
ハッキリ言って、つまらないミスで自身が大量の放射能を浴びて被爆するなど、
肝心な基本事項が完全に抜け落ちて、自ら命取りなミステイクをおかしているのです。

彼が考え、実行に移したことは、間違いなく世界平和の脅威となることであり、
末恐ろしいトンデモないことではありますが、完璧に始めから終わりまでやり遂げるほどの
計画性や用意周到さが欠落しているため、どことなくマヌケな犯人像になってしまっています。

プルトニウムの抽出に成功して有頂天になってビール飲んで、プロ野球中継に夢中になったもんだから、
オーブン内で煙が充満し、試料の状態が大きく変化していることに気づかず火事を発生させるし、
原爆を使って警察組織に脅しをかけるものの、たいした政治的な野心があるわけでもないため、
脅迫することに行き詰まり、要求をラジオのDJに考えてもらうという、何とも情けない手口の実態。

でも、それら城戸のキャラクターが、この映画をより魅力的なものにしていると思うんですよね。
(彼が完璧なまでのサイコパスで、完全犯罪を目論んだりしていたら、映画の印象は変わっていただろう...)

これだけスケールの大きな映画、大々的に宣伝されて劇場公開されたにも関わらず、
何故か本作は商業的な成功を収めることができず、実質的には興行的失敗となってしまいます。
勿論、原爆をネタに警察を脅迫するという不謹慎きわまりない手口が賛否両論という因子はあるものの、
それ以上に当時、日本では凶悪犯罪が多発していたせいか、ウケにくい環境にあったのかもしれませんね。

今になって観たら、純然たるエンターテイメントとして申し分のない素晴らしい名画として誇れます。

菅原 文太演じるタフな刑事の山下警部もまた良いキャラクターだ。
映画は何故か終盤、『西部警察』ばりのカー・チェイスとアクション・シーンの連続で構成されるのですが、
そのテンションはとにかくゾンビのように脅迫犯の検挙に燃える菅原 文太が支えています。

こりゃ考えようによっては、日本映画史に残る名刑事キャラクターかもしれませんね。
まぁ池上 季実子を屋上で“豚汁定食”を食べるシーンは、ご愛嬌って感じですが。。。

ちなみに脚本を共同執筆したレナード・シュレイダーは、『タクシードライバー』の脚本で知られる、
映画監督ポール・シュレイダーの兄らしく、彼の妻は日本人で本作の元ネタは彼女が出したらしい。
どうもレナード・シュレイダーはかつて、日本の大学で非常勤講師を務めていたらしいですね。

液体プルトニウムを強奪するシーンにもよく表れていますが、
映画はどことなく劇画調で、観客を茶化すような描写が随所に出ています。
それゆえ、この映画の調子を許容できない人もいるかとは思いますが、一つだけ理解して欲しいのは、
この映画の城戸という主人公、当時から問題視されていた無気力、無意欲という社会問題を反映していることだ。

原爆を製造し、警察にその事実を認めさせ、国家どころか世界を脅かすことのできる、
ある種、万能な犯罪者となったというのに、いざその武器を携えたところで何を要求したらいいのか分からない。

「プロ野球のナイター中継を9時で終了ではなく、試合終了まで放送しろ」だの、
「ローリング・ストーンズ≠フ日本公演を実現させろ」だのセコい要求しかできず、
「5億円よこせ」と金を要求したかと思えば、警察から「いっそ50億ぐらいしたらどうだ?」と突っ込まれる始末。

そういった怠惰な犯人の姿に、社会の病理を浮き彫りにさせたことは見逃してならないと思います。
そしてその怠惰な空気を象徴する“風船ガム”が原爆とシンクロするのが、とてつもなく恐ろしい。

(上映時間146分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 長谷川 和彦
製作 山本 又一朗
原案 レナード・シュレイダー
脚本 長谷川 和彦
    レナード・シュレイダー
撮影 鈴木 達夫
美術 横尾 嘉良
音楽 井上 尭之
出演 沢田 研二
    菅原 文太
    池上 季実子
    北村 和夫
    神山 繁
    佐藤 慶
    風間 杜夫
    水谷 豊
    西田 敏行
    伊藤 雄之助