マッキントッシュの男(1972年イギリス・アメリカ)

The Mackintosh Man

当時、ハリウッドで隆盛していたアメリカン・ニューシネマ真っ盛りの時期に、
活動の場をメキシコに移し、ある意味で“アンチ・ハリウッド”的なポジションを築きつつあった、
巨匠ジョン・ヒューストンが卓越した、老獪な演出でイギリスで暗躍するスパイを描いたサスペンス・スリラー。

まぁ・・・及第点レヴェルの映画ではあると思います。
既に監督作品の発表ペースは衰えてはいましたが、実に手堅い仕事ぶりと言っていい。

この映画のアプローチは面白いもので、映画の前半から次々と
主人公ジョセフを演じるポール・ニューマンの宝石強奪、イギリス国内での裁判、刑務所への収監、脱獄と
描いていくのですが、原作を読んでいない限り、何一つ周辺事情を説明されないため、サッパリ分かりません。

この映画、ある意味で観客に何も情報を与えずにクライマックスで一気に解き明かすという
その“落差”を利用しているのですが、ジョン・ヒューストンらしい大胆かつ豪快さがあって良いと思う。
但し、原作の良さをどれくらい反映できているのかがよく分からないので、原作のファンの反応は分かりません。

当時、アメリカン・ニューシネマ系統の作品にも出演していたポール・ニューマンでしたが、
やはり50年代から活躍していた俳優であっただけあって、ニューシネマ一辺倒な役者というわけではなく、
むしろニューシネマに対極するような立場の映画に出演していたので、これが彼のスタンスだったのかもしれません。

しかし、しっかりと映画の終盤でカー・チェイスがあって、ナンダカンダで車好きの
ポール・ニューマンの意見が強く反映されている気がします。このカー・チェイス、なかなかの迫力です。

僕がこの映画で感心したのは、主人公ジョセフがどういう存在であるのか、
映画が進むにつれて、いろんな可能性を示唆する描写があることで、そうでいながら映画の軸は決してブレない。
こういうアプローチをとると、往々にして矛盾を感じる映画になったら、ただただ節操のない映画という印象に
陥り易いのですが、本作は決してそういったように落ちぶれることはなく、上手くバランスをとっています。

そういう意味では、まだまだジョン・ヒューストンの腕は鈍っていなかったことの証明で、
こういう仕事は中途半端な腕前ではできない出来栄えだと思う。本作は後に映画監督として活躍する、
ウォルター・ヒルの脚本ということでも注目ですが、本作のバランス感覚の良さは脚本に拠らず、
ジョン・ヒューストンの監督としての総合的な演出力に拠る部分が、もの凄く多いかと思います。

個人的には本作の評価自体は、少々、過小評価ではなかったかとすら思います。
(勿論、エンターテイメント性という観点からすると、課題はあるのだけれども・・・)

どこか異国情緒溢れるモーリス・ジャールの音楽も印象的だ。
映画のクライマックスでマルタ島が舞台になるだけに、この異国情緒がたまらなくマッチする。
個人的にはマルタ島のせっかくのロケーションの良さは、もっと生かして欲しかったけど・・・。

そういう意味では、マルタ島の風景を堪能できるのは、
ポール・ニューマンが運転するトラックで、尾行の車をかわすカー・チェイスだけというのが勿体ない。
せっかくの寄港した船の取り調べシーンも、マルタ島の美観を訴えるカメラにはなっていない。
言い過ぎかもしれませんが、これなら無理矢理にマルタ島を舞台にする必要はなかったと思える。

この映画の一番の問題点は、主演のポール・ニューマンの描き方に失敗している点だろう。
これだけハードボイルドな雰囲気を持っている映画なのに、主人公がちっとも魅力的に映らない。
それは映画の序盤で何一つ周辺事情が観客に説明されないままに映画が進んでいくこともあるけど、
映画の途中でも、ただのセクハラオヤジに見えるときもあれば、さほど二枚目な役柄でもない。
しかし、それでも魅惑的なドミニク・サンダにも気をかけてもらえるなど、中途半端にモテてるように見える。

でも、この辺もどこまで彼が本当にモテているのかも、ハッキリと描かないし、
誰が見てもスマートでやり手なスパイというよりは、一般人に毛が生えた程度のスパイにも見えなくはない。
それは主演のポール・ニューマンが敢えて、そう演じたということもあるのかもしれません。
(何気に『動く標的』シリーズの延長線みたいな感覚で、本作に出演していたのかもしれませんね・・・)

卓越した手腕のジョン・ヒューストンですが、さすがにこの主人公はもっと上手く描きようがあったと思う。
あまりに魅力が無さ過ぎる。これは本作が過小評価のまま終わってしまった理由と言ってもいいくらいだ。

如何にも悪党面した名優ジェームズ・メイソンも、こうなると今一つの印象。
結局、キャスティングは良かったけれども、各キャラクターを磨き切れずに終わってしまいました。
それは全ては主人公の描き方の不足が招いてしまった結果と言えます。ここがクリアできれば、全ては変わった。

しかし、ジョン・ヒューストンの凄いところは、そういったところもお構いなしで強引に映画を〆ることだ(笑)。
この豪快な演出は、近年の映像作家ではまずできないことで、映画を最悪な出来にはしない力を働かせる。
この辺はジョン・ヒューストンの経験値の高さを物語っていますが、本作の大きな強みでもあるんですよねぇ。

ちなみにタイトルの“マッキントッシュ”とは、パソコンのOSのことでも、
かつて日本ハムにいた外国人選手のことでもなく、主人公に諜報活動を指示していた男の名前だ。
映画の中では、このマッキントッシュが実にアッサリとしか描かれておらず、やや肩透かしだ。
原作がどうなっているかは分かりませんが、タイトルになるぐらいだから、もっと重要なポジションでいい気がする。

この辺は、いくらジョン・ヒューストンが強引に映画を終わらせても、
どうも違和感を拭えないところで、いろんな示唆に富んだ面白い側面はあれど、
もう少し細かなところに目を配っていれば、更に映画の仕上がりは良くなったであろうと思えるだけに勿体ない。

“007シリーズ”は現実味が無くて、どうも惹かれないという人にはオススメできますし、
70年代の映画にしては、どこか古臭く、往年のハリウッド映画の風格を残した作風に、
ある一定のファンはつきやすいタイプの映画でしょう。そうなだけに、過小評価な気がして残念な作品です。

勿論、傑作と言うほどには出来の良い映画だとは思わないが、
有無を言わさず、訳が分からないまま映画のストーリーを押し進めるジョン・ヒューストンの演出に、
今の時代ではかえって新鮮に映るかもしれません。それでいて、キッチリ種明かしはしてくれますし、
その種明かしも、悪い意味で奇をてらったような、あざとさはこの映画からは一切感じられません。

そういう意味でも、スパイ映画が好きな人は一度は観ておくべき作品です。

(上映時間99分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ジョン・ヒューストン
製作 ジョン・フォアマン
原作 デズモン・バグリイ
脚本 ウォルター・ヒル
撮影 オズモンド・モリス
美術 テレンス・マーシュ
音楽 モーリス・ジャール
出演 ポール・ニューマン
   ドミニク・サンダ
   ジェームズ・メイソン
   ハリー・アンドリュース
   イアン・バネン
   ピーター・ヴォーン