イギリスから来た男(1999年アメリカ)

The Limey

テレンス・スタンプ、ピーター・フォンダ、バリー・ニューマン...
70年代の映画ファンなら、思わず失神してしまうのではないかと思えるぐらい、こたえられないキャストだ。

正直に白状すると、僕は今までスティーブン・ソダーバーグの監督作って、
そこまで好きではなかったし、どうしても感心できる映像作家とは言えなかったんですよね。。。

但し、本作だけは別格。これはアメリカン・ニューシネマ大好きっ子には、たまらない一作だ(笑)。

「ジェニーのことについて話せ」...
映画はこんなテレンス・スタンプの台詞に始まり、同じ台詞に終わる。
一人だけ時代に取り残されたような風貌や立ち振る舞いのピーター・フォンダはどうかと思うけど(苦笑)、
この映画のテレンス・スタンプはたまらなく渋く、驚くほどにカッコ良い。

豪邸でトラブルになってしまい、
慌てて車で逃げる主人公たちをベンツで追い始めるバリー・ニューマンを観て、
思わず「よし、とにかく(アクセル)踏め!」と意味もなく応援したくなったのは僕だけではないだろう。
(これは間違いなく71年の『バニシング・ポイント』のセルフ・パロディだ)

とにかくニューシネマ好きにはたまらないポイントがズラッと揃っている作品なんですよね。

監督のスティーブン・ソダーバーグは90年代後半からハリウッドでも本格的に注目され、
00年の『トラフィック』で更に評価を高めるキッカケとなりましたが、今までの彼の監督作はどうも狙い過ぎな
印象があって、好きになれなかったのだけれども、本作はホントにツボを押さえていますね。

時折見せる、浮ついたようなカメラは如何にもスティーブン・ソダーバーグらしいが、
僕はそれよりも例えばテレンス・スタンプが自分を痛めつけた倉庫の男たちをやり返しに倉庫へ入り、
鮮やかなまでに襲撃し、逃げる若造に向かって怒鳴り散らすシーンの力強さに惹かれましたね。
このシーンにしてもそうなのですが、エドワード・ラックマンのカメラが素晴らしいですね。

ピーター・フォンダ演じる音楽プロデューサーは60年代に築いた財産で食いつないでいる役柄で、
80年代以降は完全に役者として低迷している彼の境遇とダブって、なんだか感慨深いですね(苦笑)。

そして最初にテレンス・スタンプ演じるウィルソンが、
ピーター・フォンダ演じる音楽プロデューサーと彼が主催するパーティーで対面するシーンで、
幾度となくウィルソンが銃を手にする複数のイメージをリフレインさせるシーンも悪くないですね。
(このシーン、少し大袈裟に持ち上げられている傾向はありますけど、まぁそれでも良い編集です)

この辺はスティーブン・ソダーバーグお得意の編集が為せる業(わざ)なのですが、
ウィルソンの複雑な感情が巧みに表現された、実に印象的なシーンとなりましたね。

確かに今までのスティーブン・ソダーバーグの映画って、
いっつもわずかに70年代の映画のテイストを感じる部分があるんだけれども、
どうしても“殻”を脱し切れていなかったのは、本格的なオマージュに踏み込めていなかった点と、
観客を突き放したかのように描き切ることができなかったからだと僕は思うんですよね。

それが本作では細かな描写一つ一つにしても、音楽の使い方にしても、
いずれも強くアメリカン・ニューシネマを意識させる作りで、ニューシネマ好きが反応しないわけがありません。

敢えてこの映画が70年代のどの作品を強く意識していたかと言われると、
それは前述した71年のカルト映画『バニシング・ポイント』だと僕は思っていますけどね。

正直言って、テレンス・スタンプ演じるウィルソンは見た目に弱そうなんだけれども、
情け容赦なし、そして問答無用に邪魔者を片付けていこうとする屈強さが強烈ですね。
これは前述したカー・チェイスのシーンにも表れていて、凄い思い切りの良さなんですよね。
それはウィルソンの目的がクリアであり、失うものは何もないという情念の強さが後押しするのでしょう。
特にパーティーでウィルソンを追い出そうとした警備員が、いきなり襲われるシーンにも良く出ています。

あとは、ヒロイン的な役割を果たしたレスリー・アン・ウォーレンを活かし切れなかったなぁ。
これはこの抜群のキャスティングを実現した本作の中では、唯一の弱点と言ってもいい。
個人的にはもっと彼女の存在を活かして欲しかったし、メインストーリーに絡ませて欲しかったですね。
この映画での彼女はまるで紅一点のような扱いで、今一つインパクトに欠けるかなぁ。

まぁ彼女の存在があったから、エモーショナルなラストシーンが演出できたわけなのですが、
もっと主人公の行動に強く影響を与えるような存在であって欲しいと思うのですよね。

それにしても、幾度となくテレンス・スタンプ演じるウィルソンが若き日に、
ギターの弾き語りをしているビデオが流されるのですが、これがたまらなく泣かせる演出だ。
これはどんな感動的な台詞よりも、どんなドラマティックな展開よりも、おそろしく寡黙だが...
近年の映画としては出色の出来である、素晴らしい感傷的なシーンであったと言えると思います。

余談ですが...
ピーター・フォンダ演じる音楽プロデューサーが66年〜67年の栄光に頼るのは、
ロック・カルチャーの歴史で言う、“ブリティッシュ・インベンション”に由来するものなのかもしれませんね。

だからウィルソンの設定はイギリスから渡航してきたというものにし、
邦題も『イギリスから来た男』にしたのかも。。。そこまで考えてたら、スゴいですな(笑)。

(上映時間88分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 スティーブン・ソダーバーグ
製作 ジョン・ハーディ
    スコット・クレーマー
脚本 レム・ドブス
撮影 エドワード・ラックマン
音楽 クリフ・マルティネス
出演 テレンス・スタンプ
    ピーター・フォンダ
    ルイス・ガスマン
    バリー・ニューマン
    レスリー・アン・ウォーレン
    ジョー・ダレッサンドロ