さらば冬のかもめ(1973年アメリカ)

The Last Detail

これも広い意味で、アメリカン・ニューシネマの一つだろう。

ニューシネマ上がりの名優ジャック・ニコルソンが、募金箱から40ドルを盗もうとした水兵が
懲役8年という厳罰に処されるに際し、その水兵をアメリカ北部まで護送する命を受けた、
2人の下士官が水兵の境遇に同情的になり、収監前に良い思いをさせてやろうとする姿を
独特なユーモアを交えて、実に暖かな眼差しで描いた、アメリカン・ニューシネマの佳作。

監督は70年代を中心に活躍し、ハリウッドでも異彩を放ったハル・アシュビーで、
時代性もあるかもしれませんが、こんなに不思議な感覚になる映画は、そう簡単に撮れるものではありません。

やっぱり、この時代のジャック・ニコルソンは全てが良い。
本作なんかも、ヤンチャなキャラクターなんだけど、どこか憎めないし、常に社会に対してムキになってるけど、
色々と騒げど暴れても、最終的には体制側に力を見せつけられるように屈してしまう。
だけど、彼の表情に何かしらの力強いメッセージ、そして強い信念を感じ、これが映画の力強さになっている。

やはり、当時、ベトナム戦争が泥沼化した余波もあり、
時代は科学技術の発展や文化の開放により、時代の変遷スピードが加速度的に速くなっていた時期で、
人々の価値観を含め、大きく変化していた時代だと思うのですが、そうであるがゆえの弊害はいっぱいあって、
少なからずとも時代から取り残される人々の暮らし、時代の変遷の中で悪い余波が社会に及び、
結果として社会からドロップアウトせざるをえなくなった人というのもいたわけで、その軋轢の溝は深かったはずだ。

それでも、皆、今の時代とは比べ物にならないくらいパワフルに生き、
ドロップアウトするにしても、ただで外れていくアウトローばかりではなく、何かしらの影響力を持っていました。

それは映画界に於いても同様で、ヨーロッパ映画界が先行していたニューシネマ・ムーブメントが
60年代半ば、ついにハリウッドまで波及し、ハリウッドもニューシネマ・ムーブメントを抑えきれなくなり、
アメリカン・ニューシネマの時代を迎えることになるのですが、例えば本作のような映画だって、
アメリカン・ニューシネマ以前のハリウッドであれば、映画化できたかどうかすら微妙なくらい、本作は不道徳だ(笑)。

それを分かっていてか、ハル・アシュビーもどこか突き放したように、
暖かくも若干、冷めたような眼差しで描いており、このバランス感覚は絶妙としか言いようがありません。

こんなことができたのは、やはりニューシネマの時代ならではでしょう。
そもそも、これから収監される若者の境遇に同情したとは言え、言いたいことを言わせるのはまだしも、
ホテルの一室で酒を浴びるように飲ませるとか、売春宿に寄るためにニューヨークで途中下車など、
思わず「今の時代だったら、そんなので映画化できるかよ!(笑)」とツッコミの一つでも入れたくなる内容だ。

しかし、それでも不思議な魅力に溢れた、何度観ても楽しめる素晴らしい作品だ。
日本では劇場公開が3年ほど遅れたようですが、その理由が何故なのか疑問に思えて仕方がないくらいだ。

護送する水兵と出会う前から、下士官2人はこの任務をほとんど休暇感覚であったし、
早く任務を完了させると日当が減るから、途中で時間稼ぎすることも当初から織り込み済みだった。
そして、いざ水兵を出会うと、まだまだ何も経験していないに等しい若造。そんな若造が8年の服役となる
それまでの経緯を聞くと、不運と理不尽さで決まったような、若造にはあまりに長過ぎる罰だと同情。

そこで、服役してしまうと間違いなくできないであろうことを経験させてやろうという想いは、
ヤンチャなジャック・ニコルソンの発想ですから(笑)、反社会的な側面もあるのですが、
その想いは決して悪意の塊ということではなく、むしろ善意なんですね。しかも、その善意は返ってくることはない。

得てして、服役前に経験しておきたい男の願望なんて、こんなもの...
この映画にはそんな開き直りがあるようで、不道徳な映画とは言え、3人の珍道中はどこかセンチメンタルでもある。

しかし、この映画でのハル・アシュビーの凄いところは、
映画のクライマックスでの“突き放し感”が半端ないことで、別にアメリカン・ニューシネマらしい、
衝撃的なラストということではないのですが、それでも最後の晩餐ばりに、極寒のニューヨークの公園で
バーベキューをやったり、3人にとっては特別な時間が流れ、特別な空間になっていたにも関わらず、
そこからハル・アシュビーは突如として、一気に現実に引き戻す。そして、突然のように無感情的なラスト。

でも、この“突き放し感”こそ、ハル・アシュビーが70年代という時代に活躍できたことの理由だと思う。

こういう演出ができるディレクターは今のハリウッドには間違いなくいませんし、
逆に平平凡凡に見えてしまう部分もあって、本作のような映画は受け入れられないかもしれませんね。
でも、ハル・アシュビーというディレクターは「本来、映画とはどうあるべきか?」というテーマを常に意識し、
彼なりに答えを追求し続けて、映画を撮り続けた、実に希少で有能な映像作家であったと思うのです。

ひょっとすると、本作がハル・アシュビーが撮った最高傑作かもしれませんね。
言い換えると、本作が無ければ後年のハル・アシュビーの活躍は無かったかもしれません。

73年と言えば、もうアメリカン・ニューシネマも終末を迎えつつあった時期ではありますが、
ジャック・ニコルソンもインタビューで答えている通り、この映画は申し分のない出来と言っていいだろう。
そういう意味では、アメリカン・ニューシネマ後期の代表作の一本と言っても過言ではないのかもしれない。

ただ、個人的にはあと一歩で傑作とまではいかなかった感じ。
それは映画の中で観客の感情の高ぶりを誘発するような、映画に力強さが無いことだろう。
これは唯一、僕が本作に感じた物足りなさだ。それ以外の部分は、ほぼ完璧と言っていい出来だと思う。

この頃のジャック・ニコルソンはやはり勢いに乗った良い役者だと思う。
本作も『ファイブ・イージー・ピーセス』などとは、まるで異なったキャラクターではあるものの、
どこか社会(体制)に対して不満を抱いているような表情があり、良く言えば反骨精神の塊のような存在だ。
そんな彼は性格的にはいい加減とは言え、水兵に良い思いをさせてやろうという点では必死になる。
そんな彼の必死さがあるがゆえに、本作は実に格別なテイストのある映画に仕上がっています。

是非とも多くの方々に観て頂きたい、実に優れたヒューマン・ドラマだ。

(上映時間103分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ハル・アシュビー
製作 ジェラルド・エアーズ
原作 ダリル・ポニックサン
脚本 ロバート・タウン
撮影 マイケル・チャップマン
音楽 ジョニー・マンデル
出演 ジャック・ニコルソン
   ランディ・クエイド
   オーティス・ヤング
   クリフトン・ジェームズ
   キャロル・ケイン
   マイケル・モリアーティ
   ギルダ・ラドナー
   ルアナ・アンダース
   ナンシー・アレン

1973年度アカデミー主演男優賞(ジャック・ニコルソン) ノミネート
1973年度アカデミー助演男優賞(ランディ・クエイド) ノミネート
1973年度アカデミー脚色賞(ロバート・タウン) ノミネート
1974年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1974年度イギリス・アカデミー賞脚本賞(ロバート・タウン) 受賞
1974年度カンヌ国際映画祭主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1974年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞