レディ・キラーズ(2004年アメリカ)

The Ladykillers

55年のイギリス映画『マダムと泥棒』を大胆にアレンジして描いたサスペンス・コメディ。

日本でもコーエン兄弟の手掛けた映画は人気があるので、本作もそこそこ話題になっていたとは思うけど、
個人的には今一つ楽しめなかったかな。映画の設定としては、家の地下室から穴掘って、銀行やカジノの金庫に
侵入して多額の金品を奪うということがコンセプトなのですが、これはよくある内容だし、コーエン兄弟の持ち味を
生かした喜劇にはなっているのですが、どこか映画としてマッチしておらず、シックリ来ない印象が拭えませんでした。

決してそうではないのだろうし、僕の勝手なうがった意見なのだろうけど・・・
コーエン兄弟の映画って、どうしても彼らの上手さを純粋な気持ちで受け止めきれないというか...
彼ら自身がシンプルに映画を見せようとしないせいか、どうしても技巧的なアプローチに寄り過ぎている気がする。

物語としても決してつまらなくはないと思うのだけれども、少々クセのあるストーリーテリングも含めて、
僕は「もっとシンプルに描けばいいのに・・・」と思ってしまう。まぁ、そんな技巧派なところが長所なのだろうけど・・・。

映画のクライマックスにある、指を咥えてくる猫のラストシーンなんかも、スゴく良いとは思う。
そりゃ、あの指をくっ付けなかったせいで、彼らの証拠隠滅は失敗したわけで、この失敗が原因でバラバラになるので、
指を切断してしまったことが大きなターニング・ポイントなのですから、ラストに持って来るのは当然の発想でしょう。
でも、見せ方が上手くない。個人的には“死体の処理”と同じような扱いで描くのはブラック・ユーモアというのか
微妙なところだなぁと感じたし、もっと違う形で猫が持っていた、というニュアンスで描けば良かったのに・・・と思った。

それよりも、原題にもなっている“レディ・キラーズ”っぷりがあまり生かされないのも残念だ。
映画のクライマックス約25分くらいから、急にそういう展開にはなるのですが、どこか不自然に見えた。
この違和感を払拭できなかったので、僕の中ではどうしても盛り上がらないんだなぁ。特に前半がダラダラし過ぎです。

その割りに、ラスト約25分で一気に黒人老婆を口封じのために殺害しようみたいなことになって、
クジ引きで絞られた一人が、老婆を襲いかかる・・・みたいな展開に急に転換するので、どうにも落ち着かない。
そこで、「お袋に見えてイヤだ!」と叫んでしまったり、誤って老婆の入れ歯が入ったコップの水を飲んでしまったり、
一つ一つのスラップスティックなギャグはなかなか面白いのですが、どうにもそれらが単発的に終わってしまう。

これの点をつなげて“線”にするのがディレクターの仕事なはずなのですが、
本作のコーエン兄弟はどうにも違うことに興味があったように見えて、結果として上手く“線”にできていない。
それゆえか、各エピソードのつながりが悪く、ホントに真の意味で『マダムと泥棒』のリメークになったのかも疑問だ。

大学教授を名乗る強盗団連中に地下室を貸した老婆を演じたイルマ・P・ホールは良かったと思います。
彼女の懐の深さを感じさせる芝居は勿論のこと、それでも勘が鋭く「何もかもお見通しよ!」という表情など、
クセに強い強盗団に負けない存在感を示しており、本作はトム・ハンクスの映画というよりも彼女の映画でしょう。

彼女の亡き夫の絵画で、先々の運命を象徴するような演出もなかなか面白い発想で、
細かいところを見ていけば決して悪い映画ではないのですが、だからこそもっとシンプルでいいと思うんだよなぁ。

トム・ハンクスは相変わらず上手い。ただ、あまりこれといった見せ場がない感じで勿体なかったかな。
特に終盤、強盗団の仲間割れと老婆の口封じで行動にでるあたりからは、もっと目立って動き始めるかと思いきや、
表立った見せ場が作られないまま映画が終わってしまった印象で、もっと彼を絡ませて欲しかったですね。

そう思ってみると、結局は本作の主役はトム・ハンクスではなく、イルマ・P・ホールの方だったのかもしれない。
コーエン兄弟が何をどう狙って本作を演出していたのか、正直言って僕にはよく分からなかったというのが本音ですね。
これがクライマックスでは、トム・ハンクス演じる教授が邪悪な心を見せ始めるなら、まだ理解はできたのですが・・・。

そういう意味では、少し奇抜な視点から描いてみようとするあたりが、どうしても作り手の自己満足に見えてしまう。
まぁ、映画がどんな内容にしても、そういう自己満足の側面があることは拭えませんが、例えばJ・K・シモンズ演じる
テレビ局スタッフで過敏性大腸炎に悩まされる中年のオッサンと、彼の妻の描き方なんて、チョット狙い過ぎに見える。
なんの意味があるのか、敢えて過敏性大腸炎を持ってきたの意図もよく分からず、映画に上手くハマっていない。

そう、この強盗団に加わった面々を個性豊かな脇役たちとして描きたかったのだろうけど、
彼らは全員狙い過ぎなキャラに見えてしまって、僕の中ではどうしてもハマってこなかった。これは作り手の問題です。

主人公にあたる教授が、そもそも「ルネッサンス時代の教会音楽の再現をするのです」という
謎の理由で老婆の自宅の地下室を借りに来るという設定自体が、かなりの力技だ。それに老婆もほだされるように
アッサリと地下室を貸しちゃうわけですが、どこかどう見ても音楽を練習しているように見えないため、疑惑を抱く。
そんな老婆の疑惑の目を牽制するように、教授が先回りするかのように老婆をなだめようとしますが、
彼が連れてきた強盗団は、どことなくドジな一面があって、彼らがヘマをしでかすたびに老婆の疑いは深まります。

おそらく黒人の方々には、懐かしいタイプのママなのだろうとは思いますが、
「なんか悪いことを企んでるなら、アタシァが許さないわよ!」と日本の某芸能人ばりにビンタが飛んできて、
そんな老婆の振る舞いを、強盗団の最年少の黒人男性が恐れているというのが、また喜劇としては面白い。

映画はブラック・ユーモアに満ち溢れてはいますが、コーエン兄弟も最後は常識的なところに落ち着ける。
これはこれで悪くない仕事ぶりだとも思うけど、コーエン兄弟のレヴェルであれば、もっと驚かせて欲しいと思う。
一見すると、起承転結がハッキリしていて良い映画と思えるんだけど、結果的にはどこか物足りなさが残ります。

死体の“処理”の仕方も、ただただ橋から通りかかる船に落とすだけというのも、チョット芸がない。
結局、この行動がクライマックスへの伏線でもあるのですが、中途半端なブラック・ユーモアに映ってしまっている。
過度に行き過ぎた描写は必要ありませんが、それでももっとブラックで突き抜けたラストにして欲しかったなぁ。
僕にはどことなく、この終盤の描き方はコーエン兄弟なりの“遠慮”とも思える、抑えたのではないかと感じられました。

同じオチでいいとは思うのですが、もっと過酷な報いがあったりとか、そういう因果応報を描いた方が良かったと思う。

出来ることなら、トム・ハンクスにはもっと徹底した悪党として突き抜けて欲しかったし、
その方がコメディとしても面白くなったと思う。インテリの要素を生かして、老婆に懐柔することで自身への
疑いの目を逸らせる目的があったのは分かるし、正攻法な描き方だとは思うのだけれども、なんだか中途半端。
コーエン兄弟もトム・ハンクスという強力なブレーンを得たのだから、もっとクセの強いキャラクターにして欲しかったなぁ。

それもあって、結局、老婆を演じたイルマ・P・ホールが“オイシい”ところを持って行ったという感じですね。
コーエン兄弟の能力と経験をもってすれば、脚本の段階でこういう事態は防げたはずと思うのですがねぇ・・・。
(個人的にはこの老婆にもクセがあって、少々ダークな部分があるように描いても面白かったと思ったなぁ)

そして、日本での本作の紹介の仕方にも問題があったと記憶しているのですが、
そもそもトム・ハンクス演じる教授が天才的な頭脳の持ち主で、完璧な犯罪計画を立てたみたいなコピーで
劇場公開当時宣伝していたのですが、金庫へトンネル掘っていくなんて、正直、使い古された手口として思えず、
オマケに『マダムと泥棒』のリメークなわけですから、このコピーが余計にハードルを上げ過ぎたと思います。

この主人公が大学教授と名乗っている時点で、その佇まいからしてもどこか胡散クサいのは明らかだし、
彼らが打ち立てた計画や、アドリブ的な立ち回りを見ても、決して天才的な頭脳を持っているとは到底思えない(笑)。
この辺はコーエン兄弟もそう思って描いていたわけではないでしょうから、いろいろと噛み合っていなかったですね。

ちなみに本作は当初、バリー・ソネンフェルドが監督として企画が進んでいたらしい。
『アダムス・ファミリー』のようなノリを期待されたのかもしれませんが、いつしかバリー・ソネンフェルドが降板し、
コーエン兄弟が監督することになったらしいので、企画の段階から紆余曲折があった作品だったということですね。

まぁ、正直言って、バリー・ソネンフェルドが監督しても出来はあまり変わらなかったのではないかと思いますが、
同時にコーエン兄弟にはあまりベタベタな喜劇は合わないのかな、と感じられた出来で、これはこれで興味深い。

(上映時間103分)

私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点

監督 イーサン・コーエン
   ジョエル・コーエン
製作 イーサン・コーエン
   トム・ジェイコブソン
   バリー・ジョセフソン
   バリー・ソネンフェルド
   ジョエル・コーエン
脚本 イーサン・コーエン
   ジョエル・コーエン
撮影 ロジャー・ディーキンス
音楽 カーター・バーウェル
出演 トム・ハンクス
   イルマ・P・ホール
   ライアン・ハースト
   J・K・シモンズ
   ツィ・マー
   マーロン・ウェイアンズ
   ジョージ・ウォレス

2004年度カンヌ国際映画祭審査員特別賞(イルマ・P・ホール) 受賞