英国王のスピーチ(2010年イギリス・オーストラリア・アメリカ合作)

The King's Speech

幼い頃から吃音に悩まされていた英国王であるジョージ6世と、
当時はイギリスの植民地であったオーストラリア出身の言語療法士ライオネル・ローグとの友情を
実話ベースで映画化し、2010年度アカデミー賞で作品賞含む主要4部門を獲得したヒューマン・ドラマ。

監督はイギリス出身の新進気鋭の若手監督であったトム・フーパーで、
本作で大成功を収めたことで、2012年の『レ・ゼミラブル』など規模の大きな作品を任されるようになりました。

イギリスの権威が落ちつつあった王室の後継者候補の一人として、
ジョージ6世は幼い頃からロイヤリティとしてのメンタリティを鍛えられていたのですが、
やはり吃音症であることが大きなネックとなっていたのは事実で、彼自身も人前で喋ることがトラウマでした。
精神的にも追い詰められた彼を見かねた妻のエリザベスは、ありとあらゆる医師に吃音の治療を相談します。

どうやら妻のエリザベスは、ロイヤリティの妻としての誇りも強かったのか、
それとも夫ジョージ6世への愛が強かったのか分かりませんが、本作の脚本が書き上げられて、
映画化の企画が立ち上がっても、彼女が生きているうちは実際に映画化することを許さなかったようです。

妻のエリザベスはかなり長生きしたので、ずっと映画化できなかったようですが、
そんなエピソードを聞くと、かなり気骨ある女性であり、イギリスでも人気があった王妃であった所以を感じます。

ただ、個人的にはアカデミー作品賞に相応しい作品かと聞かれると、チョット微妙...かな?
まぁ・・・出来の良い映画ではあると思うんです。元々の物語としても面白いとは思うし、
ロイヤリティとしてのコメントを求められても吃音症のために、なかなか上手くメッセージを伝えられないし、
そんな彼の吃音症は公然の事実であっただけに、彼のコメントを聞く聴衆も、どこか冷淡な視線を送ってしまう。

時代も時代であっただけに、吃音に対する理解も深くはなかったでしょうし、
第二次世界大戦下にあったヨーロッパの気運からすれば、市民に大らかな気運は無かったでしょうね。

実際、ジョージ6世もロクに公務に就かない兄が王位を継承しながらも、
中途半端なところで兄に投げ出されると、厳しい世界情勢の中で王位を継承するという過酷な状況に置かれる。
そこに彼の吃音症が障害となっていて、更に伝えなければならないメッセージがドイツのナチス政権下の
影響に対抗するために、国民に戦争に向けて一致団結するメッセージを発信しなければならないという状況。
まぁ、誰だってこんなことを言いたい人はいないわけで、強気ではないジョージ6世からすれば理不尽な状況でした。

そんな難しい状況に置かれているだけあって、それでも演説に立ち向かうジョージ6世を描くだけに、
映画は決して反戦メッセージに満ち溢れた映画とは言い難い。この辺は本作が賛否両論になる所以でしょうね。
ただ、その複雑さゆえに、この映画で描かれるジョージ6世は妙に人間臭い部分が強調されており、
演じるコリン・ファースは数々の映画賞を受賞しただけあって、確かに実に良い芝居をしていると思います。

ただ、欲を言えば、もっと喋り出すまでの凄まじい緊張感や不安を表現して欲しかった。
おそらく現実はこんなものじゃないくらい、吃音に悩まされていたと思います。日常生活にも影響するくらい。
特にロイヤリティであれば尚更のことで、人前で喋ることがままならないというのは、立場的に致命傷だったはずだ。

それが大勢の市民の前で喋らなければならない予定が入った時点で大きな精神的負担だろうし、
ずっと不安に苛まれて、「どうしよう?」、「逃げたい・・・」という気持ちばかりが先行し、現実逃避したかったであろう。

いざ当日になって、目の前に話さなければならない環境が整えられている現実を見ると、
特に障害がない人であれば開き直ることも可能だろうけど、吃音に悩んでいる人はそうはいかないだろう。
喋り出すまでに凄まじいまでの重圧を感じ、精神的に押し潰されそうなくらい追い詰められていることでしょう。
残念ながら、僕にはこの映画にそこまでのプレッシャーを感じない。ここは映画として、表現した方が良かったと思う。

トム・フーパーは他の監督作品と観ても、基本的な力は兼ね備えたディレクターですし、
本作を観ても「さすが!」と唸らせられるシーン演出もある。だからこそ、本作でももっと上手く出来たと思う。
ましてやアカデミー作品賞受賞作品と聞けば、僕が観る前に勝手に期待値を高くし過ぎてしまったかもしれないけど、
それにしても、非凡な部分とそうではない部分がハッキリとしていたように思え、映画全体のバランスが気になった。

吃音を治療するための具体的なトレーニングを描いたシーンなんかは良かったと思うし、
ところどころにユニークな撮り方をしていて面白いなぁと感じた反面、ジワジワと訴求するものが本作には無い。
結局、どこか表層的に描いたドラマという印象が拭えず、映画としてもう一皮剥けても良かったなぁと感じたのが本音。

賞をもらったのはあくまで後付けの結果論とは言え、
個人的にはアカデミー作品賞受賞作なのであれば、それくらいの凄みを持っていて欲しいというのが本音。

良くも悪くも、この特徴の無さがハリウッドのプロダクションも目を付けたのかもしれませんが、
視覚的な煌びやかさがある一方で、もう少し屋外でのシーンを観たかった。室内でのシーンが続き、
映画の後半はあまり工夫のないシーンが続くので、悪い意味で単調になってしまったのも気になった。

とは言え、実話をモデルにした映画というだけあって、ジョージ6世とライオネルの友情はとても興味深い。
ジョージ6世も即位後、ずっとライオネルを信頼し続けた仲であったと聞くし、深い友情で結ばれたのだろう。
本来的には彼らの友情には、当時、深い問題提起性があったと思うのです。ここも映画は切り込んでも良かったかな。

僅かに台詞で触れられてはいるのですが、当時はオーストラリアからの移民となると、
植民地支配している地域からの移民なので、たいへんに肩身の狭い思いをしてイギリスで生活していたわけで
そんな地域を出身とするライオネルのような人間と、当時のロイヤリティが深い友情で結ばれるとは驚きだっただろう。
そういう懐の深さがジョージ6世にはあったということなので、是非、そういった部分も描いて欲しかったですね。

勿論、ライオネルの言語療法が実に正しいベクトルと、具体的アプローチであったということもあるだろうが、
人間的な相性の良さもあったのではないかと思う。その言葉では表現し難い部分を、映画では表現して欲しい。

例えば、ライオネルの自宅に治療に訪れたジョージ6世と王妃エリザベスと会ってしまい、
ライオネルが担当する患者がジョージ6世であることを知り、驚きの表情を隠し切れないライオネルの妻が
何故か「夕食でもどうです?」と口走っちゃうシーンとか、面白い着想点だと思ったのですが、
エリザベスらの反応があまりに普通過ぎて“広がらない”。ここは多少、脚色してでも“広げて”欲しかったなぁ。
別にホントに食事しろとまでは言わないけど、もっとユーモアに満ちたコミカルなやり取りがあっても良かったと思う。

どこか当たり障りの無い、ありがちな描写に終始してしまうあたりが物足りない。
この辺はひょっとしたら、ハリウッドでも悪名高いバーヴェイ・ワインスタインが本作に出資していたので、
映画の編集内容にまで口を挟んでいた可能性も否めず、何とも言えない部分はありますがねぇ・・・。

とは言え、アカデミー作品賞らしい風格があるかと聞かれるとそれは微妙だが、普通に良く出来たドラマです。
トム・フーパーもこの映画が持つ悪い意味での仰々しさを捨てられれば、スゴいディレクターになるという
素質と力を持っていると思うのですが、後の『レ・ミゼラブル』なんかを観ると、まだ捨てられなかったみたいですね。

吃音とは違いますけど、人前で喋ると緊張するというのはよくある話しで、
自分もそういう場のときは、途中で自分で自分が何を言っているのか分からなくなりかける瞬間もありますからね。
ですから、スピーチの達人みたいに場慣れしている人なんかは、ホントに尊敬に値すると思いますよ。
勿論、緊張するタイプの人でも場慣れしてくると、その緊張を隠して悟られないようにすることはできると思いますが、
根本的に通常時よりも緊張しているので、通常では考えられない言い間違いや思い込みも起きることありますからね。

特に本作で描かれるように、国民の心にメッセージを届けるとかは、更にハードルが高いことだと思います。
だからこそ、吃音などといった障害を乗り越えて人前で喋ることは、とてもスゴいことだと素直に思うのです。

(上映時間118分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 トム・フーパー
製作 イアン・カニング
   エミール・シャーマン
   ギャレス・アンウィン
脚本 デビッド・サイドラー
撮影 ダニー・コーエン
編集 タリス・アンウォー
音楽 アレクサンドル・デスプラ
出演 コリン・ファース
   ジェフリー・ラッシュ
   ヘレナ・ボナム=カーター
   ガイ・ピアース
   ティモシー・スポール
   デレク・ジャコビ
   ジェニファー・イーリー
   マイケル・ガンボン

2010年度アカデミー作品賞 受賞
2010年度アカデミー主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度アカデミー助演男優賞(ジェフリー・ラッシュ) ノミネート
2010年度アカデミー助演女優賞(ヘレナ・ボナム=カーター) ノミネート
2010年度アカデミー監督賞(トム・フーパー) 受賞
2010年度アカデミーオリジナル脚本賞(デビッド・サイドラー) 受賞
2010年度アカデミー撮影賞(ダニー・コーエン) ノミネート
2010年度アカデミー作曲賞(アレクサンドル・デスプラ) ノミネート
2010年度アカデミー美術賞 ノミネート
2010年度アカデミー衣装デザイン賞 ノミネート
2010年度アカデミー音響調整賞 ノミネート
2010年度アカデミー編集賞(タリス・アンウォー) ノミネート
2010年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
2010年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(ジェフリー・ラッシュ) 受賞
2010年度イギリス・アカデミー賞助演女優賞(ヘレナ・ボナム=カーター) 受賞
2010年度イギリス・アカデミー賞オリジナル脚本賞(デビッド・サイドラー) 受賞
2010年度イギリス・アカデミー賞作曲賞(アレクサンドル・デスプラ) 受賞
2010年度全米俳優組合賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(ジェフリー・ラッシュ) 受賞
2010年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度シカゴ映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度ワシントンDC映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度サンフランシスコ映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度サンフランシスコ映画批評家協会賞脚本賞(デビッド・サイドラー) 受賞
2010年度サウス・イースタン映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度サウス・イースタン映画批評家協会賞助演男優賞(ジェフリー・ラッシュ) 受賞
2010年度サウス・イースタン映画批評家協会賞脚本賞(デビッド・サイドラー) 受賞
2010年度デトロイト映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度セントルイス映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度セントルイス映画批評界協会賞脚本賞(デビッド・サイドラー) 受賞
2010年度フロリダ映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度オースティン映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度フェニックス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2010年度フェニックス映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度カンザス・シティ映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞助演男優賞(ジェフリー・ラッシュ) 受賞
2010年度ノース・テキサス映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度アイオワ映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度デンバー映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度バンクーバー映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度ロンドン映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2010年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(コリン・ファース) 受賞
2010年度インディペンデント・スピリット賞外国映画賞 受賞