インサイダー(1999年アメリカ)

The Insider

まぁ、ニコチンに中毒性があるのは誰でも分かっているとは思うんですけどね。。。

『ラスト・オブ・モヒカン』、『ヒート』で一気に名を上げたマイケル・マンの力作です。
93年に、アメリカの大手タバコ販売会社であるB&W社で研究開発の部門責任者であり副社長であった、
ジェフリー・ワイガンドが突然の解雇通知を受け、家族をも脅迫されるようになり、日常生活がままならなくなり、
テレビ局のCBSが誇る人気番組『60ミニッツ』のプロデューサー、バーグマンを通じて内部告発を試みます。

映画はそんな男たちのシリアスで、アツい闘いを描いた静かな、静かなドラマだ。

徹底したシリアスな映画なので、好き嫌いがハッキリと分かれる作品だと思いますが、
ニコチンにアンモニアの成分を一定割合で混ぜると、中毒性が爆発的に増すということは知らなかったので、
僕はこれは実はスゴいことで、こんなことを人為的に操作しているなんて、これは大スキャンダルだと思いました。

タバコ会社からすれば、健康被害が及ぶことを注意喚起しつつも、
中毒的にタバコを愛飲してくれた方が、安定的に売上がたつという考えが、過去はあったのかもしれませんが、
それを公聴会の場で、ツラッと「ニコチンには中毒性が無い」と証言するのですから、これは罪深く感じる。

この映画で描かれたことはノンフィクションであり、映画自体も確かに過剰な脚色はしていない。
あくまで静かな闘いを描くことに徹したのはマイケル・マンらしい選択ですが、本作で最も特徴的だと思ったのは、
マイケル・マンにしては珍しいぐらいに、ワイガンドの家族にフォーカスした描き方をしているという点で、
男の闘いの“添え物”のように描きがちだったマイケル・マンも、少し見方が変わったのかもしれません。

実在のワイガンドがB&W社の内部データを告発した『60ミニッツ』も実在のテレビ番組で、
この番組のホストであるウォレスを演じたクリストファー・プラマーが、実在のウォレスによく似ている。
そして相変わらずクリストファー・プラマーは声が良い。この映画のような声を武器にする映画が、ピッタリだ。

本作劇場公開当時は、メイクを駆使して老け役に挑戦したラッセル・クロウが話題となりましたが、
プロデューサーのバーグマンを演じたアル・パチーノも、例によってファンの期待に応えるアツい芝居(笑)。

これが嫌な人は嫌なのだろうけど、私のようなアル・パチーノの熱心なファンにとっては、
やはりアル・パチーノと言ったら、これくらいアツくないと物足りない(笑)。特にCBS本社からのプレッシャーを受け、
これまで自分たちをサポートしてくれたはずの上司ドンに、ジャーナリズムを問うシーンの迫力は圧巻だ。

何より、バーグマンにとっては、真実を報じるはずの報道番組なはずなのに、
真実を述べられることが都合が悪くって、真実を隠蔽することを暗に指示されることは、この上ない心外な出来事で、
ましてや勇気を出して、リスクを侵してでも、真実を話すと決断した“インサイダー”を裏切るように、
報道しないと選択した場合、テレビ局側と“インサイダー”側の信頼関係が崩れ、それは再生できないことを恐れる。

これは彼の言う通りであり、実際にそういった大きな葛藤があったようだ。

どこまでノンフィクションなのかは、僕も精査できていませんが、
この映画を観ていてユニークだと感じたのは、“インサイダー”を守るため、真実を報道するためには、
バーグマンなりの非常手段にでると決意したわけで、彼自身もまた“インサイダー”になるというのが面白い。

映画の前半は若干、単調な作りになってしまい、映画全体の尺の長さの割りに、
少々説明不足で分かりづらいシークエンスになっている部分もあることはマイナスに感じましたけど、
映画は後半に入って、ワイガンドの勇気とバーグマンの執念を対比して描き始めてから、一気に引き締まった。

それぞれに言い分があるし、何が正解で何が不正解ということもないでしょう。
しかし、如何に自分たちのやり方を貫くかという、プライドをかけた闘いを描いた映画と言えます。

いつものマイケル・マンであれば、臨場感あふれるガン・アクションをメインに撮りますし、
家族や恋人などの、愛する人々などお構いなしに闘うことのみ選択肢とする男たちを描きますので、
ほぼ闘う男たちの周辺事情などとっ散らかったままで、彼らの悩みは映画の中で添え物みたいな扱いでした。

ところが本作は真逆と言っても良く、バーグマンにとっては報道人としてのプライドですが、
ワイガンドにとっては家族を失う恐怖であり、自分のことをなかなか信じてもらえないジレンマからくる苛立ち、
やるべきかやらざるべきかを孤独に悩み続ける姿を、むしろ映画の主題としているわけで、全く変わりましたね。
結局、この変化がマイケル・マンの創作スタイルに幅を持たせたようで、映画の印象が大きく変わりました。

現代ではネット社会の発達により、マスメディアの在り方も大きく変わってきましたが、
おそらく今でも本作でバーグマンが語っていた「世論を作る」ぐらいの意識を持っているテレビマンって、
いると思うんですよね。それが現代のテレビで達成できるか否かはともかくとして。コロナ禍に於いても、
ワイドショー化した時事内容をメインにしたテレビ番組の是非が話題になることがありますけど、
報道のあるべき「客観的事実をありのまま報じる」ということよりも、「自分たちの主義に基づいた主張を展開すること」に
番組の主軸を置いたような構成、討議スタイルに終始している番組も散見されるのは事実かと思います。

それが、あたかも世論であるかのように報じられるんだけど、
考え方の多様性を許容しないかのように見えるところもあるけど、これは古くから行われてきたことでしょう。
でも、それを未だに、旧態依然のスタイルを踏襲し続けるマスコミを見ていると、先々が心配になってくるなぁ。

この映画のバーグマンの主張は、僕個人としては100%の賛同はできない。
しかし、バーグマンのスゴいところは、自分の主義を押し通すためなら、外からの圧力には屈しない強さがあり、
良い意味で手段を選ばぬ行動力と決断力があることで、自らの悩みや間違いを修正することも躊躇しないことだ。

確かに日本人の感覚からすると、ニコチンが健康被害を及ぼすことは常識だし、
ニコチンに中毒性があることも、喫煙者でも分かっていることで、別に驚愕の事実ではないだろう。

しかし、この映画で描かれているのは、タバコ会社が率先して爆発的に中毒性を加速させる研究を行い、
タバコの売上を促進しようとしていたことで、併せてニコチンの中毒性に関わるデータを持っていながらも、
会社の社長が公聴会の場で堂々と「ニコチンには中毒性がない」と断言していたことの罪深さです。

その研究を指示され、掴んでいたデータを隠蔽され、挙句の果てに口封じともとれる、
解雇通告を受けるわけですから、ワイガンドからするとあまりに理不尽なことに感じて当然のことでしょう。

会社からすると、研究開発部門の責任者であり、有害性のデータを報告しているワイガンドの存在は
大きなリスクであると認識するわけで、ワイガンドの内部告発をスゴく恐れていたのも自然な流れでしょう。
それゆえ、ワイガンドは“謎の”人物から家族含めて脅迫を受け続けるわけですが、映画の中では正体は言及しません。
事実としても、ワイガンドを脅迫した人物・組織は明らかになっていないようで、今尚、ベールに包まれています。

この辺の描き方も、本作はホントに上手かったと思いますし、映画に良い意味での緊張感を与えます。

傑作まで、もう一歩のところまで行った力作で、マイケル・マンの演出の幅を広げた作品だと思いますね。
ラッセル・クロウの奇妙な日本語も見どころですが、これは日本人とすると微妙な気持ちになるかも。。。

(上映時間157分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 マイケル・マン
製作 マイケル・マン
   ピーター・ジャン・ブルージ
脚本 エリック・ロス
   マイケル・マン
撮影 ダンテ・スピノッティ
音楽 リサ・ジェラード
   ピーター・バーク
出演 アル・パチーノ
   ラッセル・クロウ
   クリストファー・プラマー
   ダイアン・ベノーラ
   フィリップ・ベイカー・ホール
   リンゼー・クローズ
   ジーナ・ガーション
   スティーブン・トボロウスキー
   ブルース・マッギル
   デビ・メイザー
   マイケル・ガンボン

1999年度アカデミー作品賞 ノミネート
1999年度アカデミー主演男優賞(ラッセル・クロウ) ノミネート
1999年度アカデミー監督賞(マイケル・マン) ノミネート
1999年度アカデミー脚色賞(エリック・ロス、マイケル・マン) ノミネート
1999年度アカデミー撮影賞(ダンテ・スピノッティ) ノミネート
1999年度アカデミー音響賞 ノミネート
1999年度アカデミー編集賞 ノミネート
1999年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演男優賞(ラッセル・クロウ) 受賞
1999年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ラッセル・クロウ) 受賞
1999年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(クリストファー・プラマー) 受賞
1999年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(ラッセル・クロウ) 受賞
1999年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞(クリストファー・プラマー) 受賞
1999年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ダンテ・スピノッティ) 受賞
1999年度ボストン映画批評家協会賞助演男優賞(クリストファー・プラマー) 受賞