ザ・ハリケーン(1999年アメリカ)

The Hurricane

どこまで事実かは知りませんが、
これはあくまで映画として、ひじょうに良い出来で、主演のデンゼル・ワシントンも素晴らしい名演です。

無実の罪で投獄されたプロボクサー、ルービン・“ハリケーン”・カーターの物語で、
勿論、彼は実在のプロボクサーであり、とある夜に発生したバーでの銃乱射事件の犯人として、
無期懲役の判決が下り、約30年間もの間、投獄されていたことは事実だ。

時代はおりしも、公民権運動が盛んな時代であり、
彼が投獄され、再審請求が行われた頃は、社会的な反響がとにかく大きく、
黒人だけではなく、白人たちの間でも人種差別撤廃の追い風に乗って声を上げ、
特に多くの著名人も彼の釈放に向けて、募金や署名を呼びかけたことでも有名だ。

70年代、本作の主題歌としても使われておりましたが、
ボブ・ディランの『Hurricane』(ハリケーン)で約8分間にわたって、
ルービンの無実の罪を矢継ぎ早に歌う曲が発表されたり、同業者であるモハメド・アリや、
当時、社会活動に熱心で有名だった女優のエレン・バースティンなどもデモ活動に参加しておりました。

しかし、映画の中でも語られていた通り、
どうやらこういった活動は長続きせず、マスコミの興味関心も違うところへ転換してしまい、
実質的に彼の釈放へ向けた再審が連邦裁判所で行われ判決が下ったのは、1985年になってのことでした。

監督はベテランのノーマン・ジュイソンで、
67年に『夜の大捜査線』で人種差別を大々的に取り扱い、当時の公民権運動をより加速化させただけあって、
本作でも強い問題意識があって、如何にも彼らしい作品となっていましたね。これはひじょうに良い出来です。

映画の最後に連邦裁判所の判事役として、おそらくノーマン・ジュイソンのつながりなのでしょうが、
『夜の大捜査線』でオスカーを獲得したロッド・スタイガーが出演しているのも、実に感慨深いですねぇ。

ルービンは幼い頃から人種偏見の渦中に生きていたわけで、
幼い頃にもトラブルに巻き込まれ、よく調べない警察のせいで、少年院へ送られてしまいます。
まぁ彼がホントに無実か否かはともかく、彼が受けた扱いとして、“公正な裁判を受ける権利”を阻害され、
最初っから恣意的な内容に傾倒した捜査と、裁判しか受けることができなかったというのが問題ですね。

この辺の作り込み方は、さすがにノーマン・ジュイソンは上手いですね。
一つ一つじっくりと描いていくのですが、最初は理不尽な扱いに憤りを感じるものの、
次第に多くを周囲に求めなくなり、感情を内に秘め、自分と闘い始める姿をよく描けていると思います。

演じるデンゼル・ワシントンは01年の『トレーニング・デイ』でアカデミー主演男優賞を受賞するのですが、
どうせ獲るなら本作での芝居の方が良かったですね(笑)。役柄の影響もあるにはあるのですが、
複雑な境遇に育ち、当初は再審に対して積極的であったものの、やがて希望を失ってしまう姿を
実に克明に表現できており、90年代の彼の出演作の中ではほぼ間違いなく、ベストアクトと言えますね。

少し謎が残るのは、ルービンの妻の存在で、
映画の中では後半でほとんど語られなくなるというのが、チョット不可解な印象を受けましたね。
確かにルービン自身が「オレのことは忘れろ」と言い、自ら離席してしまったのですが、
それでも、彼のことを忘れられず生きていたであろうと容易に想像できることから、
少しでもいいからルービンの家族についても、後日談として触れて欲しかったと思いますね。

劇中、ルービンが書いた本を読んで、彼の境遇に興味を持った、
カナダの黒人少年と彼の扶養者が、ルービンのサポートに立ち上がるのですが、
確かに彼らのサポートはとても重大なものであり、彼らのサポートが無ければ、
ルービンは立ち直れなかったとは言え、彼らをルービンの家族を越える存在として描いたことには、
僕は例え、これが事実であったとしても、強烈な違和感があったことを否定できませんね。

確かに映画のストーリーとしては、彼らが“遅くなった支援者”であったとしても、
とても重要な役割を果たした協力者であったことは否定しないけれども、
やはり家族との時間を奪われた悲しみがルービンにはあったわけですから、最後まで家族を描いて欲しかった。

事実、ルービンは釈放後、この映画で登場したカナダのグループにいた女性と結婚しますが、
すぐに離婚してしまっていますし、黒人の少年レズラもグループとの関係が悪くなり、
グループから離れて暮らす決断をしており、一概にハッピーな結末へ向ったとは言えないようです。

実在のルービンは2011年現在、未だ健在であり、冤罪被害者への支援に奔走している。
彼のような境遇の人間にしか分からない苦しみ、痛みを共感できる存在になりえるのですが、
彼もまた、人権擁護活動に注力している模様で、何度かインタビューにも応じています。

ちなみに監督のノーマン・ジュイソンも、2011年現在、まだ健在です。
さすがにハリウッドでも第一線から退いた感はありますが、本作も72歳のときの監督作として、
ひじょうに元気な作りであり、まだまだその演出手腕が衰えていないことを証明しています。

シドニー・ルメットも他界してしまいましたから、
同じ時代に活躍した気骨ある映像作家として、もう1本ぐらい奮起を期待したいんだけど、もう無理かなぁ〜。
マイク・ニコルズもそうバンバン映画を撮るわけではないので、なんだか寂しい気がする。。。

(上映時間145分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ノーマン・ジュイソン
製作 アーミアン・バーンスタイン
    ジョン・ケッチャム
    ノーマン・ジュイソン
脚本 アーミアン・バーンスタイン
    ダン・ゴードン
撮影 ロジャー・ディーキンス
音楽 クリストファー・ヤング
出演 デンゼル・ワシントン
    ヴィセラス・レオン・シャノン
    デボラ・カーラ・アンガー
    リーブ・シュライバー
    ジョン・ハナ
    デビ・モーガン
    クランシー・ブラウン
    ダン・ヘダヤ
    ロッド・スタイガー
    デビッド・ペイマー
    ハリス・ユーリン

1999年度アカデミー主演男優賞(デンゼル・ワシントン) ノミネート
2000年度ベルリン国際映画祭主演男優賞(デンゼル・ワシントン) 受賞
1999年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(デンゼル・ワシントン) 受賞