モンタナの風に抱かれて(1998年アメリカ)
The Horse Whisperer
先日、名優ロバート・レッドフォードが89歳で他界されました。
べつに追悼というつもりはなかったのだけれども、訃報が入った後に本作を鑑賞させて頂きました。
タイトルになっているのは、どんな荒馬でも長い時間をかけて根気良く調教して、
徐々に打ち解けていって飼い主に従順な性格を引き出していくことができる調教師のことを意味するらしく、
ロバート・レッドフォード演じるトムはモンタナに住む、どんな荒馬でも引き受けて調教するスゴ腕調教師という設定。
そんなトムのところに、凄惨な落馬事故と交通事故が重なって、右足を失ってしまった少女と彼女の母親、
そして事故に遭ったことがトラウマとなったように、まったく人間の言うことを聞かなくなってしまった荒馬がやって来る。
トムの独特な手法での調教の過程で、馬が癒されていくと同時に、大都会ニューヨークでの暮らしの中で
関係が悪化していた親子関係であった母子も精神的に癒されていき、トムと母親が禁断の恋愛関係になります。
そしてセラピーの終了が近づいた頃に、ニューヨークから父親がやって来て、トムは別れを悟り苦悩することになる。
結局はロバート・レッドフォードお得意の不倫映画という感じで、これを自ら監督・主演の兼任しちゃうあたりに
思わずニヤリとさせられるのですが、本作は劇場公開当時、そこそこ高い評価を得ていた記憶はあるのですが、
僕はこの映画、何度観てもあまり感想は変わらず、そこまで映画の出来が良いとはどうしても思えませんでした。
例えば85年の『愛と哀しみの果て』のようなメロドラマ感があるわけではなく、
上映時間だけは3時間近くあるヴォリューム感なので、結構観るのに体力を使う映画だったというのが本音ですが、
その割りには心に響くというほどの力強さを感じない。内容的には馬の調教過程で、凄惨な事故を経験して、
どうしても心を塞ぎがちだった少女の心の再生と、ニューヨークでの生活に疲れて、田舎暮らしのトムに恋心を抱き、
つい心をトキメかせちゃう姿を描くという、映画2本分のテーマを内包していたと言っていいほどの欲張りぶりだ。
肉体関係を匂わせる描写はないにしろ、少女の母親とトムがお互いに恋愛感情を表現し合うのは、
さすがに観ていて戸惑ってしまう。そういう映画なのだから仕方ないのだろうが、お互い感情表現がまるで高校生。
ピュアな恋心として描かれるがゆえに、それ以上の一線は簡単に越えられないニュアンスを持っていることが
逆に生々しく感じられ、娘や夫の前でよくああいったダンスをトムとできるなぁと、感心するやら呆れるやら・・・(苦笑)。
これならば、日常生活に疲れて“火遊び”であるかのような若いセクシーな男との不倫の恋に燃える、
ダイアン・レインの『運命の女』の方が映画の流れ的には理解できる内容で、本作はロバート・レッドフォードの好みか、
逆に変にマイルドにしようとし過ぎたというか、不自然にプラトニックに描いたせいで、映画にマジックは起きなかった。
少なくとも、もっとしっかりとトムと母親が恋に落ちるキッカケをしっかりと描くべきだったし、
徐々に惹かれ合うにしても、途中からあまりに性急な展開にしてしまったように見えて、映画の説得力が生まれない。
こういったところはロバート・レッドフォードはもっと上手く出来るディレクターなはずで、
本作もニコラス・エバンスの原作に惚れ込んで自らアレンジして、映画化にこぎ着けるほど情熱を注いでいて、
彼なりに思い入れが強い企画だったのだろうけど、ストーリー以上に訴求するものを映画の中で表現して欲しかった。
要するに、クリスティン・スコット・トーマス演じる母親は所属する雑誌社でトラブルに巻き込まれていて、
会社員としても窮地に立たされていたし、事故に遭った娘との親子関係も上手くいかないし、夫婦関係もギクシャク。
雑誌社でも部下たちに、ついキツい物言いをしてしまったり、娘が入院する病院で看護師に聞こえるように嫌味を言う。
自らネットで調べて、荒馬を調教するスペシャリストであるトムのことに行き着いたのは良いとしても、彼から断られ、
感情的になった彼女は同意していない娘を引き連れて、トムのもとへ押しかけるために数日間のロング・ドライブ。
道中は親子ゲンカの連続で感情的にも爆発させてしまう。勿論、“完璧な母親”などいないし、正解などない。
でも、映画で描かれる彼女の姿には、何かに常に追い込まれていて、常にイライラしているような様子が伺える。
そういう意味では、彼女自身が最も癒しを求めていることは明白なのですが、少々、自分勝手にも映ってしまう。
この辺はもう少しロバート・レッドフォードもしっかりフォローしてあげて欲しかった。
母親としての難しさを表現したかったのだろうから、ここまで自分勝手な姿に映ってしまってはダメだと思います。
このままでは、まるでニューヨークでの生活を投げ出して、最初っからモンタナに永住する気で来たのかと思えちゃう。
それゆえか、いざトムに恋心を打ち明けるようになってからも、いやに彼女が積極的に観える。
トムは夫が来てから、妙にソワソワする彼女を見て、「これは危険だ」と察知したのか逃げるように遠ざかる。
トムは彼女の夫のことを「彼は良い人だ」と言い、彼女に思い止まるように諭すけど、これも少し白々しく見えちゃう。
おそらく、こういった繊細な部分が本作の魅力なのだろうけど、この程度ならキスシーンも描かないで欲しかった(笑)。
ちなみに娘役として今やときめく大スター、スカーレット・ヨハンソンが子役時代に出演していました。
これはロバート・レッドフォードの目に止まったのでしょうけど、それも納得なくらい多感なティーンを巧みに演じている。
彼女くらい鋭い感性を持っているならば、母親の不貞な気持ちに気付ていそうなものですが、
映画は敢えてそうは描かなかった。おそらく、ここに踏み込んでしまうと映画の本筋が逸れてしまうからでしょう。
だからこそ、ハーレクイン・ロマンスばりに母親の不倫が物語の中でクローズアップする必要はなかったと思います。
まぁ、原作はむしろそういった不倫の恋をメインに描いているのだろうし、それが主旨なのかもしれない。
とは言え、ロバート・レッドフォードがこの原作に惹かれたのは、そういった不倫の恋ではなかったのではないか。
もし、母親の複雑な不倫の恋をメインに描きたいとする気持ちがあれば、こんな中途半端な感じではなかっただろう。
だったら、いっそのこと描かないで、あくまで母子関係が修復されることにフォーカスすれば良かったのに・・・と思える。
トムはトムで離婚歴があるという設定で、その心の傷を癒すためだったのか彼は弟夫婦と一緒に暮らしている。
こういう設定を見ると、トムはトムで繊細な心の持ち主であるような気がするので、簡単にクライアントである母子の
母親に淡い恋心を抱いて、簡単に相手の女性を受け入れるなんて思えないところも、この映画の難点と感じた。
ロバート・レッドフォードが原作に惚れ込んで映画化に向けて動いたそうですが、
少しずつ彼の好みの内容にアレンジしたのだろうと思える部分があって、それが少し映画の軸をブレさせている。
そうなのであれば、なんとも微妙な不倫を描くことはやめて、タイトル通りに馬の再生にフォーカスすべきだったと思う。
そうではなくって、メロドラマ調にしてしまったというのも、やはりロバート・レッドフォードの好みだったんだろうなぁ。
当時、既にロバート・レッドフォードは監督作品が何本もありましたし、俳優業よりも製作者・監督としての活動が
彼の主軸であったように思いますし、高く評価された作品も何本も手掛けている定評あるディレクターだったわけです。
そして、本作はこれだけの長編で力作でしたから、評論家筋にも劇場公開前の期待値は高かったと思うのですが、
映画賞に大量ノミネートされるなど、残念ながら...その期待の大きさに応える結果を得ることはできませんでした。
トムの弟役のクリス・クーパーなどもブレイクする前ではありましたが、堅実な脇役で良い存在感だったし、
どこまでも理解する懐の深さを持つヒロインの夫役のサム・ニールも印象的。キャスティングには恵まれた作品だ。
そう、このヒロインの夫、ありえないほどに妻との冷えた関係や家庭の状況を俯瞰して見ている感じで、
とても寛大で理解に努めることができる夫。同じ状況に置かれたら、僕なら到底受け入れられない状況であって、
映画のラストにヒロインに時間的猶予を与えるなんて言葉をかける優しさを見せますが、いくらこういう状況になった
責任の一端が夫にもあるとは言え、本音でなくともこういう言葉をかけられること自体が、人間としてスゴいと思う。
ただ、この映画で描かれるような心や体の傷を癒して、解き放って、再生するというプロセスは興味深い。
ナンダカンダ言って、言葉が通じない動物を理解するというのは、ホントに難しいことだと思いますが
結局は時間をかけて、お互いに信頼関係を作り上げることが近道であって、人間に根気が必要なのだろうと思った。
それは気が立って逃げ出してしまった馬を、取り戻すためにトムが見せた根気こそ、大きく象徴している。
人と動物がお互い関係し、人間の都合で運動させたり、愛玩動物としたり、食したり、駆除したり、保護したり・・・。
僕は正直、動物愛護家というわけではないのですが...それでも人間は勝手な生き物だなぁと思う面はあります。
でも、そうでなければ人間は生きていけない。野生動物の世界に入れば、食物連鎖のトップにはなれませんからね。
だからこそ、文明の利器を使って制御してでも、総体としての共存を目指すしかない。例え人間のエゴと言われようと。
トムのように根気を見せながら動物たちと向き合わないと、動物を管理できるようにはならないのかもしれない。
(上映時間169分)
私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点
監督 ロバート・レッドフォード
製作 ロバート・レッドフォード
パトリック・マーキー
原作 ニコラス・エバンス
脚本 エリック・ロス
リチャード・ラグラヴェネーズ
撮影 ロバート・リチャードソン
音楽 トーマス・ニューマン
出演 ロバート・レッドフォード
クリスティン・スコット・トーマス
サム・ニール
ダイアン・ウィースト
スカーレット・ヨハンソン
クリス・クーパー
チェリー・ジョーンズ
タイ・ヒルマン
キャサリン・ボスワース
1998年度アカデミー主題歌賞 ノミネート