ヒッチャー(1986年アメリカ)

The Hitcher

これは今観てもスゴい映画だと思う。とにかく、情け容赦なく恐怖が襲ってくる。

映画のコンセプトからすると、大部分がスピルバーグの『激突!』から想を得た内容ですが、
本作の場合はかなり早い段階から、正体を明らかにして、主人公と対峙し続ける構図がゲーム感覚で面白い。

これは明らかに謎の殺人鬼を演じたルトガー・ハウアーの映画である。
不条理かつ理不尽で一方的。豪雨の中、単独でヒッチハイクしてズブ濡れのまま停まってくれた車に乗り込んで、
お礼も挨拶も一言も発しない。ことわりもなく勝手にタバコに火を点け、行き先も告げずに一人佇む。
拾ってくれたドライバーとは会話もせず、突如としてナイフを取り出し、「オレを止めろ」と脅迫しだす訳の分からなさ。

『激突!』でもそうでしたが、相手の目的や狙いが全くよく分からないまま映画が進んでいくという、
得体の知れない恐怖を大いに利用した作品であり、本作は『激突!』を更にエスカレートさせたような内容だ。
上映時間の97分、ずっと観客を恐怖で震え上がらせるというコンセプトの作品であり、今なら確実に作れない内容だ。

と言うのも、やはり映画の終盤にあるルトガー・ハウアー演じるジョン・ライダーが
突如として暴走しだして、まるで主人公に対する見せしめのように大勢の前で凶行に出るシーンが
直接的な描写を避けながらも、実にショッキングなシーンにするという神業みたいなことをやってのけていて、
現代であれば「凄惨な描写なので、やめておこう」となるところを、まるで「そんなの知ったことか」とやってのける。

とにかく本作は不要な説明には一切時間を割きません。ただひたすら、主人公の恐怖を描きます。

ですので、正直言って、細部では上手く説明がつかないことや、辻褄が合わないこともあります。
僕もそれが気になったのは否定できないけど、あまりの本作の一貫した徹底ぶりに途中から、どうでも良くなりました。
監督のロバート・ハーモンはスゴい映画を撮ったものだと感心します。当時でも、これは衝撃的な内容だったでしょう。

今の時代であれば、ここまで暴力的かつ一切の情けが無い映画は撮れないでしょうね。
そもそもが善意でジョン・ライダーと名乗るヒッチハイカーを乗せたというのに、一方的に理由なく殺されかけ、
挙句の果てには「オレを止めろ」と言われる。あたかもこの殺人鬼の凶行は、主人公のジムにあると言わんばかりだ。

しかも、とても都合良く(?)ジョン・ライダーの凶行が、ジムの仕業に見えるから余計に恐怖を増長する。
地元の警察に助けを求めようとするも、仲間意識の強い警察官はジムのことを自分の仲間を殺した奴だと思い、
義憤にかられ、私的感情でジムを痛めつけようとします。そんな孤立無援で、近づいては離れていくジョン・ライダーの
影に脅えながらも、ジムはドライブインの女性店員ナッシュという味方を見つけますが、これがまた悲劇を招きます。

そういう意味では、この映画はジムの運命を描いているのだろうなぁとは思った。
その運命とは、殺人鬼ジョン・ライダーを止め彼を“処刑”することができるのは、何故かジムだけだということ。
しかし、このジムの運命は彼にとっては悲劇でしかない。対決するまで、ずっとジムは付きまとわれるわけですから。
(しかし、ジョン・ライダーはジムに付きまとうが決してストーカーという感じではない)

本作で主演したC・トーマス・ハウエルは“ブラット・パック”と呼ばれた、
80年代の青春映画から飛び出した当時の若手俳優の一人ですが、あまり大成できなかったなぁ。
本作なんかは凄く感情表現が上手いと思うんだけど、確かにスター俳優らしいオーラはチョット弱いかも(苦笑)。

本作なんかは完全に相手が悪かった感じで、ジョン・ライダーを演じたルトガー・ハウアーに
全てを持って行かれてしまった感じだし、ジェニファー・ジェーソン・リーの方がインパクトを残したくらい。
そういう意味では、少し運が無かった役者でもあるかもしれませんが、それでもこの頃は主演を任せられてしました。
いつしかメジャーな映画への出演は無くなり、90年代以降はビデオ・スルーのB級映画を中心に活動しています。

このジョン・ライダーは最初はジムを殺そうとするような仕草を見せますが、
「お前は賢いから分かっているはずだ」と言い、必死に逃げるジムを遠くから監視するように近づいたり離れたりする。

ジムは見えては見えなくなるジョン・ライダーの影に脅えますが、不思議とジョン・ライダーは窮地に立たされる
ジムを助けるような行動をとり、あくまで自分の凶行を止めるにはジムしかいないと言わんばかりに自分と対峙させます。
その近づいては遠ざかるような動きが、まるでゲーム感覚のようにあって、各ステージで対峙するシーンが用意される。

次第にジムも、ジョン・ライダーのことを理解し始めたかのように、何かにかられたように
映画のクライマックスへと吸い込まれていきます。でも、この常識的なラストの収まりは賛否が分かれるだろうな。
確かに何も救いがないのもしんどいけど、この映画のカラーからすれば、それくらい突き抜けていても良かったかも。
決して悪いラストではないのだけれども、欲を言えば...僕は最後まで後味悪く、不条理でも良かったかもと思う。

そう言いたくなるくらい、本作のルトガー・ハウアーが表現したジョン・ライダーというキャラクターは
極めて暴力的かつ得難い孤高のシルエットを作り上げているので、映画の最後の最後まで突き抜けて欲しかった。
ひょっとしたら、本作の作り手というよりもプロダクション側がこの衝撃的な内容に、尻込みしたのかもしれませんが。

監督のロバート・ハーモンは93年に『ボディ・ターゲット』が少し話題となったくらいで、
本作の後はほぼヒット作を手掛けることができず、テレビ業界に活動の場を移したようで、なんだか残念ですね。
正直言って、監督デビュー作でいきなりこんな作品を撮ってしまったので、これを越えるのは難しかったのでしょう。

ジョン・ライダーは不死身な印象を受けるほど打たれ強いですが、一方で精神的なタガが外れてしまったのかも。
それゆえ殺人鬼となり、自分でも止められないし、表立った理由があるわけでもないにも関わらず、人殺しを続ける。
一方で挑発したジムにしても、ジムがジョン・ライダーの目的が全く分からないあたりが、余計に怖いのでしょう。

そういう意味では、『激突!』は相手が誰なのかが分からない恐怖を描いているのに対し、
本作は相手が誰なのかは分かっているけれども、何か落ち度があるわけでもなく、相手の主張も意味不明で
何をしでかすかが分からない恐怖を描いているわけで、映画のコンセプトとしては似て非なるものなのかもしれません。

ジムの運転する車は、ガス欠になることを心配しなきゃいけないのですが、
不思議とジョン・ライダーが運転する車はガス欠とは無縁な感じがして、ジョン・ライダーの“無敵感”がスゴい(笑)。

なんせ、ジョン・ライダーは次々と一般人の殺人を重ねていくだけではなく、
ジムを犯人だと思って追跡してくる警察官たちも片っ端から襲っていくし、挙句の果てにはヘリまで落としてしまう。
ここまでくると、スリラーというよりもギャグとも思えなくはないし、このジョン・ライダーの“無敵感”が本作を支えている。

現実にここまでの“無敵感”を出すことは無理ですけど、ジョン・ライダーの凶行は本作の時点では
非現実の創作として受け入れられていた面があったとは思いますが、だんだんと昨今の猟奇的な事件や
不可解な事件が報道される現代社会に及んでは、ジョン・ライダーの凶行に近いことが現実に起こりそうな気もします。
特にヒッチハイカーを乗せるというのは、今はリスクを伴う行為と考えられていますからね。冬はさすがにいませんが、
夏になるとたまにヒッチハイカーがいるのですが、正直言って、なかなか乗せようという気にはならないのでね・・・。

後年には、同じようなテーマを掲げた映画が登場し、リメークも製作されたようですが、
いずれも本作の突き抜けた感覚を越えることは難しかったと思う。それくらい緊張感に圧倒される作品だ。

この映画を観ていて感じましたが、本作のカー・チェイスは『激突!』よりも『マッドマックス』の方が
強く影響を受けているかもしれません。クラッシュするシーンや、急ブレーキを踏んでフロントガラスを突き破るとか、
そういった直接的な描写がかなりのウェイトを占めてますからね。それなりに予算もついた企画だったのでしょう。

ただ、結構な衝撃作だと思うのですが、劇場公開当時はそこまでのヒットではなかったようだ。
どことなく漂うB級感が災いしたのかもしれませんが、個人的にはもっとヒットしても良かったと思うんだけどなぁ。

なんにしても、本作はジョン・ライダーというトンデモない殺人鬼の中年のオッサンを作り上げた、
ルトガー・ハウアーの功績がとてつもなくデカい。また、彼をキャスティングできたことが本作の勝因でしょう。
緻密に作られた映画とは違って、良い意味でラフな仕上がりがまた魅力でもあって、風化させたくない一作です。

(上映時間97分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ロバート・ハーモン
製作 デビッド・ボンビック
   キップ・オーマン
脚本 エリック・レッド
撮影 ジョン・シール
音楽 マーク・アイシャム
出演 C・トーマス・ハウエル
   ルトガー・ハウアー
   ジェニファー・ジェーソン・リー
   ジェフリー・デマン