ヒンデンブルグ(1975年アメリカ)

The Hindenburg

1937年、ナチス・ドイツが威信をかけて製造した、
巨大飛行船“ヒンデンブルグ号”がドイツから、大西洋を渡ってアメリカのニュージャージー州へのフライトで、
無事に着陸予定地上空へ到着しながらも、大注目を浴びる報道陣の前で、謎の大爆発を起こし、
地上作業者も含めて、乗員乗客から多数の死傷者をだした大惨事の謎に迫るサスペンス・スリラー。

監督は名匠ロバート・ワイズで、この分野の映画では確かな手腕を誇りますが、
劇場公開当時、鳴り物入りの注目を浴び、日本ではかの有名な『JAWS/ジョーズ』との同時上映で、
日本配給会社としては本作の方が本命だったのですが、『JAWS/ジョーズ』が瞬く間に話題をさらったようだ。

いやはや、色々な意見はあると思いますが...
本作は当時、ハリウッドで大流行していたパニック映画ブームの中では、かなり上質なクオリティであり、
見応え十分の良い出来だと思います。ロバート・ワイズの後期監督作品の中でも、有数の出来だと思います。

当時、CG技術が未発達であり、映画の冒頭から多用していますが、
残されている事故当時のニュース映像や、スタジオで可能な限り組んだセット撮影、
そして炎上する飛行船の映像は、緻密に製作した模型を使って撮影したシーンを駆使して作られている。

確かに、製作当時の情勢を考えても、撮影自体にそこまで莫大な予算を投じているようにも、
例えば、74年の『タワーリング・インフェルノ』なんかと比べると、かなりチャチな作りに見えてしまい、
本音を言えば、パニック・シーンにも見劣りする部分はあるのですが、それでも当時のスタッフが考えに考えを
巡らせた結果、一生懸命に知恵を絞って作った、スタッフたちの熱意と愛情が伝わってくる映画で見応えはある。

映画の冒頭から、どこか不穏な空気を出して、常に緊張感のある映画になっているのですが、
思いのほか“ヒンデンブルグ号”が順調に、大西洋を越えてアメリカ本土上空へ入るものですから、
平穏なまま映画が終わってしまうのではないかとか、ジョージ・C・スコット演じるドイツ側の保安官の爆発物捜査に
映画のメイン・ストーリーが移っただけに、肝心かなめの着陸時の爆発事故とのリンクが弱くなるように
感じるのですが、最終的には見事に史実とリンクさせ、究極のパニック状態を巧みに描き切ります。

劇場公開当時、模型を燃やす映像の合成と、ニュース映像との張り合わせを批判されたようですが、
僕はあくまで映画の緊張感という観点から、当時のできる限りの力を出し尽くした作品に見え、好感を持ちました。

この映画は、未だに事故の真相が解明されていない爆発事故にスポットライトを当てて、
ナチス・ドイツ台頭の時代で、密かに暗躍していたナチス抵抗勢力の存在、そして乗船客の中には
詐欺師やら政治的にも怪しいクセ者が多くいて、陰謀説など多くの疑惑が渦巻く客室内での駆け引きを描きます。

飛行機の技術が発達した時代に、飛行船で大西洋を渡るなんて発想自体がありえないとは思いますが、
当時は水素かヘリウムをエネルギー源として、長距離移動ができるということ自体にロマンがあったのでしょう。

しかし、やはり大勢の人間を乗せて動く手段として、やはり爆発する可能性がある水素を使うには、
リスクを軽減するための技術があまりに未熟で、冷静に考えると、安全とは言えない乗り物だったのでしょう。
大量に人間を運搬するという役割は、すぐに旅客機に取って代わったので、飛行船のプレゼンスは低下しましたが、
例えば広告などを目的とした、市街地を旋回するための飛行船はヘリウムを使って、今も稀に空を飛んでいます。

本作のクライマックスでも、ロバート・ワイズは当時のニュース映像をカット割りで使ったり、
当時のニュース映像の音声を使って、そのセンセーショナルさを演出していますが、
多少、ステレオタイプなところのあるロバート・ワイズの演出が、本作では良い意味で効果を果たしたと思います。

映画の後半までは、客室内での心理的な攻防を中心に描いたがゆえに、
地味な作りになったところも否めませんが、それらを取り返すかの如く、飛行船がニューヨーク上空に差し掛かり、
着陸が間近になり、飛行船内でも着陸準備を始めるあたりから、映画はグッとスピードアップしていきます。

地上から炎上する“ヒンデンブルグ号”を映したショットと、
飛行船内のパニック描写を交互に映し、残念ながら事故に巻き込まれ犠牲になる人々と、
命からがら逃げる人々、僅かなことが分けた生死のラインを乗り越え、生還する人々など、
様々な人間模様を描くことで、こういった歴史に残る大事故の裏側を見事に形作っていきます。

かの有名なイギリスのロックバンドレッド・ツェッペリン≠ェ
69年に発表したデビュー・アルバム Led Zeppelin(レッド・ツェッペリン)のアルバム・ジャケットで
描かれた飛行船が“ヒンデンブルグ号”とは聞いてはいたのですが、本作で映された当時のニュース映像が
実存しているとは知らなかったので、あらためて実物の映像を観ると、“ヒンデンブルグ号”のデッサンは
欧米の人々からすると、破滅的な運命を象徴する代表的な絵なのかもしれないと、実感させられましたね。

また、この頃のジョージ・C・スコットはこの手のサスペンス映画にはもってこいの役者ですね。
73年の『イルカの日』など、どちらかと言えば中規模な映画に好んで出演していたようですが、
元来、70年の『パットン大戦車軍団』でアカデミー主演男優賞に選出されながらも、授賞式を欠席すると同時に、
受賞を拒否するという声明を出し、翌71年の『ホスピタル』でも2年連続で主演男優賞にノミネートされながらも、
やはり早い段階で受賞しても拒否すると言い放つなど、実生活でもかなり頑固な役者さんだったようですね。

本作でも、そんな硬派な性格にピッタリのキャラクターを演じており、
正義を貫くというよりも、信念に基づいた芯の強さを感じさせる存在感で、実に味わいのある芝居ですね。
(そうなだけに、衝撃的な彼の最期もインパクト絶大なわけですが・・・)

映画の出来自体はなかなか良いと感じていたのですが、
あまり当時は評論家筋にも、高い評価を得たとまでは言えない結果だったようです。
工夫に工夫を凝らした特殊効果関係は評価されたのですが、作品自体の評価は今一歩だったようですね。

ひょっとすると、ジョージ・C・スコットは映画賞関係を全面拒否のスタイルを
貫いていて話題となっていた頃だったせいか、ノミネートすら敬遠される傾向にあったのかもしれませんね。
助演陣でも、謎めいた未亡人を演じたアン・バンクロフトも悪くはなかっただけに、どこか不思議な感じがします。

個人的には、この時代に作られたパニック映画の中では、かなり秀でた作品であり、
見応え十分の映画だと思います。エンターテイメント性にも優れ、そう簡単にできる仕事ではありません。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ロバート・ワイズ
製作 ロバート・ワイズ
原作 マイケル・M・ムーニー
原案 リチャード・レビンソン
   ウィリアム・リンク
脚本 ネルソン・ギディング
撮影 ロバート・サーティース
特撮 アルバート・ホイットロック
編集 ドン・キャンバーン
音楽 デビッド・シャイア
出演 ジョージ・C・スコット
   アン・バンクロフト
   ウィリアム・アザートン
   ロイ・シネス
   ギグ・ヤング
   バージェス・メレディス
   チャールズ・ダーニング
   アラン・オッペンハイマー

1975年度アカデミー撮影賞(ロバート・サーティース) ノミネート
1975年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1975年度アカデミー視覚効果賞 受賞
1975年度アカデミー音響効果賞 受賞
1975年度アカデミー音響賞 ノミネート