卒業(1967年アメリカ)

The Graduate

1967年、ハリウッドではレイティング・コードの撤廃があり、
それまで表現できなかったことも表現が可能になり、それまでには無いタイプの映画が増えました。

それはやがてアメリカン・ニューシネマと呼ばれる、ニューシネマ・ムーブメントが巻き起こり、
ハリウッドは明らかに、それまでの潮流とは違う映画が急増し、映画の在り方が多様化しました。
本作はそんなアメリカン・ニューシネマの幕開けを伝える一本として、今や名作扱いされています。

こんな言い方はナンですが、個人的には映画の出来はそこまで良くないと思います。
同じマイク・ニコルズの監督作品として考えても、もっと良い出来の映画は他にあります。
当時、大人気だったフォーク・デュオサイモン&ガーファンクル≠ェ全面的に本作のサウンドトラックを
ほぼ全編にわたって担当しており、当時の映画としては珍しい企画だったと言ってもいいかもしれませんね。

ただ、映画の話題性としてはこの音楽が一番大きいというのが、また何とも寂しい。

劇中、ミセス・ロビンソンを演じたアン・バンクロフトのくたびれたような
中年女性の風格は確かに見事な表現ですが、撮影当時、彼女は36歳だったという事実にビックリだ(笑)。
なんと主演のダスティン・ホフマンが撮影当時、30歳くらいでしたから、あまり大きな年の差があるわけではない。
(と言うか、ダスティン・ホフマンも実年齢よりは10歳近く若い役柄を演じていたわけですが・・・)

ホテルの一室で見せるミセス・ロビンソンの足の向こう側にダスティン・ホフマンがいるショットは
本作の有名なシーンですが、一連のミセス・ロビンソンの貫禄あるオーラは凄まじいものがあります。

ある意味でマイク・ニコルズはアン・バンクロフトのこの貫禄を引き出せただけでも、
本作での仕事に価値があったのかもしれませんが、その分だけ娘役のキャサリン・ロスが可哀想だ(笑)。
アン・バンクロフトとキャサリン・ロスは実年齢にして9歳しか違わないのに、親子役という設定なのも、また凄い。

僕が観ていて、本作のどうしても気になるところは、
かの有名な花嫁を奪いにくるラストシーンをやりたいがための映画であるように見えることだ。
そして過剰なまでのカット割りをして、ミセス・ロビンソンのヌードをより衝撃的なものに見せようと工夫したり、
時にコミカルなテイストを引き出そうとするあたりは、完全にトニー・リチャードソンのマネに見えてしまう。

確かに本作は当時としては、革新的な作品ではあっただろう。
だが、個人的には本作には時代を代表する映画に必需である、オリジナリティが欠けているように思う。

このラストだけが突出してインパクトが強く、
おそらく当時としても、結婚式会場に乗り込んでいって、必死に花嫁を奪おうとする姿は
停滞した当時のアメリカ社会に新しい時代の到来を引っ張り込もうと、映画界も半ば強引に変わろうとしていた
時代性とリンクするようにマッチして、結果として名作扱いされることになったのだろうけど、これだけである。

当時、マイク・ニコルズが敢えてカメラのカットをコールせず、
バスに乗り込んだ主人公のベンジャミンとエレインだが、最初は笑顔だったものの、すぐに不安げな表情を浮かべる。

これは実際になかなかカットがかからないことを不審に感じた二人が見せた、
実に自然な表情らしく、マイク・ニコルズはワザと本編でもこのシーンを使ったようですが、
これは確かに当時の不穏な時代性を象徴したラストシーンで、インパクトは凄く大きかったと思う。

日本でも、当時の恋愛映画のバイブルのように扱われたらしいけど、
冷静になって本作の内容を思うと、やっぱりこのベンジャミンという男の魅力は描き切れていない。
将来の成功をほぼ約束されたような道を歩みながらも、これまで勉学に精進していたせいか、
何一つ熱中できたためしがないせいか、20歳を過ぎてからは、やたらと女性が気になってしまう。
そんな興味と、将来に対する小さな不安が増長し、ミセス・ロビンソンの誘惑に乗ってしまうことに
彼の若さを感じますが、マイク・ニコルズは本来的にはベンジャミンの魅力をもっと描かなければならないと思う。

そもそもミセス・ロビンソンがいくら欲求不満だったからとは、
何故に突然、娘の同級生であるベンジャミンを誘惑しようと思ったのかも、そもそも謎だし、
娘のエレインも一瞬でも、とっても酷いことをしたベンジャミンに何故、心を開いたのかもサッパリよく分からない。

ましてや、ベンジャミンとエレインは決定的に訣別を意味することが判明し、
エレインがバークリーの大学に戻って、医学部の学生と結婚すると決めたはずなのに、
必死になってベンジャミンが彼女につきまとって、彼女をクドこうとする姿は、まるでストーカーだ(笑)。

正直言って、こういう姿をアメリカン・ニューシネマの一環として考えられては困る(笑)。
本作を何度観ても思うのですが、本作はラストシーンの式場での花嫁略奪のためだけにある映画としか思えない。

どうせここまで描くのであれば、ベンジャミンとエレインの絆の強さを、
本来的には映画の序盤でもっとしっかりと描かなければならず、ミセス・ロビンソンとの逢瀬に
時間を費やすという作り手の決断は、個人的には誤った判断だったのではないかと思う。
(要は時間のかけ方に問題があったのではないかということです・・・)

良くも悪くも本作の登場は、当時の映画界に大きな影響を与えたことは事実です。
50年代から続く、主にヨーロッパで起こっていたニューシネマ・ムーブメントの影響を受けて、
ハリウッドでもその風潮が受容されて、本作を筆頭にアメリカン・ニューシネマの時代が到来したのでしょう。

まぁ・・・映画の出来はそこまで良くないと思うし、
こういうアプローチの映画が好きではないという人の気持ちもよく分かる。

ただ、ラストシーン一発で作られたものとは言え、
本作の持つカリスマ性と影響力の強さについては、やはり認めざるをえないと思います。
そういう意味で、やはり音楽の持つ力って強くって、サイモン&ガーファンクル≠フサントラも
本作の価値そのものを上げることに寄与していると思うし、時代を象徴するアイテムになりえていると思う。

そして、アン・バンクロフトという女優さんの実力が映画を大きく助けているのも間違いない。

(上映時間106分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 マイク・ニコルズ
製作 ローレンス・ターマン
原作 チャールズ・ウェップ
脚本 バック・ヘンリー
   カルダー・ウィリンガム
撮影 ロバート・サーティース
音楽 ポール・サイモン
   デイブ・グルーシン
出演 ダスティン・ホフマン
   キャサリン・ロス
   アン・バンクロフト
   マーレー・ハミルトン
   ウィリアム・ダニエルズ
   エリザベス・ウィルソン
   バック・ヘンリー

1967年度アカデミー作品賞 ノミネート
1967年度アカデミー主演男優賞(ダスティン・ホフマン) ノミネート
1967年度アカデミー主演女優賞(アン・バンクロフト) ノミネート
1967年度アカデミー助演女優賞(キャサリン・ロス) ノミネート
1967年度アカデミー監督賞(マイク・ニコルズ) 受賞
1967年度アカデミー脚色賞(バック・ヘンリー、カルダー・ウィリンガム) ノミネート
1967年度アカデミー撮影賞(ロバート・サーティース) ノミネート
1968年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1968年度イギリス・アカデミー賞監督賞(マイク・ニコルズ) 受賞
1968年度イギリス・アカデミー賞脚本賞(バック・ヘンリー、カルダー・ウィリンガム) 受賞
1968年度イギリス・アカデミー賞編集賞 受賞
1967年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(マイク・ニコルズ) 受賞
1967年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ミュージカル/コメディ部門> 受賞
1967年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ミュージカル/コメディ部門>(アン・バンクロフト) 受賞
1967年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(マイク・ニコルズ) 受賞