ガントレット(1977年アメリカ)

The Gauntlet

まぁ・・・これはイーストウッドが好き放題やった映画という感じですね(笑)。

イーストウッドの監督作品としては、少々粗い出来のような気はしますが、
それでもエンターテイメント性抜群のアクション映画になっていて、何度観ても楽しめる力作だと思う。

ストーリーは実に単純明快そのもので、フェニックス警察のしがない刑事ショックレーが、
絶対的な権力を持つ長官ブレイクロックから特命を受けて、ラスベガス警察で身柄を拘束されている
謎の証人ガス・マレーをフェニックスに護送するという任務に就く。てっきりガス・マレーを男性だと思っていたら、
いざラスベガスに赴いて本人と対面したら、ガス・マレーは女性で娼婦として生計を立てている若い女性だった・・・。

このガス・マレーの護送には、実は大きな秘密が隠されていて、
ラスベガスからの移送が始まった途端に乗ろうとしていた車を爆破され、ガスの自宅に逃げ込むと、
警官隊に包囲され一斉射撃にあい家をメチャクチャにされたりと、誰がどう見ても彼らを殺そうとしてくる。

この映画でぶっ放された銃弾の数は、チョット尋常ではないスゴい数字だと思う。
前述したガスの自宅が警官隊に包囲されて、凄まじい数の弾丸が家の隅々に撃ち込まれ、
命からがら逃げるショックレーとガスをよそに、家はメチャクチャにされて崩壊してしまうという狂気の破壊っぷり。

劇場公開当時、大きな話題になったというクライマックスのフェニックスの市街地を
ゆっくりと走る長距離バスが、ありとあらゆる方向から銃撃され、穴だらけになりながらもフェニックス警察へ
ゆっくりと突入していくシーンの迫力は圧巻の出来で、イーストウッドはこれだけで“やり切った”感があったでしょうね。

映画の途中にも、ライフルを持った狙撃手が乗り込んだヘリコプターから追い回され、
ショックレーらはバイクで逃げ回って、山岳地帯で高圧電線にヘリが引っかかって、ヘリが自爆するというシーンも
かなりの予算を投じたのか、誤魔化しなく本当にヘリを燃やしてしまう演出を見せていて、凄まじい迫力だ。
77年当時の映画界を思うと、ここまで開き直って“やり切った”映画というのも、珍しかったのではないかと思う。

どちらかと言えば、当時のイーストウッドはまだ西部劇のスターというイメージは強かっただろうし、
現代劇にも積極的で刑事映画にも出演していたが、アウトローな刑事像で屈強な男という設定が多かっただけに、
ここまでエンターテイメント性高く、しかもあまり反撃しないイーストウッドというのも珍しかったように思います。

相変わらず、当時のイーストウッドの愛人であったソンドラ・ロックをヒロイン役に優遇してますが、
こういう過酷なキャラクターを演じさせられているソンドラ・ロックは、なんだか可哀想な気もします。
言い換えれば、それだけ当時のイーストウッドはソンドラ・ロックを信頼していて、心酔していたのだろうが、
列車の中で暴走族から、一方的に殴られリンチされるイーストウッドを助けるためにと、シャツのボタンを外して、
自分の身体を捧げるように暴走族の興味を自分に向けさせるなんて、現代社会のコンプライアンス意識からすると、
今の映画界でこれは描けませんね。この辺は如何にもイーストウッドらしい、古臭い女性観のように見える。

個人的には出番は少ないが、裏で色々と手を回す長官ブレイクロックを演じたウィリアム・プリンスが良い。

あんだけ他の州の警察にもド派手に協力要請をして、実はマフィアも絡んでいて、
自身の地位を賭けているとは言え、どんだけ公私混同のやりたい放題なんだと思わせられるものの、
その風貌やオーラから、彼なりやりかねないと思わせられるだけの説得力がある。動き回らずとも、この存在感は凄い。

フェニックスの市街地に入ってからは、ショックレーが庁舎へのルートを予告してきますが、
それでも市民に危害が及ぶという論理から、徹底してショックレーとガスを抹殺しようと警官隊を総動員して、
激しい銃撃を命じます。彼曰く、「市民に危害が及ぶ可能性有りと言えば、多少荒っぽくても理解が得られる」との
ことですが、冷静に見て、ほとんど反撃してこない相手に、あれだけの銃撃はかなり異様な光景としか思えない。

この辺は巨悪でありながらも、あまり賢いキャラクターとは言えないところが惜しいのですが、
賢くないのであれば・・・と開き直ったかのように、ラストシーンで群衆の中をしゃしゃり出てくる姿は完全に悪党(笑)。

それを実にイーストウッドらしい一発解決を図るラストは、ある種のカタルシスすら感じさせる。
銃撃を受け、かなり傷んだように見えるショックレーを心配してガスが「愛しているのに」なんて言っちゃう甘ったるさが
当時のイーストウッドとソンドラ・ロックの関係性を象徴していて、そこから突然のイチャイチャ・モードに入るのは・・・。

とまぁ・・・ブレイクロックの公私混同ぶりは甚だしいが、イーストウッドの公私混同ぶりも実にけしからん(笑)。
そんな中で僕はウィリアム・プリンスのベテラン俳優らしい存在感と、情けない悪党ぶりを推したいですね。

いつものように反撃するイーストウッドではないし、多少は腕っぷしは強いのかもしれないが、
あまり荒くれ者の刑事というキャラクターでもない。前述したように、ラストはすっかり痛々しい姿でした。
それでも、どんなに過酷な状況に陥っても死なないという、ある意味ではとても強い刑事を演じているわけで、
まるでプロの“護送屋”の如く、ピンチの状況も証人を保護しながら目的地へ向かうというミッションには忠実に行動し、
それを見事にやり遂げるという、正しくプロフェッショナルな精神を感じさせる、これはこれで強いシルエットを作っている。

チョット可哀想な役回りではあるが、唯一、ショックレーに優しく接してきた、
同じ刑事仲間のジョセフソンは、いざという時に頼りになるというタイプでもなく、結局は自分で解決しなければならない。
そんな覚悟を決めて行動するあたり、皮肉にもショックレーを指名したブレイクロックの判断は間違ってなかった(笑)。

この映画は何度も観てきましたが、観る度に感じるのは、
製作から40年以上経った今でも、映像表現としては決して古びていないということです。
これが特殊効果を使っていれば、また印象は変わっていたのかもしれませんが、基本、“本物”ですからね。
この映画が表現した現場の臨場感というのは、今尚、古びておらず、その迫力に圧倒されるくらいです。

おそらく、イーストウッドが目指していたものは、こういった体感させる映画であり、
まるでスクリーンの向こう側から、観客に向かって、「こんなの観たことがないだろ?」と言っているかのようだ。
ハッキリ言って、観客が飽きるくらいの銃弾が飛び交って、「これでもか!」と言わんばかりに建物やバスが撃たれる。

これはイーストウッドなりのサービス精神だとも思うし、彼の信念の強さでもあると思う。
ソンドラ・ロックをしつこく出演させて、自分の恋の相手役にしたり、性別問わずブン殴るという
賛否が分かれそうな価値観が押しつけがましいところもありますが、それも含めてイーストウッドと言わざるをえない。

しかし、この凄まじい銃弾を浴びせるのはマフィアではなく、警察だというのも、またスゴい話しだ。
そんなニュアンスも僅かながらもありますが、やってる警察官たちも過剰な銃撃に疑問を思っていただろう。
ましてや仲間であるショックレーがいるというのに、そう気兼ねなく撃ちまくれるかと言われれば、そうでもないだろう。

その疑問が、“やり切った”感のあるショックレーが登場してきたことで現実になるのですが、
ショックレーがどんなに撃たれても証人を守り、無事に送り届ける姿が、仲間の警察官たちに訴えたのだろう。

悪い言い方をすれば、少々雑な部分も見え隠れする映画ではあるので、
あまりストーリーがどう、ショックレーの人間性がどうと、細かな部分を気にする人には楽しめないかもしれません。
ただ、やっぱり77年当時にこの迫力を表現していたイーストウッドは、素直にスゴいと称賛されるべきと思うし、
当時こんな映画を撮っていたのは、イーストウッドくらいでしょう。そういう意味では、もっと評価されていいと思います。

イーストウッドが撮りたい画面を中心に撮っただけのような映画だが、
それでもこの見応え、この出来に驚かされる。こういう映画でこそ、彼の本領が発揮されているのかもしれません。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 クリント・イーストウッド
製作 ロバート・デーリー
脚本 マイケル・バトラー
   デニス・シュリアック
撮影 レックスフォード・メッツ
音楽 ジェリー・フィールディング
出演 クリント・イーストウッド
   ソンドラ・ロック
   パット・ヒングル
   ウィリアム・プリンス
   ビル・マッキーニー
   マイケル・キャヴァノー