逃亡者(1993年アメリカ)

The Fugitive

自宅での妻殺しの罪を着せられ、死刑囚になってしまった医師リチャード・キンブルの必死の逃走劇と、
彼の行方を追い続けるFBI捜査官ジェラードの攻防をスリリングに描いたサスペンス・アクションのヒット作。

監督は『ザ・パッケージ/暴かれた陰謀』のアンドリュー・デービスで、本作はよく頑張ったと思います。

いや、これは何度観ても僕は実に面白いエンターテイメントだなぁと感心させられてしまいますよ。
もともとはアメリカの人気テレビドラマの映画化ということもあって、本作は話題性が大きかったようですし、
劇場公開当時も高い評価を受けて、商業的にも大成功していた記憶があります。トミー・リー・ジョーンズがオスカーを
獲得したこともあって、彼が演じたジェラード捜査官にフォーカスしたスピンオフ映画『追跡者』も製作されました。

まぁ、確かに映画の細部まで目を配れば、所々に粗っぽいところがある作品でもあります。

特に映画の前半にある、護送車両が事故を起こして線路内に侵入して止まってしまい、
列車が突撃してくるシーンで、何度も迫り来る列車が脱線する様子を真正面から捉えたショットがありますけど、
これが角度的に矛盾したように見えたり、いくら防弾ガラスとは言え、被弾したガラスはビクともしなかったりと、
ツッコミの一つでも入れたくなるようなシーンが多くあるのですが、それでも映画は十分に面白いと思います。

ただ、93年度のアカデミー作品賞にノミネートされましたけど、正直言って・・・そこまでではないかな(苦笑)。
トミー・リー・ジョーンズのオスカーは嬉しいですね。やっぱり、こういう助演が評価されるのは良いことだと思う。

まったく表情に乏しい感じで、事件の真相など関係なくキンブルを追い詰めていく
FBI捜査官を無感情的に演じていますけど、その中にもチームを率いるリーダーシップを随所に見せたり、
強引な捜査ゆえに失敗してしまったら人間味溢れる部分を持ち、そしてラストには笑顔を見せるという見事な緩急だ。
トミー・リー・ジョーンズは長らく下積みで頑張ってきただけに、本作での仕事が認められたことは嬉しかったでしょうね。

実際にトミー・リー・ジョーンズは本作で高く評価されたことがキッカケとなって、
ハリウッドでも規模の大きな映画に呼ばれるようになる、言わば本作は出世作と言える作品ですからね。
彼にとって本作との出会いは、おそらくとても大きなものだったと思います。それくらい傑出したキャラクターだと思う。

ハリソン・フォードは本作のシナリオを読んで、出演を即決したらしいですが、
本作は単にストーリーが面白いとか、往年の人気テレビドラマを映画化するという話題性だけではなく、
こういったジェラード捜査官のような脇役キャラクターを大切にして、しっかりと描き切ったことが大きかったと思います。

本作最大の見どころは、やっぱりトンネルで挟み撃ちにあったキンブルが排水溝から逃げて、
最終的にはダムの放流口から、ダムの底に向かって飛び降りるという、自殺行為みたいなシーンでしょうね。
これが現実的には助かる見込みのない行為なので、キンブルが生きているという設定は無理矢理な感じですが、
それでもこのシーンのダイナミックさは他を凌駕するような破天荒さで、僕はこれは素直にスゴい演出だと思います。

それから、この映画で気になって仕方がなかったのはキンブルの事件の捜査があまりに杜撰なことですね。
シカゴの警察が捜査を担当するのですが、状況証拠の絞り込みも甘いまま、何故か死刑判決が下るのが妙ですね。
しかも、異様に死刑判決が迅速に下され、随分と早くキンブルが刑務所へ移送されるという、あまりにお粗末な展開。
これでは簡単に冤罪が発生して、社会的に抹殺されてしまいます。義手の真犯人も結構な証拠を残しているのに・・・。

あまりにシカゴの警察の捜査が杜撰に見えたので、実は警察も関与した冤罪だった・・・なんて
ストーリー展開もあり得たなぁと、勝手に思ってしまいましたけど、そこまで“陰謀論”みたい映画ではなかったですね。
どうやらキンブルの弁護士は長年の知り合いのようですが、少なくともキンブルの弁護士はこれでクライアントに
死刑判決が下っていてはダメでしょう。前提として、キンブルが無実の死刑囚でなければならないから仕方ないけど。

映画はそれなりにヴォリューム感があって、2時間を超える尺の長さではありますが、
相応に見どころを散りばめて、それでいて凝縮した面白さがあるので、その尺の長さを感じさせません。
正しく、僕はアッという間に上映時間が過ぎていくようなタイプの作品で、エンターテイメントとして優秀な作品だと思う。

本作で描かれるジェラード捜査官は優秀なのかどうかは、個人的には微妙だなぁと思っちゃうけど、
トミー・リー・ジョーンズのような頑固そうなオヤジが演じるし、逆にラストの人間味溢れる姿が映えるなぁと感じる。

それにしても主人公キンブルの執念がスゴいなぁと思う。普通に考えて、心が折れそうになることです。
妻殺しという身に覚えのない罪を着せられた挙句、トントン拍子で裁判が進み、弁護士も為すすべくなく、
実にアッサリを死刑判決が下るなんて、誰かにハメられたような展開で周囲に誰も助けてくれる状況にない。

そんな絶望の中で護送車に乗せられるなんて、自分だったら自暴自棄になってしまうそうな状況で
夢も希望も打ち砕かれ、掴んでいた幸せが全て壊れてしまう状況なんで、ここで自らの冤罪を晴らそうと
命からがら真犯人を探すことに情熱を捧げられるなんて、冷静に考えたらキンブルの執念は現実離れした凄まじさ。
そもそもの行動力もスゴいし、真相究明のための証拠集めが大変なことなので、脱帽ものの孤軍奮闘ぶりだ。

病院の内情に詳しいとは言え、医師を装ったり、病院の清掃員を装ったりして、
独自に義手の真犯人の行方を追うなんて、とてつもないリスクを背負ってでも、真相を究明する姿が驚異的だ。
勿論、自分に着せられた汚名を晴らすためという目的があっても、普通はここまでなかなか頑張れないですよね(笑)。

監督のアンドリュー・デービスも、本作ではとっても良い仕事していると思います。
前述した映画の前半の鉄道がクラッシュするシーンは大迫力の映像だし、なかなかの迫力で見応えがある。
この辺はアクション映画で定評のあるアンドリュー・デービスの本領発揮という感じで、もっと評価されてもいいと思う。

こういう映画を、いとも簡単に作れてしまうあたりにハリウッドの底力を感じずにはいられません。
確かにアクション・シーンに派手さはないし、前述したように列車突入する様子が矛盾していたり、
ダムに飛び込むキンブルが明らかに人形だったりと、もっと違う形で表現できたのではないかと思えるシーンはある。

それでも、それぞれに臨場感があって相応のスリルは演出できていると思うし、
映画をブチ壊すほどのミステイクというわけではない。その塩梅がとっても絶妙で、上手いなぁと唸らせられましたね。

そして、これは別にマイナスな意味で言うわけではないのですが・・・
キンブルが脱走して“逃亡者”となってからの手際の良さは、一介の医師とは思えぬプロフェッショナルさを感じる(笑)。
勝手に侵入した個室の病室にある洗面所で、あり合わせの物で髭を剃っては髪型を整えて別人になりすます。
この手際の良さは、“逃亡者”としてのプロフェッショナルだ。これは、キンブルの運命であったのかもしれません。
ダムから飛び降りる勇気も含めて、普通の医師が無実の罪を着せられて逃げる映画、というわけではありません。

僕の中ではどこをどう見ても、キンブルはスーパーマンで常人には出来ないことをやってのけています。

でも、本作の場合はそれで良かったのかもしれない。ジェラードも凄まじい執念で追ってくるから。
そしてキンブルが行き着く真犯人の存在は、ある意味でセオリー通りで驚きはないと正体だったと思うのですが、
映画のクライマックスにある、ホテルの屋上での格闘シーンは無くても良かったかなぁ。これが少々、余計に見えた。

さすがに名誉や権威、金品にすがった真犯人なので、ここまでド派手に対決して逃げられるわけがない。
ヤケになって襲い掛かってきたと観るべきなのだろうが、言わばこれは自供しているのと同じことで、
この格闘シーンになると急激に映画が安っぽく映ってしまった。それまでが素晴らしいだけに、ここでマイナスかな。

この格闘シーンを割愛して、映画の尺を是非、2時間以内に収めて欲しかったなぁ。
この中身ならば、それが容易に出来ただろうし、映画が良い意味でスマートに引き締まって良かったと思う。

まぁ、アンドリュー・デービスも本作での成功以降は、あまりパッとした監督作を発表できておらず、
どこか勿体ない印象しかないので、こういう引き締めが出来るディレクターだったら、また違ったのかもしれない。
僅かな左差ではあるのだけれども、僕は本作の場合は真犯人との直接対決シーンはあまりに安直過ぎて、
これならば描かない方が良かったのではないかと思えた。でも、98年の『追跡者』も長い傾向にあるのですよね・・・。

(上映時間130分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 アンドリュー・デービス
製作 アーノルド・コペルソン
原案 デビッド・トゥーヒー
脚本 ジェブ・スチュアート
   デビッド・トゥーヒー
撮影 マイケル・チャップマン
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演 ハリソン・フォード
   トミー・リー・ジョーンズ
   ジュリアン・ムーア
   ジェローン・クラッペ
   セーラ・ウォード
   ジョー・パントリアーノ
   アンドレアス・カツーラス
   トム・ウッド

1993年度アカデミー作品賞 ノミネート
1993年度アカデミー助演男優賞(トミー・リー・ジョーンズ) 受賞
1993年度アカデミー撮影賞(マイケル・チャップマン) ノミネート
1993年度アカデミー音楽賞(ジェームズ・ニュートン・ハワード) ノミネート
1993年度アカデミー音響賞 ノミネート
1993年度アカデミー音響効果編集賞 ノミネート
1993年度アカデミー編集賞 ノミネート
1993年後イギリス・アカデミー賞音響賞 受賞
1993年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞(トミー・リー・ジョーンズ) 受賞
1993年度ゴールデン・グローブ賞助演男優賞(トミー・リー・ジョーンズ) 受賞