天使のくれた時間(2000年アメリカ)

The Family Man

『ラッシュアワー』などで知られていたブレット・ラトナーが贈る大人のファンタジー映画。

ロンドンへの留学のために一時的に別々に暮らすことになり空港で別れたカップルが、
約束した再会を果たすことなく、それぞれの人生を歩み、結果としてニューヨークで投資会社の経営者として
成功を収めたジャックという中年男が、ひょんなことから13年前に恋人ケイトと別れずに結婚していた
人生を垣間見て、自らの人生を見つめ直す姿を描いた名作『素晴らしき哉、人生!』の現代版とも言える作品。

あまり評価が上がらなかった作品ではありましたが、個人的には観た後に悪い気分にはさせられないし、
少々、冗長な傾向がありながらも映画全体として起承転結のハッキリした構成で、なかなか悪くないと思います。

当時はハリウッドでも絶好調だったニコラス・ケイジが自分本位に暮らしていた経営者から、
マイホーム・パパに転じて戸惑うというキャラクターでしたが、やがてケイトとの生活に幸せを感じ、
経済的に成功しセレブリティとして生活することが全てだと思っていたものの、違った人生の価値観を認め、
自身の人生を見つめ直す姿を、巧みに演じていて好感が持てる。こういうドラマでも、良い持ち味を出せるのですね。

ブレット・ラトナーも奇をてらうことなく、実に堅実な演出を見せてくれていて、
やっぱりこの手の映画として必須な、観終わった後に違和感を残さず、良い気分にさせるという
必要不可欠なセオリーをしっかりと踏襲できているあたりを観ると、ブレット・ラトナーの手腕は確かなものですね。

映画の途中でジャックに試練を与える“天使”の役でドン・チードルも印象的ではありますが、
僕の中ではそこまで本作を象徴する存在というような印象は受けず、彼に関してはもっとインパクトが欲しかったなぁ。

とは言え、本作の魅力を支えているのは、やっぱりケイト役のティア・レオーニでしょう。
僕は本作を劇場公開直後に観たときにも、やっぱり彼女のことが本作で最も強く印象に残っていて、
てっきり彼女がもっと数多くの作品に出演するようなトップ女優としてブレイクするかと思いきや、そうはなかったですね。
でも、そう思わせるくらい本作での彼女は映画の根幹を支えていると言っても過言ではないくらい、磨かれています。

そういう意味で本作はティア・レオーニの代表作と言ってもいいかもしれませんね。
おそらくティア・レオーニがケイト役にキャストされていなければ、ここまで魅力的な映画にはならなかったでしょう。

この映画はある意味で上手くバランスをとっていて、
一見すると、投資会社の経営者として経済的に大成功を収めたジャックの価値観を否定的に描くのかと思いきや、
パラレルな世界観とは言え、マイホーム・パパのジャックに“全振り”する結論でもなく、前向きなラストに帰結する。

それは、ケイトも売れっ子弁護士として実は経済的に成功を収めているということで、
そんな彼女が渡航するのを引き止めようとする、という構図がなんとも微笑ましく、上手くバランスをとっている。
経済的な成功を全否定するなら、もっと違うラストにするでしょう。あくまで大人のためのメルヘンなので、
別に“奇跡”が起きて、ジャージーの田舎町でタイヤ屋に勤務する平凡な男に戻る、ということでもいいわけで。

まさか、このラストシーンがそのまま映画のジャケットになっているとは思いもしなかったのですが、
この雪が降る寒い夜の空港内のガラス張りのカフェで、2人がお茶をするショットは確かに良い“絵”ですね。
敢えて、ジャックのケイトの現在進行形な在り方を描くことで、いろいろな想像を促す、実に良いラストだったと思います。

僕にとっては、ブレット・ラトナーがここまでキャストを大事にしつつ、
実に丁寧かつ繊細な描写を交えながら、ここまでハートフルなファンタジーを撮れるということ自体が、凄く意外でした。
この器用さにビックリしましたが、00年代後半にはあまり積極的に映画を撮らなくなってしまった印象で、勿体ない。

欲を言えば、マイホーム・パパの人生を“体験”するシーンで子どもたちとのエピソードはもっと掘り下げて欲しかった。
これはジャックが自身の価値観を見直す、大きなキッカケとなったことは否めず、影響力が強いシーンだからです。
この体験こそが、本作最大のファンタジーであり、ジャックが妻ケイトとして見たときの視点も重要なのは分かるけど、
単なる恋人、夫婦という関係を超えて2人をつなぐ存在が子どもである、という設定なのは間違いないことなので、
ここをもっと掘り下げて描いていれば、映画の終盤でジャックがケイトを説得するシーンも、より感動的になっただろう。

本作はあくまで現在進行形な形で映画を終わらせるので、感動の押し売りみたいにはなっていないのが
本作の大きな特長だとは思うのですが、とは言え、もっと観客の感情に訴える力の強い映画には出来たと思う。
強いて言えば、そこが本作の足りなかった部分でもあり、口コミで評判が広まらなかったところだったのかもしれない。

人間誰しも、「あの時、○○していたら、自分の人生は変わったかもしれない」と思うことはあるだろう。
それは、大方、「自分の人生はもっとマシなものになっていたかも」という悔いから来る妄想のような気もするけど、
いずれにしても、その妄想は自分にとって都合良く解釈してしまう傾向があるような気がします。本作は面白いことに、
ジャック自身は経済的に成功を収め、投資会社の経営にそれなりに満足し、一世一代の大仕事の発表を控えている。
そんなところで聞かされた、かつての恋人ケイトからの連絡。しかし、彼は今の生活に満足している独身貴族です。

ということは、別に彼は「あの時、○○していたら、自分の人生は変わったかもしれない」なんて、
微塵にも思っていないわけで、彼の価値観からすれば、他の価値観と触れ合う必要もなく、充実した人生なのです。
しかし、それでもマイホーム・パパになったら・・・というパラレル・ワールドに迷い込み、彼は典型的な家庭人になり、
それまで想像すらしなかったような一般人の生活を送り、家族の時間で幸せを感じるという新たな価値観に触れる。

ある意味では、望んでいない人生を“体験”させられるわけで、ジャックにとっては苦行である。
しかし、その苦行が新たな人生観や価値観に触れることで、実はかけがえのない時間であることに気付かされる。

まぁ、ビジネスと家庭人としての成功を両立させることは確かに難しいことだとは思うけど、
僕はどちらも上手くこなすことは可能だとは思います。ただ、ジャックのような大成功を収めるためには、
確かに家庭生活を犠牲にするところはあるのだろう。それはそれで、独身貴族を貫いたジャックの努力の賜物である。
本作はジャックの成功を否定しているわけではないと思うし、過度に庶民のジャックを賛美しているわけでもなく、
あくまで考えてこなかった人生観や価値観に触れることの尊さを描いているように思えて、そこは好感が持てる。

本作には随所に良いシーンがある。特に映画の後半にジャックが「都心へ食事に行こう」とケイトを誘い、
良い服を着飾って高級レストランで食事をし、「ダンスを踊ろう」と誘って2人で踊るシーンが、この上なく良い。
やっぱり、こういう良いシーンがある映画は強いですね。ブレット・ラトナーもこういう演出ができるのかと感心しました。

愛を忘れていたような生活を送っていたジャックが、久しぶりにケイトと再会し、
家庭人としての生活を送るうちに愛を知り、今一度ケイトを愛する気持ちを取り戻し、家庭人としての幸せを悟る。
勿論、これが全てではないし、違う人生の幸せもある。これは、あくまで人生の側面の一つにしかすぎない。

何が大切なことって、成功を追い求めてきたジャックが幸せは成功によってしか得られないと考えていたものの、
社会的な成功とは言わずとも、平凡な在り方であっても、幸せを感じるということを知ったということが大事なこと。

内容的には若いカップル向きの映画というよりも、
どちらかと言えば、オールドに年月を共にしてきたカップルに向いた映画という感じがします。
人生には幾重にもターニング・ポイントがあるもので、誰しも「あのとき、ああすれば良かったかも・・・」という
後悔の想いを抱くことはあるわけで、それでも今の歩んできた人生が運命だったのだと受け入れるしかないのだけど、
そんな「あのとき、ああすれば良かった・・・」という想いを大人向けのファンタジーとして具現化した作品と言えます。

少々褒め過ぎかもしれませんが、『素晴らしき哉、人生!』の現代版としては成功でしょう。
個人的にはニコラス・ケイジは90年代後半からアクション映画に好んで出演していたように思いますが、
あんまり彼がアクション・スターだと思って見ていなかったこともあり、こういう作品の方がシックリ来ます。

人生、思わず“正解”を求めたくなるものなんだけど、本作のジャックを見ていると、
人生に“正解”はないのかもしれないと思えてしまう。“正解”だったと言えるように、今を生きることが良いのでしょうね。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ブレット・ラトナー
製作 マーク・エイブラハム
   トニー・ルドウィグ
   アラン・リッシュ
   ハワード・ローゼンマン
脚本 デビッド・ダイアモンド
   デビッド・ウェイスマン
撮影 ダンテ・スピノッティ
音楽 ダニー・エルフマン
出演 ニコラス・ケイジ
   ティア・レオーニ
   ドン・チードル
   ジェレミー・ピヴェン
   ソウル・ルビネック
   ジョセフ・ソマー
   ジェイク・ミルコヴィッチ
   ライアン・ミルコヴィッチ
   メアリー・ベス・ハート
   リサ・ソーンヒル
   ハーブ・プレスネル
   アンバー・ヴァレッタ