恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ(1989年アメリカ)

The Fabulous Baker Boys

これはスゲー、カッコ良い映画だ(笑)。

後に人気シリーズ『ハリー・ポッター』シリーズの脚本を書いたことで、
一気にハリウッドでも有名になったスティーブ・クローブスが学生時代に執筆したという、
シナリオをそのまま映画化した中年を迎え揺れ動くジャズ・ピアノの兄弟コンビを描いた超ビターな作品。

これは内容的に凄く大人な映画で、チョット学生時代に書いたシナリオとは思えない(笑)。
しかも本作自体、自分で映画化する権利を持って、資金を集めたようですが、とっても20代に撮った映画とは
思えないほど落ち着いた演出、かつ、しっかりとした落としどころを持った映画で驚かされます。

確かにミシェル・ファイファー演じるスージー・ダイアモンドは、凄まじく歌が上手いというわけではないが、
その魅惑的なステージングで、ホテルでドサ回りをするピアノ弾きにとって、良いカンフル剤となるほどの
存在であったことを象徴するには十分な魅力があり、この映画の彼女は何度観ても素晴らしい。

ただ、邦題のせいもあってか、これは恋愛映画として扱われているようですが、
本編を観てみると分かりますが、どちらかと言えば、これは兄弟のあり方を描いた作品です。

勿論、本作の中で描かれている恋愛観というものが、
凄くビターで大人な恋愛観が描かれているので、確かに恋愛を描いていないわけではないのですが、
どちらかと言えば、映画の中心にあるのは、人生の岐路に立たされて、揺れ動く中年男性同士の兄弟です。

幼少の頃から、31年間ジャズ・ピアノ・デュオとして、アメリカ北西部の大都市シアトルのホテルを
ドサ回りして、ギャランティーを稼いでいた兄弟も次第にマンネリ化してしまい、天才肌の弟ジャックは嫌気が差している。
子供2人と妻を養わなければならず、何一つ仕事を管理しようとしない弟に任せてはいられないと兄フランクは、
昔からのスタイルを変えようとせず、次から次へと仕事を獲得してくるものの、次第に収入は右肩下がりに。

それは勿論、映画で描かれていたように、
「金を払うから、頼むから演奏しないでくれ」とまで言われてしまっては、ミュージシャンとしてのプライドを
傷つけられたなんてものではないだろう。特に天才肌の弟ジャックにとっては、これほど屈辱的なものはないだろう。

収入が右肩下がりになってきて、徐々に兄弟の空気感もマンネリ化してきたことを憂慮した兄は、
渋々、女性ヴォーカリストを加えることを認めますが、いざオーディションをしても、なかなか適任者がいません。

そこで発見したのがホステス出身だという、魅惑的な歌手スージー・ダイアモンド。
彼女を加えた最初のステージ以来、バンドの評判はこれまでとは見違えるほどにうなぎ上り。
自由奔放な彼女のスタイルに、特に兄のフランクは困惑しますが、弟のジャックは徐々に彼女に惹かれていきます。
それぞれ別々な方向性に向かって生きる3人は、上手くバランスを取れる時間を長く持てるわけがなく、
すぐに彼らはバンドとしてのバランスを崩し始め、フランクとジャックの兄弟関係までもヒビが入ってしまいます・・・。

映画の中では、極めて弟ジャックの気の難しさについて触れられていますが、
確かに彼は見方によっては自分勝手で、何故、ミュージシャンとして大成しないかがよく分かるのですが、
それでも僕は彼のミュージシャンとして生きることの葛藤が、彼の性格を難しいものにしていたと思うんですよね。

兄のフランクが言うように、それまでの中途半端に生きるジャックでは、
ハッキリ言ってフランクに寄りかかりながら生きているのと同様で、ジャック自身、
フランクがいないと生きていけないことはよく分かっていたはずで、それは彼自身、認めざるをえなかった現実だ。
ジャック自身、「ホントはジャズに身を捧げたい」とする気持ちがありながらも、裸一貫で飛び出す気にもなれない。
そんな彼の中途半端さが、彼自身にも振りかかってきていたわけで、そんなジレンマと闘っていたわけですね。

そんな中途半端さから脱却するために、彼を後押ししたのはスージー・ダイアモンドの存在なのですが、
なかなかジャックのヒネくれた性格では、スージーにも素直に接することができず、彼女を傷つけてしまいます。

いや、でも、実はそれはスージーも一緒で、
歌手志望でありながらも、彼女の奔放な振る舞いや言動のおかげで、ホステスの仕事から抜けられず、
たまたま受験できたフランクとジャックの“ベイカー・ボーイズ”のオーディションで彼女は拾ってもらったのです。

芸能界で生きていく入口に立たせてもらえたという気持ちは、それほど強くはなく、
スージーは奔放な振る舞いで“ベイカー・ボーイズ”のペースを乱していきます。それは決して不必要なものではなく、
むしろ長きにわたって同じように活動を繰り返していた“ベイカー・ボーイズ”にとっては必要なものであっただろう。

しかし、スージーの気の難しさは、天才肌のジャックの魅力に惹かれながらも、
やはり彼女自身もどこか感傷的な部分があって、やはりナンダカンダ言って、幸せな恋愛ができていなかったのだろう。

その結果、いつしか惚れていたジャックから優しい言葉をかけられたいとか、
更に一つステップを上がりたいという気持ちが強くなるあまり、スタンドプレーしたくなってしまうのです。
それは当然の流れであったことは言うまでもないが、“ベイカー・ボーイズ”の破綻を早めてしまったのかもしれません。

ある意味では、大人になり切れない大人を描いた映画ではありますが、
スティーブ・クローブスのアプローチは極めて大人な描き方で、この映画の最後の苦さというのは絶妙なテイスト。
映画は最後の最後で、恋愛映画としての側面を出してくるのかと思いきや、どこかホロ苦い結末を迎えます。
お互いに強がりながらも、クールに立ち振る舞うのですが、それぞれが人生の岐路に立たされて、
違う方向へ向かって歩き始めることを、静かに描くのですが、こういう描き方はむしろとっても建設的に映ります。

この映画の舞台となった、シアトルはアメリカ北部の都市ですが、
90年代初頭はグランジ・ロックの発祥の地になったり、音楽文化は先進的なものがあるはずで、
どうやら、ホテルのドサ回りをして稼げるほど、多くのホテルがあるわけではないようです。
しかし、シアトルの冬を舞台にしていて、この寒々とした空気の冷たさが、映画の雰囲気に凄く合っていますね。

この空気感をフィルムに収めたいがために、シアトルを選んだのは正解だったのではないでしょうか?

個人的には、これだけの映画が撮れるのですから、
スティーブ・クローブスにはもっと積極的に多くの映画を撮って欲しかったですね。
90年代に入ってから、創作活動の波に乗れず、脚本家業に特化してしまったのは、むしろ残念でなりません。

ちなみにミシェル・ファイファーのステージングにダイナミックに見せようとした、
ミヒャエル・バルハウスのカメラワークも実に素晴らしく、見事に彼女を引き立てていることも特筆に値します。

(上映時間113分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 スティーブン・クローブス
製作 マーク・ローゼンバーグ
   ポーラ・ワインスタイン
脚本 スティーブン・クローブス
撮影 ミヒャエル・バルハウス
音楽 デイブ・グルーシン
出演 ジェフ・ブリッジス
   ミシェル・ファイファー
   ボー・ブリッジス
   ジェニファー・ティリー
   エリー・ラーブ

1989年度アカデミー主演女優賞(ミシェル・ファイファー) ノミネート
1989年度アカデミー撮影賞(ミヒャエル・バルハウス) ノミネート
1989年度アカデミー作曲賞(デイブ・グルーシン) ノミネート
1989年度アカデミー編集賞 ノミネート
1989年度全米映画批評家協会賞主演女優賞(ミシェル・ファイファー) 受賞
1989年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(ボー・ブリッジス) 受賞
1989年度全米映画批評家協会賞撮影賞(ミヒャエル・バルハウス) 受賞
1989年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞(ミシェル・ファイファー) 受賞
1989年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演女優賞(ミシェル・ファイファー) 受賞
1989年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ミヒャエル・バルハウス) 受賞
1990年度イギリス・アカデミー賞音響賞 受賞
1989年度ゴールデン・グローブ賞<ドラマ部門>主演女優賞(ミシェル・ファイファー) 受賞