イングリッシュ・ペイシェント(1996年アメリカ)

The English Patient

96年度アカデミー賞で作品賞を含む、最多8部門を受賞した不倫をテーマにしたラブ・ロマンス。

残念ながら若くして他界したアンソニー・ミンゲラの代表作ですが、90年代の“ミラマックス”の快進撃を
象徴するような作品で、“ミラマックス”で手掛けた作品としては初めてアカデミー賞を受賞した作品になります。
98年の『恋におちたシェイクスピア』では、アカデミー会員にビデオテープを送ったなどと、“ミラマックス”の手法で
様々なゴシップが出ていましたが、“ミラマックス”としては初めてスケールの大きな作品を手掛けたという感じです。

“ミラマックス”はポール・ワインスタインと、後に性犯罪者として収監されることになる
ハーベイ・ワインスタインの兄弟が設立した映画会社であり、本作で高く評価されたあたりから、
勢いづいた映画会社としてハリウッドを席巻し、00年代に入っても数々のヒット作を手掛けるプロダクションになります。

本作はマイケル・オンダーチェの『英国人の患者』を原作としていて、
1930年代にアフリカの砂漠地帯を探検していたアルマシーを主人公として、彼が作図しようとしていた
サハラ砂漠の地図製作の仕事に同行していた、英国人写真家クリフトンの妻キャサリンと禁断の恋に落ち、
不倫関係になりながらも、キャサリンが夫への後ろめたさからアルマシーに一方的に別れを告げるものの、
アルマシーが諦め切れず、熱烈にアタックを繰り返す。そんな2人の関係にクリフトンが気付いていた・・・という物語。

映画は2つの時制を敷いており、アルマシーが飛行機事故で全身大火傷を負い、
瀕死の状態で搬送されることになり、そんな彼を看護することになったハナがこれ以上、アルマシーを移動させることは
あまりに酷であると判断し、廃墟となった建物の中で彼を看取る決意をします。その建物に謎めいた男カラヴァッジョが
突如として現れ、カラヴァッジョは意識が朦朧としているアルマシーに過去の話しのインタビューを始める姿を描きます。

実はカラヴァッジョの過去にも、一悶着あるわけでストーリーのアクセントになるわけですが、
確かに、この物語のヴォリューム感に圧倒されるものがあって、それだけでお腹いっぱいにさせられるくらいだ(笑)。

個人的には灯りに乏しい時代のはずなので、夜間のシーン演出なんかはもう少し凝って欲しかったし、
主人公のアルマシーが最初っから、キャサリンに一目惚れしたとは言え、完全に“ロックオン”してる視線だったり、
途中から嫉妬にかられ過ぎて、完全にボロを出してたりするのが露骨過ぎて、首を傾げる部分はあったけど、
それでも見応えのあるドラマだと思うし、所々で見せる素晴らしい演出が目を見張るものがあって、満足度は高かった。

正直、アルマシーを演じた主演のレイフ・ファインズはあまり印象に残らなかったけど、
ヒロインのキャサリンを演じたクリスティン・スコット・トーマスの人妻として。どこか優美な側面を持ちながらも、
どこかくたびれたような雰囲気を持つ裏腹さが上手くって、本作を強く支えていたあたりが印象が良かったですね。

だからこそ、クライマックスの洞窟で横たわるシーンは美を保ったまま描いたのだろうが、
ここは少しキレイ過ぎる(笑)。あくまで映画なので、必ずしも現実に即したものでなければならないなんて、
僕は全く思わないのだけれども、それでもさすがにキレイ過ぎたというのが本音で、もっと何とかして欲しかった。

とは言え、本作は定期的に良いシーン演出を刺さり込んでくる。
映画の冒頭のどこか官能的ですらある、砂漠地帯を飛行する様子をなめるように撮ったショットは素晴らしく、
これがアルマシーの問いかけへの伏線となるのは面白いし、アルマシーのところに一目散に飛行機が
機首を下げて猛スピードで突っ込んで、ほとんど墜落してくるようなシーンを真正面から堂々撮ったのはスゴい。

ちなみに女性のボディラインを連想させるように、地形を撮影するというのは
後に『ジェヴォーダンの獣』でモニカ・ベルッチのシルエットを使って、ほぼほぼ完全にアイデアをパクってましたが・・・。

アンソニー・ミンゲラも気合の入った良い演出をしていて、終盤の地雷の処理シーンの緊張感も忘れ難い。
こういった一連の部分が評価されてのアカデミー賞なのだろうと、僕は理解しているし、それに十分に値すると思う。

ただ、この映画を複数回観ても結論として変わらないのですが、
ジュリエット・ビノシュ演じるハナと、インド人のキップとの恋愛エピソードがそもそも必要だったのかが疑問だ。
まずもって、あまりに唐突に2人が惹かれ合っていることになってるし、お互いの距離を縮めることに時間を割かない。
こうなってしまうと、ハナとキップが恋に落ちること自体に説得力が無い。ハナが前向きな気持ちで看護するには
必要と言えば必要だったのかもしれないが、映画全体を俯瞰的に見ると、2人の恋は無くとも影響は無さそう。

まぁ・・・描いてもいいとは思うし、原作にもあるのだろうけど...描くなら、もっとしっかりと描いて欲しい。
この中途半端さは、僕の中では印象が悪かった。アルマシーとキャサリンの不倫の恋とクロスオーヴァーさせるので
作り手にとっては決して軽い意味合いではないと思うのですが、お互いが惹かれることに説得力が無いのは致命的。

本作で最も貢献が大きかったのは、ジョン・シールのカメラだろう。
ロケーションの良さも大きかったとは思うが、スケール感を出しつつも、病床に伏したアルマシーを
天井から見下ろすように撮ったりと、なかなか思いつかない視点から撮ろうとしているのも、良い意味で印象に残る。

さすがにアルマシーは全身大火傷を負っており、現代医療でもかなり厳しい状況でした。
意識があるうちに、過去の記憶を辿って、彼の言葉で語っておきたいというところだったのだろうけど、
それに(最初は2人っきりで)付き合う覚悟をしたハナの覚悟はスゴい。肉体的にも心情的にも消耗する大変なことだ。
それゆえ、ラストで涙を流しながらモルヒネの瓶を開封する姿は印象に残るし、死と直面する勇気の偉大さを感じる。

あくまで意識が朦朧とするアルマシーの回顧録なので、どこまで“事実”であるかは分からないが、
仮に“事実”であると仮定すると、アルマシーという男の矛盾した部分が、キャサリンとの不倫に狂わせられたところ。

独身生活を謳歌し、自分は単身でフリーダムにサハラ砂漠の地図を作図することに注力し、
思いのままにいろんなところを探検するという人生を歩んでいたところに、キャサリンが現れて一目惚れ。
言ってしまえば、出会ってはいけない2人が出会ってしまって、恋に落ちたというストーリー展開ですので、
当然、アルマシーはそれまで貫いてきた彼のポリシーを貫けなくなり、次第に彼の言動は矛盾に満ちたものになる。

その代表として、「オレは誰かに所有されたくはない」と風呂で言い放って、
キャサリンとの逢瀬の場の空気が悪くなるシーンがありますが、その後の嫉妬心とキャサリンへの愛情から、
どちらかと言えば、キャサリンを所有するかのような束縛の強さを見せ始めるところで、これは賛否が分かれるだろう。

アルマシーに寄った視点から見れば、それだけキャサリンとの出会いで彼は変えられてしまったということで、
それだけ運命的な恋愛であったと言える。しかし、一方では単なる自分勝手な男、という風に映るのも事実だと思う。
この辺がハッキリ言って、紙一重。本作はこれが紙一重に見えてしまったあたりが、最大のウィーク・ポイントですね。

しかも、夫に悪いとアルマシーから遠ざかるようにしていたキャサリンですから、
このニュアンスも曖昧なまま進めたがために、洞窟でキャサリンが待っていたのはホントにアルマシーだったのか?

どこか微妙な感じが残ってしまっており、アルマシーが彼女を所有するかの如く、
抱きかかえて洞窟から出てきても、なんかスッキリしない。ここはもっとアルマシーとキャサリンの絆が
強固なものであると、もっと明確に観客に示すシーン演出が欲しかったところで、疑問の余地を作るべきではなかった。

それでも、細かな部分を除いて、映画の全体像としては久々に映画の醍醐味を感じる大作だったと思うし、
アンソニー・ミンゲラの盟友であったシドニー・ポラックが撮った『愛と哀しみの果て』よりは、ずっと良い仕上がりだ。
これは“ミラマックス”の力も含めて、総合力の高い映画ということなのでしょう。如何にもオスカー受賞作という感じ。

いや、これは決して皮肉で言っているわけではなくて、ハリウッドの年間No.1としては相応しい風格があるということ。

まぁ・・・そんな風格が無くたってオスカーは獲れるけど、最近はこういうタイプの映画は少ないですからね。
ラストシーンのジュリエット・ビノシュが見せる清々しさ、そして瑞々しさ。それまでのモヤっとしたものは振り払って、
前へ進もうとする力強いメッセージを感じる。それはハナの中で、大きな区切りが付いた証拠でもあるからです。

欲を言えば、カラヴァッジョを演じたウィレム・デフォーはもっとイヤらしく描いて欲しかったなぁ。
最終的にイイ奴なのは別に良いんだけど、この絡み方ならもっとアルマシーにしつこく絡んでも良かったはず・・・。

(上映時間161分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 アンソニー・ミンゲラ
製作 ソウル・ゼインツ
原作 マイケル・オンダーチェ
脚本 アンソニー・ミンゲラ
撮影 ジョン・シール
衣裳 アン・ロス
編集 ウォルター・マーチ
音楽 ガブリエル・ヤーレ
出演 レイフ・ファインズ
   クリスティン・スコット・トーマス
   ジュリエット・ビノシュ
   ウィレム・デフォー
   コリン・ファース
   ナヴィーン・アンドリュース
   ユルゲン・プロホノフ
   ケビン・ウェイトリー
   ニーノ・カステルヌオーヴォ

1996年度アカデミー作品賞 受賞
1996年度アカデミー主演男優賞(レイフ・ファインズ) ノミネート
1996年度アカデミー主演女優賞(クリスティン・スコット・トーマス) ノミネート
1996年度アカデミー助演女優賞(ジュリエット・ビノシュ) 受賞
1996年度アカデミー監督賞(アンソニー・ミンゲラ) 受賞
1996年度アカデミー脚色賞(アンソニー・ミンゲラ) ノミネート
1996年度アカデミー撮影賞(ジョン・シール) 受賞
1996年度アカデミー音楽賞<オリジナル・ドラマ部門>(ガブリエル・ヤーレ) 受賞
1996年度アカデミー衣装デザイン賞(アン・ロス) 受賞
1996年度アカデミー音響賞 受賞
1996年度アカデミー編集賞(ウォルター・マーチ) 受賞
1996年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1996年度イギリス・アカデミー賞助演女優賞(ジュリエット・ビノシュ) 受賞
1996年度イギリス・アカデミー賞脚色賞(アンソニー・ミンゲラ) 受賞
1996年度イギリス・アカデミー賞作曲賞(ガブリエル・ヤーレ) 受賞
1996年度イギリス・アカデミー賞撮影賞(ジョン・シール) 受賞
1996年度イギリス・アカデミー賞編集賞(ウォルター・マーチ) 受賞
1996年度ベルリン国際映画祭主演女優賞(ジュリエット・ビノシュ) 受賞
1996年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ジョン・シール) 受賞
1996年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1996年度ゴールデン・グローブ賞音楽賞(ガブリエル・ヤーレ) 受賞