エレファント・マン(1980年アメリカ・イギリス合作)

The Elephant Man

これはなんとも奇妙な映画ではありますが...デビッド・リンチ、初期の大傑作と言って出来だと思う。

19世紀に実在した生まれつき、奇形児として育った青年ジョン・メリックが興行師によって、
まるで見世物のように扱われ、外科医のトレヴェスに保護されて彼の人生が一変するドラマを描いています。

意図的にモノクロ・フィルムで撮影され、どこかグロテスクな雰囲気を持った映画ではあるのですが、
当時無名であったデビッド・リンチの名を一躍有名にさせたほどで、彼の作為的な意図がほぼほぼ当たった作品だ。

僕はこの映画、なんとも微妙なニュアンスを持った作品だと思っていて、人生の儚さや数奇な側面にスポットライトを
当てた内容ではある反面、やはり主人公のジョンを人間の好奇心に晒すことの残酷さを象徴させるグロテスクさも
感じさせる内容になっていて、なんとも複雑なバランスを保った作品だ。でも、これらが実に絶妙な塩梅になっている。
これを『イレイザーヘッド』に続く2本目の監督作品で、いきなりやってのけたことはホントにスゴい力だと思います。

映画の冒頭からトレヴェスに絡んでくる興行師なんか、ジョンを人間扱いしない偏見の塊みたいなオッサンで、
奇形児を見世物として見たいとする大衆の欲望を金に変えるという人間のダークサイドを象徴するような人間だ。

トレヴェスもジョンを善意で保護したいという気持ちも勿論あっただろうが、医師としての野心を消せなかったのか、
病理学の学会でまるで見世物のようにジョンの奇形を晒す。べつにデッサンでも良かったような気がするし、
実際にジョンを披露するにしても、倫理的にもっと見せ方があるだろうと思えるのですが、その辺は一切配慮しない。
こういう姿を見るとトレヴェスはトレヴェスで、ホントにジョンのことを考えて彼を保護していたのか疑わしい面もある。

そういう意味では、見世物小屋で奴隷のように扱われるジョンを見て、どういう心境で彼を引き取ろうとしたのか、
トレヴェスの本音もよく分からないのですが、映画を観ている限り、トレヴェスも他人(ひと)のことは言えないよねという
少々彼の偽善的な側面を描いているように見受けられる。ただ、デビッド・リンチはそれも強烈に批判してもいない。

一方で、無断でジョンのことを入院させたトレヴェスのことを訝しんでいた病院理事長のカーゴムも、
ジョンのことで金持ちからの資金集めに使えるだろうと目論見、積極的にジョンの入院をアピールしているように見える。
そんな病院に投資したり、ジョンに近づいてくる人々の多くは自身のアピールのために行動しているような連中だ。

純粋な慈愛の心という感じでもなく、結局は個々それぞれの目的があるかのように描くのは
なんともドロドロとしたドラマを描くデビッド・リンチらしいアプローチであり、本作はその真骨頂と言っていい内容だ。

つまり、本作を通してデビッド・リンチは人間たちの欲望に翻弄される姿を描きたかった一方で、
誰しもその欲望を批判できる立場にはない、ということを象徴的に描いているようだ。口では非難しつつも、
見方を変えれば同じようなことをやっている可能性もあるわけで、人間の欲の強さと愚かさと、対比的に描いている。
生き物なので、そういった欲望というものは本質として備わっているわけで、強弱に個人差はあれど皆あるわけで。

しかし、そんな中で最もピュアな気持ちでジョンに魅了される上流階級を象徴する舞台女優のケンドールを演じる、
アン・バンクロフトが強く印象に残りますが、欲を言えば、彼女はもう少しメイン・ストーリーに絡んできて欲しかった。
特に映画の終盤で、人々の好奇の目に晒されたジョンが大変なことになってしまうのですが、こういったエピソードで
救世主となるような存在であって欲しかったのですが、彼女についてはもう少し上手い描き方があった気がしました。

それから、もう一点気になったのは映画の終盤に描かれたジョンの“悪夢”を描いたエピソードで、
病院に勤務する悪い男が金を取って、ジョンを見物しに来るというエピソードがあって、終いには酔っ払いを呼んで
人間の狂気的な宴を展開した挙句、そこに興行師が混ざっていてジョンを連れ去ってしまうという展開になるところ。
これは僕には初期のデビッド・リンチの粗削りな部分と捉えながらも、もう少し繊細に描いて欲しかったなぁとも思った。

そもそも醜悪なエピソードでしかないから、過剰に描いた面もあるのかもしれないけど、
いくらなんでも病室であんな狂乱していて誰も気づかないというのも変だし、悪い意味でワザとらし過ぎるのだ。
こういった部分はもっと自然に描いて欲しい。大傑作だとは思ってるけど、本作のここだけは自分の考えと合わない。

ジョンは見世物として扱われているときは、ほぼほぼ無言でしたけど、実は思慮深い人間で博識でもありました。
だからこそ、周囲の人々を引き付けた部分もあったとは思うのですが、ジョンからすれば例え表向きであったとしても、
人々が優しくしてくれることはこの上ない喜びであったのかもしれない。それくらい彼は愛情に飢えていたのだろう。

それは、興行師に見世物として扱われ、まるで動物のように人間扱いされなかった環境でいたことで
彼の中で人間らしい感情が失われてしまったのでしょう。だからこそ、トレヴェスの優しさで心を取り戻したのだろう。

トレヴェスの妻と会って、「こんな美しい方に優しくしてもらえるなんて・・・」と感極まる姿が妙に印象に残ります。
そんな姿に戸惑う妻の表情も印象深いが、これはこれでジョンの清らかな心を表現したかった部分でもあるはず。
だからこそ、甘い映画になりがちではあるのですが、これを純粋な感動作で終わらせなかったのも良いと思いました。

こう言ってはナンですが、演じたジョン・ハートに対して特殊メイクを施して、まるで“怪物”のように描いている。
この辺は賛否が分かれるかもしれませんが、妙にマイルドにせずに目を逸らしたくなる容姿にしたことに意味がある。
こういうグロテスクさを残すあたりがデビッド・リンチらしいなぁと思いますし、本作が評価された所以だと思います。

ただ、実在のジョンは見世物小屋に自分で志願して入ったことになっているようで、
本作で描かれたように奴隷扱いを受けていたわけではないと伝えられている。まぁ、実際は分からないけど・・・。

そういう意味で、この映画はフィクションと考えた方がいい部分もあると思います。
自分で志願して入ったとは言え、奇形児として産まれてきた人間はこういう生き方しかないという、
暗黙の認識があった時代でしょうから、ジョンも見世物小屋に志願せざるをえないという状況だったのかもしれない。
いずれにしても、ジョンの人生がなんとも切ないというか、不条理そのものだと感じざるをえないのが忘れられない。

だからこそ映画の終盤にある劇場でスタンディング・オベーションを受けるシーンが映えるのだろう。
このシチュエーションは奇異に見えるかもしれないが、ジョンにとっては間違いなく人生のハイライトになった瞬間だ。
この瞬間を創出するためにフィクションを作ったと言ってもいいくらいで、デビッド・リンチなりの御伽噺なのかもしれない。

少々、大袈裟な言い方かもしれませんが...これはデビッド・リンチなりのヒューマニズムに則った映画とも思える。

観る人によっては、それを偽善だと言うかもしれないけど、本作で構築されたジョンは同情をかう境遇であり、
人と見かけが違う奇形であるからというだけで、知性も社会性も備わっているにも関わらず、人間扱いされない惨さ。
それはどんな強い人間であっても、彼と同じ境遇で育てば、へこたれてしまうだろう。それくらいに過酷な人生でした。
一介の外科医であるトレヴェスとの出会いが全てを変えるわけですが、優しくしてくれたトレヴェスだって野心がある。

ある意味でトレヴェスはジョンのことを医師として“利用”するわけですが、それでもジョンに最大の施しを与える。
ジョンからすれば、奴隷労働でしかない見世物小屋から脱出できただけで、トレヴェスは彼にとって命の恩人なのだ。

デビッド・リンチからすれば、トレヴェスだって見世物小屋の興行主のオヤジと大差ないぞということかもしれないが、
それでもトレヴェスの施しはジョンの人生を変えて、ジョンに人間の優しさを伝える。現代で言う、Win-Winなのかも。
僕は善意というのはとっても大切なことだけど、何でもかんでも無償の善意であったり、心からの本音でなければ
ならないとも思わない。施す側にも、何かしらのメリットがないのであれば、誰も救いの手は少なくなってしまうだろう。

だからこそ、本作のデビッド・リンチはトレヴェスのことを否定的にも描いていないし、
若干はシニカルな視点であったとしても、ジョンの最期を悲壮的なメッセージを込めて描いたわけでもありません。

そんなそれぞれの思いが、複雑に絡み合った物語ではありますが、そんなジョンにスポットタイトが当たる姿を
例えフィクションであったとしても彼なりの流儀の中で描こうとしたことは、やっぱり称賛に値するチャレンジだったと思う。
そして、この映画の出来は見事なものでした。どことなくグロテスクさ、奇妙さを残しているのもデビッド・リンチらしいし。

普通に考えて、これを監督第2作でやってのけてしまったこと自体がスゴいことだと思いますね。
本作劇場公開当時、日本でもデビッド・リンチの存在はほぼ無名の存在で、それでも映画賞レースに絡んでいたため、
本作は話題作として扱われていたようですが、このホラー映画のような様相のドラマの物悲しさに驚かされたでしょう。

(上映時間123分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 デビッド・リンチ
製作 ジョナサン・サンガー
原作 フレデリック・トリーブス
   アシュリー・モンタギュー
脚本 クリストファー・デヴォア
   エリック・バーグレン
   デビッド・リンチ
撮影 フレディ・フランシス
編集 アン・V・コーツ
音楽 ジョン・モリス
出演 ジョン・ハート
   アンソニー・ホプキンス
   アン・バンクロフト
   ジョン・ギールグッド
   ウェンディ・ヒラー
   フレディ・ジョーンズ
   キャスリン・バイロン
   ハンナ・ゴードン

1980年度アカデミー作品賞 ノミネート
1980年度アカデミー主演男優賞(ジョン・ハート) ノミネート
1980年度アカデミー監督賞(デビッド・リンチ) ノミネート
1980年度アカデミー脚色賞(クリストファー・デヴォア、エリック・バーグレン、デビッド・リンチ) ノミネート
1980年度アカデミー作曲賞(ジョン・モリス) ノミネート
1980年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1980年度アカデミー衣装デザイン賞 ノミネート
1980年度アカデミー編集賞(アン・V・コーツ) ノミネート
1980年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1980年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ジョン・ハート) 受賞
1980年度イギリス・アカデミー賞プロダクション・デザイン賞 受賞
1981年度アボリアッツ・ファンタスティック国際映画祭グランプリ 受賞