ドレッサー(1983年イギリス)

The Dresser

これは面白かった。ピーター・イエーツって、器用なディレクターですね。

日本ではこういうタイプの映画ってウケにくいかとは思いますが、
この映画は『ブリット』に続く、ピーター・イエーツが描いた舞台劇の裏側に展開される人間模様を描いた秀作です。

この映画は役者としてのプライドが高く、それでいて老いからくる精神衰弱が見られるシェイクスピア劇座長を演じる
名優アルバート・フィニーと、おネェキャラで20年近く座長に仕えるノーマンを演じるトム・コートニーの演技合戦だ。
もう本作はこれに尽きる。2人ともアカデミー主演男優賞にノミネートされたというのも、よく分かるぐらい甲乙つけがたい。
ここまで火花が散るような演技合戦でありながら、嫌味にならない程度にやり合っている映画というのも珍しい。
普通は、主演2人の濃い演技合戦となってしまうと、少々クドい映画になってしまうのですが、本作はそうではない。

この辺はどういうスパイスが効いているのか、不思議なピーター・イエーツのディレクターとしての能力の高さだと思う。
なかなかこういう映画は撮れない。本作は明らかに過小評価だと思う。もっと評価されてもいい力作だと思いますね。

この映画はほとんど舞台劇を上演する準備に於ける、座長の精神的葛藤がメインに描かれる。
年老いて体調が良くないせいか、精神的に不安定になり周囲の役者やスタッフたちにキツく当たる。
それを淡々と受け流しながらも、時には強い姿勢で接するトム・コートニー演じるノーマンはなかなかいない存在だ。
但し、彼は彼で周囲の忠告に聞く耳を持たないアルコール依存症で、酒を飲めば飲むほど強気になっていく。

そんな2人の絶妙なバランスがあってこそのシェイクスピア劇であったはずなのだが、
意識的に余命いくばくもないことを予期している老座長と、長く仕えてきたのに報われることない日々の繰り返しの
ゲイのアシスタントがお互いに牽制し合いながらも、なんとか舞台劇を上演しようとするエナジーがスゴい。

思えば、アルバート・フィニーはイギリス映画界のニューシネマ・ム−ブメントであるフリーシネマ≠フ
旗手であるトニー・リチャードソンの63年の代表作『トム・ジョーンズの華麗な冒険』に主演して名優の仲間入りし、
対するゲイのノーマンを演じたトム・コートニーは同じくトニー・リチャードソンの62年の『長距離ランナーの孤独』で
強烈な印象を残してフリーシネマ¥o身の俳優として有名になった、60年代イギリスを代表するスターです。

そんな2人が20年の時を経て、こういう形で共演するなんて当時としては驚きの出来事だったでしょう。

アルバート・フィニーは重厚感ある老役者を演じていますが、偏屈なのにどこか軟弱なキャラクター。
夜ごと悪夢にうなされ、すっかり“扱いにくい人物”と思われていますが、それでも“サー”の称号を得た偉人。
台詞を忘れてしまったり、準備に色々と大変な状況でとても舞台役者を続けられる体調にないのですが、
彼のプライドの高さと、彼の名声にすがる強気なアシスタントに感化されて、舞台に立ち続ける日々を送っている。
(しかし、どこまでが彼の本音なのかは分からないが、「静かに老後を過ごしたい・・・」と漏らすことも)

対するトム・コートニー演じるゲイの付き人のノーマンが素晴らしい。
トム・コートニーの徹底した役作りが素晴らしく、アルバート・フィニーのような役者に対抗するには、
これくらいの個性が無ければ、対等な役は演じられないでしょう。発声、仕草、姿勢、その全てが完全に成りきっている。

この2人のやり取りは、まるでコメディのようにユーモラス。
お互いに考えが違えば、目指すものも思惑も違う。噛み合っているのだか、噛み合ってないのだか、
よく分からない二人の会話ですが、トム・コートニー演じるノーマンの必死さが、なんだかホラーですらある(笑)。

座長のカリスマ性に惹かれて近づいてきた若い娘を目の前にすれば、
この座長は老いても“お盛んな”ご様子で、娘に触れてセクハラ行為にでるという男の悲しい性(さが)。
こういう姿を観て、この座長が惨めな醜態に見える一方で、この娘も感化されたのか真相が分からないが、
座長に勝手に近づいた娘にノーマンが激怒するも、娘は座長と心を通わせたと主張するというカオス。

このアシスタントからしても、自分が座長の(彼の妻を差し置いて)最大の理解者であると思い込んでいるので、
娘が自分に無断で楽屋に入り込んだことに激怒すると同時に、娘に嫉妬しているかのようにも見える。
そう思うと、ノーマンも寂しかったわけで、彼は最後に「自分はこの仕事以外では生きられない!」と吐露する。

そして、この映画最大の問題というか、ノーマンの本音が炸裂するのがラストである。
座長が人生の振り返りとばかりに感謝を綴った文章を書いたということで、アシスタントに読むように命じ、
それを聞きながら座長は、この映画で初めて実に幸せそうな表情を浮かべる。しかし、それを読み上げても、
自分は満たされることがない。そこからノーマンは自らの牙を座長に向け始め、感情を爆発させるのです。

結局、ノーマンの本音はこれ。誰かに必要とされるという、実感が欲しいのです。
「こんなにお前に尽くしたのに、なんなんだよ!」と、彼の感情は抑えられなくなってしまいます。

普通に考えれば座長が舞台劇を続けられる状態ではないことが分かるのに、
ノーマンが座長を奮い立たせて舞台を続けることに執着したのは、自分の手柄としたかったのかもしれません。
ややもすると、自分が座長を動かしている、つまり自分が実質的な座長であるという勘違いがあったのかもしれません。
それで「(劇が最後まで上映できたのは)貴方のおかげよ」とメンバーから言われて、優越感に浸る表情を見せるのです。

これは彼が認められた、或いは周囲から求められていることを実感する、数少ない瞬間なのでしょう。
そういう意味でも、本作の真の主人公って、どちらかと言えばトム・コートニー演じるノーマンなんだよなぁ。
そんな姿をピーター・イエーツは無感情的に、感情を高ぶらせることなく、ひたすら冷静に描くことに終始しています。

そういう、人生を賭けて献身的に働いてきた人だからこそ、陥り易い落とし穴にズッポリとハマり込んでしまったようだ。
自分では全くそう思っていないのだろうけど、第三者が見れば、かなり精神的に病んだ状態に見えるのですよね。

こういう人って、「自分がこれだけ(一生懸命)やっているのに、アイツはどうして・・・」という思いを強くして、
満たされない承認欲求みたいなものを抑えられずに、更に周囲への要求を強め、自分を追い込んでいきます。
最近はこういうジレンマにハマり込んでしまって、精神的に上手くいかなくなるケースが少なくないような気がしますね。

古い言葉で言うと、「奉職」という感覚なのだろうが、
座長はシェイクスピアのために人生を捧げ、アシスタントは座長のために人生を捧げている。
そのせいか二人は微妙に噛み合わない。この二人は距離が近過ぎたのでしょうね。いろいろと超越してしまったのです。
だって、座長と座長の妻との関係以上に仕事上とは言え、密になっていれば、それは距離を詰め過ぎってものです。
座長にとっても当たり前の環境過ぎて、感謝の言葉をかけるのを忘れてしまうくらい、距離が近過ぎたということ。

やっぱり、いろんな意味で適度な距離感って大事だと思うんです。これが無いと、お互いに“逃げ場”がありません。

まぁ・・・地味な内容の映画ですし、お世辞にも明るい内容の映画とは言えないので賛否はあるだろうが、
これは是非とも多くの方々に観て頂きたい作品だ。ジワジワと本作の魅力が伝わってくる、実に不思議な作品です。

日本人的な感覚からいけば、「私はホントに裏方で、(目立たなく)いいんです・・・」という人も多いですが、
欧米では、そうは口で言っていても本音はそうではないのかもしれません。ノーマンにしても、座長の付け人としての
プロ意識は高く、長年の付き人経験で座長の性格を知り尽くしている自負はあったものの、認められたい気持ちがあり、
その気持ちは満たされたいと願っている。だからこそ、感謝されない、ホントに目立たぬ存在で終わってしまうというのは
彼にとって耐えがたい屈辱にしかすぎなかったのでしょう。本作はそんな悲喜こもごものドラマを綴っています。

とは言え、僕にはノーマンの気持ちも痛いほど分かる。
どんな形でも報われたいと思うのは、人間、生きた証を残したいという気持ちは誰しもあるわけで、
最後の最後まで何も報われないというのは悲劇でしかなく、一体何のために頑張ってきたのか・・・という想いにかられ、
底無しの虚無感に苛まれることは免れないだろう。そういう意味では、ノーマンに多少なりとも同情的に見てしまった。

(上映時間118分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ピーター・イエーツ
製作 ピーター・イエーツ
原作 ロナルド・ハーウッド
脚本 ロナルド・ハーウッド
撮影 ケビン・パイク
編集 レイ・ラヴジョイ
音楽 ジェームズ・ホーナー
出演 アルバート・フィニー
   トム・コートニー
   エドワード・フォックス
   ゼナ・ウォーカー
   アイリーン・アトキンス
   マイケル・ゴフ

1983年度アカデミー作品賞 ノミネート
1983年度アカデミー主演男優賞(アルバート・フィニー) ノミネート
1983年度アカデミー主演男優賞(トム・コートニー) ノミネート
1983年度アカデミー監督賞(ピーター・イエーツ) ノミネート
1983年度アカデミーオリジナル脚本賞(ロナルド・ハーウッド) ノミネート
1984年度ベルリン国際映画祭主演男優賞(アルバート・フィニー) 受賞
1983年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(トム・コートニー) 受賞