顔のないスパイ(2011年アメリカ)

The Double

日本では拡大上映されていましたが、これは立派なB級映画でした(笑)。

リチャード・ギアもハリウッドを代表する色男ですし、
日本でも人気のあるスター俳優でしたから、ヒットが見込める作品という扱いだったのかもしれませんが、
映画の内容的にはまるでテレビドラマのような安っぽい雰囲気があることは否めない。

監督のマイケル・ブラントは07年の『3時10分、決断のとき』でシナリオを書いたり、
幾つかの映画に参加して、満を持して本作で監督デビューを果たしましたが、
やはり評価が芳しくなかったのか、本作以降はテレビ界を中心に活動していったようです。

映画はアメリカに潜伏しているとされる、ソ連のスパイである“カシウス”を長年追跡してきた、
ベテランCIAアナリストを主人公に、一度“カシウス”の捜査チームは解散したものの、
とある上院議員が暗殺されたことをキッカケに“カシウス”の復活が疑われたことから、
再び捜査チームの一員として招集され、“カシウス”について修士論文にまとめたという、
風変わりな若手捜査官と共に、実体の見えない“カシウス”を追っていく姿を描いたサスペンス・アクションです。

この映画はある意味では正直というか、ストレートに撮った映画という点で、感心させられました。
故意に映画をグチャグチャにしたり、無理矢理なドンデン返しを作るわけでもなく、
“カシウス”の正体を映画の冒頭から明かして、映画を進めていくスタンスは良かったと思います。

かつて無理矢理ドンデン返しを作って、映画全体を崩してしまうという例は数多くあったので、
本作のスタンスは実に珍しく、こういう正攻法で描いたサスペンス映画は逆に好感が持てます。

それでいながら、クライマックス近くなって、もう一つ大きな秘密が明かれるのですが、
これはこれで違和感なく描けており、作り手のアプローチ自体は間違っていなかったのだと思います。
そういう意味でマイケル・ブラントの演出も良かったのだと思いますね。上手く全体のバランスをとっています。

ただ、映画がどこか安っぽい・・・(苦笑)。
リチャード・ギア主演作品なだけに、正直、僕ももっと洗練された映画かと思っていただけに、
まるでテレビドラマのようなノリ、かつての“ビデオスルー”されるような雰囲気に驚いてしまいましたね。

少々、フラッシュ・バックの挿し込み方がしつこいなぁと感じられたこととと、
主演のリチャード・ギア演じるシェファーソンが長年、“カシウス”を追って評価されてきたベテランな割りに、
どこか短絡的というか、露骨に感情的に対応する部分を容易に出し過ぎていて、そう見えないところは気になった。
ストーリーを語るという意味では、映画全体のバランスを保ちながら上手く撮れていただけに、
初監督作品としては悪くない出来とは言え、映画に風格が出ず、どこか安っぽく見えたことには理由がありますね。

まぁ・・・誰の意向なのか分かりませんけど、過去があるからとは言え、
リチャード・ギアを良く見せようとし過ぎたというか、もっとワルっぽく描いても良かったのではないかと思います。
彼ぐらいのプレーボーイであれば、トファー・グレイス演じるギアリー捜査官の奥さんを誘惑しちゃうぐらい、
アッサリとやってのけるぐらいの男でも、あまり不思議ではありません。それぐらいの不条理さは、
目的達成のためには躊躇しないという、ある種の強引さに彼のカリスマ性を演出することはできたと思います。

時計に仕込まれた首を絞めるためのピアノ線のような凶器は、
往年の名作『007/ロシアより愛をこめて』で既に使われていた発想であり、なんだか懐かしいレヴェルだ。
どうでもいい話しだが、ロシア人スパイの手口といったらコレみたいな、定番なのでしょうかねぇ?

そう、この映画にはアップデートされた部分に乏しいと感じました。
それはギアリーが、シェファーソンのことを疑って理論地理学の手法を使って分析するという、
要は過去の事件写真を壁に貼っていって、それぞれを観察して共通点を見い出すという作業ですが、
さすがに21世紀になってからの情報解析手法として、もっと違う形があったのではないかと思えます。

前述の時計に仕込まれた凶器といい、作り手がどう考えていたのかは分かりませんが、
情報戦と化した捜査状況とマッチしていないように感じられたのは、もう少し違う表現だったら印象は変わったかも。

それにしても、マーチン・シーンは久しぶりに映画で観た気がします。
90年代後半からはテレビシリーズでの仕事の方が有名になったせいもあるかとは思いますけど、
かつては『地獄の黙示録』など話題作に出演し、2人の息子も俳優として名を上げただけに、
まさか、こういう映画でリチャード・ギアとの共演となるとは・・・というのが、正直な本音ですね。
そういう意味では、マーチン・シーンが演じたハイランド長官役は、あまり重要な扱いではなかったので残念。

1988年というベルリンの壁崩壊直前の時代にフラッシュ・バックしますが、
リチャード・ギアもマーチン・シーンも2011年“現在”の顔と、ほぼ同じまま登場してくるのが、またスゴい(笑)。
よくある他の映画では、メイクを駆使してでも若作りして工夫するものですが、本作はそういうことを一切しません。

この辺はベテラン俳優の貫禄に任せることにしたのか、結構な“勇気ある決断”だったと思いますね。

映画としては、初監督作ということを考えると及第点レヴェルかと思います。
全体的に無難な出来というか、良くも悪くも冒険せず、スパイを描く映画に徹したという印象です。
欲を言えば、もう少しアクション・シーンなどの明確な見せ場があっても良かったとは思いますが、
ひょっとしたら作り手にはそこまでの余裕がなかったのかもしれないし、そもそもそういう考えは無いのかもしれない。

そういう意味では、心理戦に終始したスパイを見つける映画が好きな人には向く作品かもしれません。
アクションが多少あった方が良いという人は、本作は最後に本当に少しある程度なので物足りないかもしれません。

個人的にはマイケル・ブラントというこの監督、化けたらスゴいディレクターになる可能性があると思います。
チョットした考えの違いなのか、僕が観たい方向性とは言い切れなかったけど、力はある人だと思います。
今どき、ここまでB級映画の香りがプンプン漂う作品になってしまったのは勿体なかったけれども、
観客に全てをタネ明かししてでも映画を進められる力があるし、シナリオだけに頼るディレクターではないと思う。

それでいて、更にもう一つの秘密を明かしても映画が崩れないし、
仮にこの最後のもう一つの秘密が無くとも、映画は十分に楽しめる内容ではあったかと思います。
そういう出来映えにできたのは、やはり作り手がしっかりとした映画の建てつけができたからでしょう。

偉そうなこと言って恐縮ですけど、本来、映画とはこうあるべきなんだと思う。
やはりシナリオに依存した映画では、こうはならないですからね。オチがなければ、魅力半減とかになります。

できることであれば、まだまだ映画を撮っていってもいいような気がしますけどねぇ。。。

(上映時間98分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 マイケル・ブラント
製作 アショク・アムリトラジ
   パトリック・アイエロ
   デレク・ハース
   アンドリュー・ディーン
脚本 マイケル・ブラント
   デレク・ハース
撮影 ジェフリー・L・キンボール
編集 スティーブン・ミルコビッチ
音楽 ジョン・デブニー
出演 リチャード・ギア
   トファー・グレイス
   スティーブン・モイヤー
   オデット・ユーストマン
   マーチン・シーン
   スタナ・カティック
   クリス・マークエット