顔のないスパイ(2011年アメリカ)
The Double
日本ではそれなりの規模で劇場公開されていたようですが、中身は完全にB級映画でした(笑)。
主旨としては二重スパイを描いた作品であって、カシウスと呼ばれる謎のソ連のスパイを長年にわたって
追い続ける元CIAアナリストが、死んだと思っていたカシウスがロシア寄りの米国議員が殺害された事件の
真犯人としてCIAが再び捜査を開始したことで呼び出され、FBIからやって来たカシウスに興味のある若い捜査官と
共にカシウスにつながる手掛かりを追いながら、カシウスの正体に迫っていく姿を描くサスペンス映画というわけです。
主演はリチャード・ギアなのですが、ハリウッドでも売れに売れたリチャード・ギアが、
この手の映画に出演していること自体、僕にとっては衝撃的ですらあるという感じだったのですが、
これはこれで映画界の一つの転換期を示していたのか、それとも世代交代の時期だったのか・・・という感じです。
相手役の和解若い捜査官ギアリーを演じたのは、TV俳優からデビューしていたトファー・グレイス。
まぁ・・・正直言って、リチャード・ギアというベテラン俳優と台頭に渡り合えたかと言われると、それはビミョー。
結局はリチャード・ギアが目立ってしまったというか、残念ながら強いインパクトは残せなかったと思います。
映画の冒頭からリチャード・ギアが少年野球を見に来ているシーンがあって、
隣り合った試合観戦しに来た母親の一人から、声をかけられて女性の気を惹いている様子を描きますが、
さすがにプレーボーイを演じるには年をとり過ぎたのか、若干、不審者感を醸し出しているようにも見えますね(苦笑)。
物語はそこそこ面白いとは思うのですが、それでもチョットした“味付け”がイマイチというか、
映画としては全体的にノレない感じで、僕はもう少し盛り上げて欲しかったと思うし、全体に緩慢な雰囲気も気になる。
簡単に言っちゃうと、画面に緊張感がないのです。せっかくの二重スパイを描く映画なわけですから、
やっぱり「いつバレるか、それとも何とか粘ってバレないか・・・」という冷や冷や感を出して欲しいのですが、
本作の作り手はそういったことに全く興味がないのか、バレるかバレないかの冷や冷や感は全く描こうとしない。
それどころか、実にアッサリとカラクリを次々と見せていく展開には、チョット驚かされてしまいました。
それでも映画が成立しているならいいのですが、本作はそういった冷や冷や感が無いなら、他に魅力が無い。
つまり、ピンチがまったく描かれないというわけです。これでは映画がまったく盛り上がるわけがありません。
監督のマイケル・ブラントは脚本家出身のディレクターのようですが、
贔屓目に言えば、とても無難な出来と言えばそうかもしれません。ただ、盛り上げようと創意工夫を凝らすわけでもなく、
一つ一つのシーンを映し出すカメラ、そして編集に工夫があるわけでもなく、どことなく安っぽく見えてしまった。
べつに、ある程度のカラクリを見せていくこと自体は悪いことではないにしろ、
それでもスパイを描く映画であるならば、もっと緊張感を出すべきだろう。そうじゃないと、盛り上がるわけがない。
これがコメディ映画だというなら考え直すところですけど、本作はあくまでサスペンス・アクションなわけですからね。
そして、さすがに最後の全てのタネ明かしは無理がある。半ば無理矢理なラストで、これでは興醒めだ。
同じ結末を描くにしても、もっと違和感なくまとめて欲しい。これでは、映画が安っぽく雑な印象のままで終わってしまう。
リチャード・ギアも凄腕のCIAアナリストというには、少々頼りなさげな感じでカッコ良過ぎだし(笑)、
決して下手な役者さんではないんだけど、いちいち豹変する姿なんかは観ていて無理があると言わざるをえない。
この辺は演者よりも演出者の問題の方が大きいと思う。全体にもっと自然に見える工夫はやって欲しいところだ。
おそらくラストのカーチェイスから、追い詰めていくシーンは本作のハイライトとなるべき部分だと思うのですが、
この対決も映画のテンションを上手くトップモードに持っていけていないせいか、緊張感も盛り上がりも弱いですね。
これは正直言って、サスペンス映画としては致命的です。もっと映画全体のバランスをよく考えて構成して欲しい。
映画の冒頭から最後へ向けて、どう構成するかで映画は大きく変わってしまいます。これは脚本だけの問題ではない。
まぁ、おそらくですが・・・原題も二重スパイを意味するタイトルになっていますので、
作り手は二重スパイであることを前提に描いていて、それが秘密事項であるように描く気はなかったのでしょう。
そのせいか、映画の序盤から少しずつヒントをたれ流していくので、ラストにドンデン返しという映画とは少し違うのかも。
どちらかと言えば、二重スパイの苦悩を描きたかったのかなとも思いましたけど、
普通に考えて、いくら二重スパイとは言え、潜入先の国であそこまでガッチリと生活基盤を作るというのは、
現実的に逆にリスクが高いので、信じ難い。もう少しストイックに生きている姿を描いた方が、スパイっぽいですよね。
(とまぁ・・・これも僕の勝手なスパイ像なので、現実にはこれだけ社会に馴染んで生活しているかもしれませんがね)
それから、腕時計のようにワイヤーが巻き取られ、イザというときにワイヤーを伸ばして、
相手の首をかっ切るという小道具ですけど、あんなに殺傷能力が高い道具なら取り扱いが難しそうですけど、
あれはあれで『007/ロシアより愛をこめて』で登場した、ロシア人の道具なので、すっかり“そういうイメージ”。
あれって、ホントにロシアで実用されていた武器なのかは不明ですが、久しぶりに映画で観て嬉しかった(笑)。
劇中、ギアリーがカシウスについてあらためてCIAの過去の写真資料を調べていると、
過去の事件について驚愕の事実があることを発見するのですが、この事実というのもなんだか胡散臭い(苦笑)。
ご都合主義は良いんだけど...いくらなんでも写真に写るほど目立っているなら、もっと早くにバレてるだろ!と、
ツッコミの一つでも入れたくなるほどで、その写真を限られた職員しか見ていないというのにも、話しに無理がある。
映画のポイントとなるカシウスがどれだけ伝説的な殺し屋で、CIAとの攻防がどれだけのものだったのか、
詳細に語られることがないせいか、その強敵さが伝わってこないのも勿体ない。結局は正体不明ということなので、
この程度で良かったのかもしれませんが、皆が口を揃えて捕らえられない強敵のように語ることに納得性が無い。
その中でもベルリンの壁崩壊前の混乱期がフラッシュバックするシーンがあるのですが、
その中でリチャード・ギアとマーチン・シーンの2人が何故か一切若作りせずに登場してくるとは、なんかスゴい(笑)。
僕はそこまで気にならなかったけれども、違和感がないとも言えない。こういう細部が気になる人には向かないですね。
なので、もう少し全体のバランスを考えて、丁寧に描かないと映画が磨かれないですね。
本作はマイケル・ブラントの監督デビュー作となりましたが、個人的にはもう少し頑張って欲しい出来でしたね。
まぁ、クライマックスにアクション・シーンがあるのですが、リチャード・ギアも老体に鞭打つように走って、
屈強な男と格闘したりして、当時の年齢を思うと結構ハードなアクションになっていることが印象的ですね。
リチャード・ギアも激しいアクションをこなすことって貴重で、60歳を過ぎてからこういうアクションもキツいでしょうね。
それだけの挑戦をリチャード・ギアがやったってことは、マイケル・ブラントの能力を高く評価しているのでしょう。
確かに本作の出来は残念なところなのですが、化けたらスゴいディレクターになるような気がします。
本作での監督デビューがあまり評価されなかったせいか、本作以降は活動の場をテレビ業界に移したのですが、
この内容の物語でラストにドンデン返しがあることをメインにするというよりも、早い段階からカラクリを見せながら、
映画を進めていくというアプローチを選択して、実際に映画を撮れてしまうのだから、それなりに力はあるはず。
と言うのも、こういうアプローチで魅力的な映画を撮ることって、実は簡単なことではないと思うんですよね。
何もかも隠して、ラストに「実はこうでした」と後だしジャンケンする方が遥かにラクですから。
まぁ、本作にもそういうニュアンスが無くはないのですが、前述したように原題のタイトルにしているくらいなので
本作で描かれたカシウスに関する謎自体は、べつに映画の大きな秘密として描いているわけではなさそう。
そう考えると、観客に謎解きをしてもらうことに主眼があるわけではなく、
二重スパイとなった人間の苦悩を描くことの方に主眼があったように思える。だからこそ、全体にアンバランスなのだ。
そのせいか...どうしても映画が安っぽく、悪い意味でB級映画のようになってしまった。
作り手が本作に吹き込みたかったのは、決してB級テイストではなくスパイの苦悩、緊張感だったのだろう。
だったら、細部はもっとしっかりと丁寧に描いて、変なところで安っぽくなってしまわないように配慮は必要だったと思う。
しっかし、つまらないこと言っちゃいますが...
ほとんどのCIA捜査官がカシウスの正体・素顔が分かっていないのに、殺しの犯行の手口だけを見て、
「あれはカシウスの犯行だ」と乏しい根拠で決め付けて捜査チームを組んでいるというのも、まったくの謎ですね。
(上映時間98分)
私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点
監督 マイケル・ブラント
製作 アショク・アムリトラジ
パトリック・アイエロ
デレク・ハース
アンドリュー・ディーン
脚本 マイケル・ブラント
デレク・ハース
撮影 ジェフリー・L・キンボール
編集 スティーブン・ミルコビッチ
音楽 ジョン・デブニー
出演 リチャード・ギア
トファー・グレイス
スティーブン・モイヤー
オデット・ユーストマン
マーチン・シーン
スタナ・カティック
クリス・マークエット