プラダを着た悪魔(2006年アメリカ)

The Devil Wears Prada

ジャーナリスト志望のヒロインが、鬼のようにハラスメントの塊とも言える
ファッション雑誌の女性編集長のアシスタントとして採用されたことから、過酷な日々を送るサクセス・ストーリー。

本作は日本でもそこそこヒットしていて、00年代のメリル・ストリープの代名詞とも言える作品になりました。

これは確かに面白かった。この手の映画は作り手のセンスもモノ言うと思うのですが、
全体構成も上手くいっていて、バランス感覚にも優れた作品に仕上がっている。ヒロインのアン・ハサウェイも良い。
この辺は監督のデビッド・フランケルも評価されるべきところだったと思いますが、この原作の着想点も面白かった。

まるでメリル・ストリープのためにあるようなキャラクターであり、プライドが高く、ファッションへの意識高い系な雰囲気、
長年、冷徹にファッション誌の編集長をやり切って、半ば家庭を犠牲にしてきた唯一無二の孤高の存在なのだろう。
良く言えばカリスマ性のある編集長であり、世の女性たちの多くが彼女のアシスタントとして働くことを熱望している。
それほどの有名人でありながらも、アン・ハサウェイ演じるヒロインはまるでファッションに興味は無く、無頓着な性格。
このカリスマ編集長のことを知っていたわけではないが、ジャーナリストへの腰掛けになれば良いくらいの感覚でした。

それが徐々にアシスタントとしての能力を発揮していくことで、自分の地位を確立していくのですが、
同時にジャーナリストとして活躍する切り口も見つけますが、そんな彼女の志望する世界から“裏切り”にあってしまう。

もっとも、ヒロインの良心がそれを許さないという感じで、歴史ある由緒正しきファッション誌の編集長という
社会的地位を巡る駆け引きがあって、半ばハラスメントを受けていたヒロインもいつしか編集長の生活に感情移入し、
あまりに理不尽に経営陣と取り巻きが、勝手なことをやっていることに憤りを覚えるというのは、ある種の彼女の成長。

一方でヒロインの私生活にしても、シェフをやっている彼氏との日々も円満だったはずなのに、
念願のアシスタントの職に就いた途端に、何もかもが仕事優先になって、様々な上司の無茶振りに応え続けることで
次第にヒロインの私生活は崩壊していき、彼氏や彼女の友人の理解を得ることも難しくなり、厳しい状況になっていく。

ある意味では、現代的な感覚ではないような気はしますが、何が何でもやりたかった仕事を続けるためには、
プライベートを犠牲にする必要があったり、自分のプライドを曲げなければやっていけないという理不尽さを描いていて、
決してイージーな道のりではない彼女の悩みが、時にはストレートに時にはコミカルに描かれており、上手い塩梅だ。

監督のデビッド・フランケルはTV界を中心に評価されてきたディレクターだったようですが、
元々は94年の『マイアミ・ラプソディー』というラブコメで監督デビューしていた人で、本作が第2回監督作品でした。

それでも本作はスゴく良い出来の作品に仕上がっていて、恵まれた“土台”ではあったものの、
演出家としてのアプローチも良い意味で一貫したものがあり、映画の主旨・カラーも最後までブレなかったし、
全体的なバランスも上手くとられている。本作の後はあまりヒットした監督作がないようですけど、力はある人だと思う。

個人的にはメリル・ストリープ演じる鬼編集長に長年、仕事上で仕えてきたベテラン男性社員を演じた、
スタンリー・トゥッチが“ツボ”でしたね。脇役でこういうクセのある役をコミカルに演じさせると、やはり上手いですね。
毒舌でヒロインのファッション・センスにもクギを刺したりしてましたが、それでも肝心なところで彼女を助けてくれます。
若い時からあまりルックスも変わってませんが(笑)、00年代以降はこの手のコメディ映画では名バイプレイヤーです。

やはり上手く出来ている映画というのは、結果的に・・・かもしれないけど、キャスティングもキマっているのですね。
特にこの手の映画はキャスティングって、スゴく重要です。本作はそれを如実に実感させられる作品と言えますね。

強いて言えば、ヒロインの目線になってしまうのですが...彼女の彼氏があまりに融通が利かないのは気になった。
彼の不満もよく分かるし、ヒロインの全てを応援しろとは言いませんが、もう少し状況を理解する存在であって欲しい。
少々、映画の中で邪魔な存在に映りかねない描かれ方をしているのは、僕の中では引っかかるところでしたねぇ。

まぁ、このヒロインもいわゆる“強い女性”を体現するというよりも、なりたい自分になる過程で
仕事とプライベートを両立することに悩む若い女性像という感じで、演じるアン・ハサウェイが自然体で良いですね。
決して強がったり、冷淡なところがあったりする性格というわけではなく、あくまでフツーの女の子という感じですね。
こういう言い方をすると、フツーの女の子って何よ!?とツッコミを入れられそうですけど(笑)、要は親しみ易い。

そんなフツーの女の子が、誰もが羨むカリスマ編集長のアシスタントの仕事を得ること自体が奇跡だし、
そんなカリスマ編集長のハラスメント感いっぱいな扱いの中で、彼女がどう立ち振る舞っていくかが実に興味深い。
思いのほか、仕事が上手くいき始めるという設定ではありますが、それでも今度はプライベートが上手くいかない。

そうそう、人生ってそうは上手くいかないんだ・・・と観客の共感を得ながら、進んでいく作品であって、
本作が劇場公開当時、世界中でヒットしたことと今尚、根強い人気があるのは共感性が高い内容だからでしょう。
こう言ってはアレですが、特に女性の共感は得易いのだろう。とは言え、男性が観ても十分に楽しめると思いますが。

ただ、社会人になって色々とストレスある日常に晒されてしまうと荒んだ心も出てくるもので(笑)、
本作のヒロインのようにキラキラした生活を送る人なら尚更のこと、「そんなに現実は甘くないよ」と思っちゃう自分は
完全にオッサンな発想なわけで、自分の遺物のような感覚に自分が年老いたことを悟ってしまう映画でもあります。

そういう意味では、チョット嫌になっちゃうところもあったんだけど...映画は、とっても気分良く終わってくれます。

ちなみにヒロインは仕事を進めるうちに、徐々に彼女なりの上昇志向を出していきますが、
それに彼女自身が気付かなくなっている。とにかく一生懸命、目の前の仕事をこなしてきた結果であって、
彼女に悪気はないことは明白なのですが、仕事の能力を評価されて、彼女の指導係をも上回る側面を見せれば、
おのずとヒロインに優先的に仕事が回って来る。それが映画の後半に描かれる、パリへの出張に表れている。

それが、スタンリー・トゥッチ演じるナイジェルが仕事上で酷い仕打ちを受けたことに、
ヒロインが正義感からカリスマ編集長に抗議するわけですが、「アタシならあんなことはできないわ」と言います。
しかし、「もうしたじゃない...エミリーに」と言い返されてしまいます。この時、初めてヒロインはハッとさせられます。

べつに彼女の中では、何かを犠牲に成り上がるなんて気はなかったのだろうけど、
結果としてそうなってしまうことの恐ろしさはありますねぇ。彼女の場合は、プライベートも犠牲にしているのでね・・・。

この辺が監督のデビッド・フランケルが実にバランス良く構成できているなぁと感心させられる点で、
決して過酷な現実を描く映画というわけではなく、ライトな感覚で観れる内容のコメディではあるのだけれども、
それとなく教訓を描いている。しかも、それが押しつけがましいわけではなく、ごく自然に描けているあたりが良い。

だからこそ本作はヒットしたのだろうし、今でも根強い人気を誇る作品に仕上がったのだろう。
本作に関してビックリさせられたのは、製作から20年近く経った今になって、続編の製作が進んでいるという事実。
しかも、アン・ハサウェイやメリル・ストリープなど、主要キャストがそのまま出演というから、それもまたビックリですね。
この手の映画って、「鉄は熱いうち打て」じゃないけど...“旬な時期”ってあるから、どんな出来かが気になりますね。

ヒロインはジャーナリスト志望で、どうやら学生時代から頭角を表していたという設定のようですが、
そんなヒロインにジャーナリストの道をチラつかせるコラムニストを演じたサイモン・ベイカーが軽過ぎますね(笑)。

正直、賢いはずのヒロインが何故にこの男に惹かれたのかが、サッパリよく分からない。
往々にして、この手の映画は恋敵が表れなければ面白くならないというのは分かりますけど、もっとマシな男は多い。
身なりも言動も、あまりに“思いっ切り”過ぎて、ヒロインが惹かれる対象としては違和感しかなかったというのが本音。
単にジャーナリズムに関わる有名人だから、という理由だとしたら弱い。もっと、納得性ある描き方をして欲しかった。

というわけでは、アン・ハサウェイにしてもメリル・ストリープにしてもハマリ役と言ってもよく、
女性キャラクターはよく頑張った良い作品なのですが、正直言って、これは男性キャラクターの多くがダメ(苦笑)。
前述したように、印象に残るのはスタンリー・トゥッチくらいというのが寂しい。ここは、もっと大事にして欲しいところ。

ちなみに本作の原作者であるローレン・ワイズバーガーは、実際に雑誌ヴォーグ≠フ編集長であった、
アナ・ウィンターのアシスタントを務めた経歴があるそうで、原作は自伝的な内容に想を得たフィクションのようです。

(上映時間110分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 デビッド・フランケル
製作 ウェンディ・フィネルマン
原作 ローレン・ワイズバーガー
脚本 アライン・ブロッシュ・マッケンナ
撮影 フロリアン・バルハウス
編集 マーク・リヴォルシー
音楽 セオドア・シャピロ
出演 アン・ハサウェイ
   メリル・ストリープ
   スタンリー・トゥッチ
   エミリー・ブラント
   エイドリアン・グレニアー
   トレイシー・トムズ
   サイモン・ベイカー

2006年度アカデミー主演女優賞(メリル・ストリープ) ノミネート
2006年度アカデミー衣裳デザイン賞(パトリシア・フィールド) ノミネート
2006年度全米映画批評家協会賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
2006年度ロンドン映画批評家協会賞主演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
2006年度ロンドン映画批評家協会賞助演女優賞(エミリー・ブラント) 受賞
2006年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ミュージカル・コメディ部門>(メリル・ストリープ) 受賞