ディープエンド・オブ・オーシャン(1999年アメリカ)

The Deep End Of The Ocean

これは事前の僕の予想を大きく覆す秀作でしたね。

チョットした不注意で、3歳の次男を誘拐されてしまった女性カメラマンが
偶然の出来事で9年後に、その次男を取り戻したものの、なかなか思い通りにいかない姿を描くドラマ。

監督は84年に『恋におちて』を撮ったウール・グロスバードで、
彼は70年代からハリウッドでも異端な存在で活動を続けてきたベテラン監督ですが、
寡作な映像作家でしたけど、本作はなかなかの出来です。ホントは71年の『ケラーマン』が
僕は凄い傑作だと思っているのですが、『ケラーマン』を除くと、本作が次に良い出来かもしれません。

主演のミシェル・ファイファーも相変わらずの力演で、
日本ではほとんど話題にならなかった作品なのですが、これは一見の価値ありです。

この映画で描かれた事情として、とても複雑だったのは
3歳というほとんど記憶に残らない年代で誘拐されてしまったという事実は、
誘拐されてしまった親としては、当然、自分たちの子供なわけですから奪還したいという想いにかられるわけで、
いざ戻ってくれば嬉しいのは当然なのですが、理想の家族の再構築を目指すものの、誘拐された子供からすれば、
3歳以降、9年間は別な大人を“親”として認識して、その家庭では大切に育てられていただけに、
逆に誘拐されてしまった両親は「赤の他人」としか思えないんですよね。そこが大きな軋轢になるんです。

ですから、いざ子供が戻って来てから、
ようやっと理想の家庭を築けると信じていたはずの誘拐された両親は、
まるで自分たちが「誘拐犯」であるかのような構図になってしまっていることに苦悩します。

映画は主に母親の目線で描かれるのですが、
映画の前半は主に、チョットとした不注意で子供を誘拐されてしまった母としての苦悩。
映画の後半は主に、戻ってきた子供と思い描いていた理想的な親子関係を築けない苦悩。

こういった、なかなか上手くいかないもどかしさを描いているわけで、
ありそうで無かったタイプの映画だと思いますね。そういう意味で、本作の着眼点は実に鋭い。

監督のウール・グロスバードも、前述したように寡作な映像作家ではありましたが、
シナリオを選ぶ眼力も確かでしたし、大きな動きのあるテーマではないにしろ、
意外な盲点になっているようなことをテーマに掲げて、映画を撮ることが本作時点でもできていましたね。

残念ながら2012年に他界してしまいましたが、実に個性的な映画を手掛けていました。

本作でカメラマンである母親を演じたミシェル・ファイファーは正に適役でしたね。
少し“おっちこちょい”な性格も見え隠れする映画の前半の若き日から、子供を誘拐されてからの9年を経て、
すっかり精神的に大きな“穴”を患い、様々な想いが錯綜するようになった母親としての表情を巧みに表現。
この時期、ハリウッドでも母親を演じさせたら、彼女はほぼ間違いなくトップ女優と言っていいぐらいでしたね。

やはりこういう映画に出逢うたびに思うのですが、良い映画はキャスティングが抜群です。
本作は父親役のトリート・ウィリアムズが少しパワー不足な感はあるのですが、
何度観ても、このミシェル・ファイファーが良い。彼女がこの映画を支えているのは、ほぼ間違いないでしょう。

それから、成長した長男のヴィンセントを演じた、子役のジョナサン・ジャクソン。
彼もまた、本作では一際目立つ存在感であり、本作以降も地道に俳優活動は続けているようですが、
どうやらテレビドラマの俳優として活躍しているようで、映画俳優としてはそこまで知名度は高くないのが残念。

大いに考えさせられるテーマを内包した作品ではありますが、
暗に作り手の主観を観客に押し付けるタイプの映画というわけでもなく、少し“引いた”位置から描くのも好印象。
だからこそ子役の存在が引き立たせられたというのもあるし、何より観易い映画になりましたねぇ。

ベストセラー小説の映画化ということもあり、
ストーリー面に於いて考えても、ホントはもっと感情的に語ることもできたと思う。
しかし、本作がそうならなかったというのは、従来のハリウッド映画とも一線を画すところであり、
やはり安直に映画を撮ろうとしなかった本作の作り手は、実に鋭く良い仕事をしたと思いますね。

あくまで家族の再生を目指す映画であることを考慮すると、
敢えて感動の押し売りをするような類いの映画になることを避けたことが良かったのですが、
映画のラストシーンのナチュラルさは特筆に値する。こういう派手さを避けた選択は、正解だったと思います。

まぁ・・・否定的に捉えるとすれば、
冒険をしなかった分だけ、保守的な姿勢を持った映画という感じもしなくはないのですが、
しかし、ウール・グロスバードって、エリア・カザンの監督作品で助監督とかをやっていた経歴があるだけに、
エリア・カザンのどちらかと言えば、劇的なスタイルがある作風に影響されていれば、こういう終わり方ではなく、
もっと大きな演出を施してラストが作られていたでしょうね。むしろ本作は、そうならずに良かったんだけど・・・。

しかし、敢えてこの映画に足りないところがあったと言うならば、
やはり誘拐された家族の中でも、父親からの視点が著しく欠けている部分でしょうね。

おそらく映画が散漫にならないようにしたことと、
もし原作で書かれていないとすれば、大きく脚色することはしたくなかったのでしょう。
おそらく強く言及しなかったことには理由はあるのでしょうが、こういう部分を掘り下げられていれば、
映画はもっと力強く、そして更に質の高いドラマになっていたでしょうね。傑作と呼べたかもしれません。

乱暴な言い方で申し訳ないけれども・・・
こういう物語と出会うたびに、こういう事件で犠牲になるのは、いつも子供。
決して、この映画で描かれたカッパドーラ夫妻を美化するつもりはないけれども、
大人とは言え、時に子供から教えられることもあるし、全てが思い通りにいくわけではない。

しかし、そういったジレンマにしても決して本作は目を逸らさず向き合い、
実に丁寧に綴っている。あまりヒットはしなかったようですが、とても誠実な映画としてオススメです。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ウール・グロスバード
製作 ケイト・グインズバーグ
    スティーブ・ニコライデス
原作 ジャクリン・ミチャード
脚本 スティーブン・シフ
撮影 スティーブン・ゴールドブラット
編集 ジョン・ブルーム
音楽 エルマー・バーンスタイン
出演 ミシェル・ファイファー
    トリート・ウィリアムズ
    ウーピー・ゴールドバーグ
    ジョナサン・ジャクソン
    コリー・バック
    ライアン・メリマン
    ジョン・カペロス
    アレクサ・ヴェガ