イナゴの日(1975年アメリカ)

The Day Of The Locust

1930年代のハリウッドを舞台に、人間たちの醜悪な暗部と虚栄を描いたヘヴィなヒューマン・ドラマ。

これは容赦なく、得体の知れない人間の情念の強さを描いた作品なので、
映画の後味は最上級に悪く、見方によれば凄まじくショッキングな映画だ。これほどまでに観たくもない、
人々の奇妙かつ気味の悪いドラマを観させられると、気が滅入ってくる。体調が良い時に観るべき作品だと思う。

監督はイギリス出身のジョン・シュレシンジャーで、69年の『真夜中のカーボーイ』でハリウッドでも評価され、
アメリカン・ニューシネマの一派として見られていましたが、本作では何か強いメッセージ性を込めたというよりも
ただただひたすら、悪夢のような精神的ジレンマに溺れてしまう人々の、ゴールのない迷いを見せられる作品だ。

ドナルド・サザーランドが主演扱いにはなっていますが、これは契約の関係なのか、
映画の本編としては中盤に入らないと、ドナルド・サザーランド演じるホーマンは登場してこないし、
ほぼ売れない映画女優を演じたカレン・ブラックと、大卒で映画会社の美術を担当するウィリアム・アザートンの
2人が時に常軌を逸したやり取りを繰り返すという、なんともグロテスクな恋愛劇がメインになっている。

そもそもカレン・ブラックも役作りなのは仕方ないにしろ、かなりドギツいメイクを施していて、
ルッキズムというつもりはないのですが、あまり外見からして奇異な雰囲気を醸し出す。これは可哀想なキャラだ。

そんな彼女が演じる売れない映画女優フェイは、なんとかして成功のキッカケを求めているのでしょうが、
不遇の扱いを受けているという設定で、男運もない。同居している詐欺まがいのセールスマンである父親も、
なんとも奇妙なマジックと称して訳の分からない物を飛び込みで売りつけるという商売をしているのですが、
高笑いを異常なまでにデカい音量で響かせ、近くにいる人に気味悪がられるくらいで、この父親との生活に嫌気がさし、
フェイはフェイで精神的に不安定に陥ってしまいます。それが、父親の喪失を経験することで、一気に崩れるのですが、
カレン・ブラックって、この時代を象徴する女優さんの一人なせいか、やっぱり可哀想な役柄が多いですよね・・・。

本作が一種のカルト・フィルム扱いされるのは、やはり邦題が示すクライマックスの強烈なインパクトだ。

これだけでドナルド・サザーランドが映画の全てを奪い去ってしまったと言っても過言ではなく、
誰も見たくはないあまり醜悪なラストである。これはジャッキー・アール・ヘイリー演じる口の悪いイタズラ少年が
絡んでくるのですが、それ以前にドナルド・サザーランド演じるホーマンも人の好い雰囲気で振る舞いながらも、
妙な新興宗教にドップリで、フェイと初めて会ったときには自分の感情を的確に表現できないながらも、
感情を抑え切れずにガラス製のコップを素手で割ってしまうなど、チョット通常の人間ではない伏線がある。

それゆえ、フェイを追い続けるも、あまりにショッキングな現実を見せつけられ、
精神的に完全におかしくなってしまったホーマンは、何かスイッチが入ったように、トンデモないラストを向かいます。

1930年代のハリウッドの虚栄心の塊とでも言うべき、デカダンスを体現するフェイのどこに
ホーマンが惚れていたのかは全くの謎であるけれども、女性経験が少なくウブなところがあったのでしょう。
だからこそ、外見的にはゴージャスに映るフェイに惹かれていたのかもしれませんが、あまりに想いが一途過ぎた。

一方でウィリアム・アザートン演じる若い映画会社の社員トッドが、最初にフェイに強い恋愛感情を抱くのですが、
それでも思わせぶりに近づいては男たちを翻弄するかのように弄ぶフェイの態度に、トッドはフェイとぶつかります。

残念なのは、カレン・ブラックが可哀想な役柄であったとは言え、もっと彼女を魅力的に描いて欲しかったということ。
ある意味で本作の方向性を指し示すアイコンのような役柄であったとは言え、トッドからもホーマンからも愛され、
カウボーイのような彼氏と、その友達からも愛されるというモテまくりなキャラクターなので、これでは伝わらない。
彼女が何故、ここまでモテまくるのか、セクシーさも含めてもっとしっかりと描いて欲しかったなぁと感じました。

ジョン・シュレシンジャーの描き方もまた露骨なもので、野っぱらで男女4人が酔っ払って、
フェイが酒を飲んで踊りだすシーンなんて、どこか卑猥で猥雑な宴という感じで、なんともグロテスクだ。
こんな姿は誰も観たくはない姿だろうし、どこかジョン・シュレシンジャーの意地悪なところが出ていると思う。

本作に対して率直に感じたのは、この人間たちの醜悪な姿を容赦なく描くというスタイルで、
2時間を大きく超えるというのは、さすがにやり過ぎというか冗長になって、映画がタフ過ぎる仕上がるになるということ。

これはこれで作り手の狙いとしては成功なのかもしれませんが、
映画トータルで考えると、この物語であれば何か一つでもいいので救いを描いた欲しかった。
ただただ人間の醜悪な部分を見せられて、訴求するものがあるかと言われると、そんな感じには見えなかった。
要するに、ジョン・シュレシンジャーが本作を通して、一体何をどう描きたかったのか、ということが分からないのです。

まぁ、本作もアメリカン・ニューシネマの系譜の一つと言えば、それはそうかもしれないけど、
不条理な物語からも訴求するものがあったビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』のエスカレート版という感じで、
ただただ醜悪な部分を見せられ、強烈なまでの人間のカオスなエネルギーを見せられる144分は、さすがに長い(笑)。

映画の中盤に何故か闘鶏を表現したシーンがあって、これは実際にニワトリ同士が闘っているのかもしれないが、
かなり生々しい映像になっていて、チョット、ビックリさせられる。かなり血生臭い感じで、直接的な生々しさだ。
こういったシーン演出も含めて、ジョン・シュレシンジャーは感覚的に気が滅入ってくるくらい残酷描写に徹している。

そのままの勢いで突入するクライマックスの群集心理がはたらいたような、
凄まじいまでの人々のエネルギーが炸裂するのが本作のハイライト。まったく理性的なラストではありませんが、
ドンドンとエスカレートしていく、映画が破綻に向かっていくようなラストで、まるでロバート・アルトマンの映画みたい。
しかし、本作で描かれる醜悪さを観ると、ハッキリ言って、ロバート・アルトマンの映画が可愛いくらいに見えます。
個人的にはジョン・シュレシンジャーがここまで異様なドラマを撮っていたとは、とても意外な事実でしたね。

映画の中盤までは随分と冗長なドラマを延々と見せられるようで、正直、無駄なエピソードも数多くあるのですが、
ハッキリとしないフェイとトッドの駆け引きから脱して、クライマックスでいきなり人間たちの狂気を見せつけられる。
例えるなら、ダルみきった中盤までの展開にいきなりガツン!とブン殴られるくらいの衝撃性のあるラストです。

まったくもって、観終わった後の感覚は良い映画とは言えず、強烈までに後味が悪く、
終始、ドンヨリした空気で毒を吐きまくった挙句、観客をも追い詰めていくようなタイプの映画なので、
前述したように、体調が良いときに観た方がいいです。映画の方から観る人を選ぶタイプの作品と言えます。

本来的には映画の都ハリウッドを舞台にした映画なので、ショービズの世界で華やかに活躍する人々を
イメージしがちなのですが、本作が敢えて描いたのはそれとは真逆で、ハリウッドでも斜陽な存在の人々だ。

決して経済的にも、精神的にも豊かとは言えず、どちらかと言えば、混沌とした精神状態で不条理な世界だ。
勿論、ハリウッドとは言え、1930年代前半の世界恐慌の影響もあったのだろうけど、映画産業が活発な時代で
仕事は数多くあった時代だったと思うのですが、そうなだけに“埋もれてしまった人”も数多くいたはずだ。
本作で描かれるフェイなんかも正にそんな感じで、スターダムを駆け上がることを夢見ていたのだろうけど、
最後は結局、群衆の中の一人という存在に“埋もれてしまう”。現実にこんな人はたくさんいたのでしょうね。

なかなか、こんな不快な映画はないと思うのですが、これはスポットライトの当たらない人間たちの縮図でしょう。

これはポリティカル・コレクトネスの考えが浸透し、人々の意識が変わった現代では
ほぼ間違いなく作ることが出来ない映画でしょう。特にこのラストはかなり倫理的に難しいだろうと思います。
これは当時でも作り手に悩みはあったでしょうし、ジョン・シュレシンジャーとしてはタブーへの挑戦だったのかも。

とまぁ・・・ヒット作ではないし高く評価されたわけでもないが、挑戦意識の高い作品が好きな人にはオススメしたい。
但し、観る前に体調を整えて観た方がいいのと、ある程度の覚悟が必要な作品だということを強調しておきたい。

(上映時間144分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 ジョン・シュレシンジャー
製作 ジェローム・ヘルマン
原作 ナサニエル・ウェスト
脚本 ウォルド・ソルト
撮影 コンラッド・L・ホール
音楽 ジョン・バリー
出演 ドナルド・サザーランド
   カレン・ブラック
   ウィリアム・アザートン
   ボー・ホプキンス
   ジェラルディン・ペイジ
   バージェス・メレディス
   リチャード・A・ダイサート
   ジャッキー・アール・ヘイリー

1975年度アカデミー助演男優賞(バージェス・メレディス) ノミネート
1975年度アカデミー撮影賞(コンラッド・L・ホール) ノミネート
1975年度イギリス・アカデミー賞衣装デザイン賞(アン・ロス) 受賞