ザ・コンテンダー(2000年アメリカ)

The Contender

ハリウッドでも大の政治マニアと言われるイスラエル出身のロッド・ルーリーの監督デビュー作。

これは確かに、ストレートかつド真面目な政治映画であり、“変化球”ではない。
女性初の副大統領として、合衆国大統領の推薦を受けた女性議員が、推薦される彼女のことを快く思わない
政敵たちが裏で暗躍することで、彼女の大学時代のスキャンダルを報道させることで、報道が過熱する姿を描きます。

時の合衆国副大統領が急死し、民主党出身の合衆国大統領は
巷で噂される英雄視されるバージニア州知事のハサウェイではなく、共和党から民主党へ鞍替えした
女性上院議員のハンソンを副大統領として推薦することを通告する。副大統領への就任は議会の承認が必要で、
その議会を牛耳る共和党議員のラニヨンら議会の構成議員たちは、ハンソンの推薦に難色を示し始める。

副大統領に推薦されることを期待していたハサウェイは、一旦大統領の意向を了承するものの、
ラニヨンに相談することとし、大統領側近からの根回しも拒否したラニヨンは、ハンソンのスキャンダルを探し始める。

この映画をかく乱する存在となるのは、クリスチャン・スレーター演じる民主党下院議員であるウェブスター。
新進気鋭の若手議員として大統領からも注目を集める存在ではあるものの、ハンソンが元々は共和党議員であること、
ハサウェイを熱烈に支持していたこともあって、ウェブスターは当初、ラニヨンに手を貸す工作活動にでます。

もし実際にこんなことが起こって、大統領にバレたりしたら、造反行為として処分されないのだろうか?と
疑問に思うところはあるのですが、映画の終盤になると、ウェブスターも“良心的な行動”をとり始める。
この辺は、“良心的な行動”と言うと言葉は良いけど、単に形勢だけを見据えてポジションを移していただけかもしれず、
ウェブスターがどこまで本心で行動しているのか、彼がどれくらいしたたかな性格なのかが、よく分からない。

ウェブスターと比較すると、ゲイリー・オールドマン演じるラニヨンの方が、遥かに単純なキャラクターではある。

そう、このラニヨン、ベテラン下院議員であり議会を牛耳るくらいの実力者であり、
年齢的にも撮影当時のゲイリー・オールドマンよりもそうとう年上という設定で、メイクやカツラを着用して、
とっても嫌な老政治家という老け役へのチャレンジをしている。これが実に上手く、もっと評価されても良かったと思う。
(ゲイリー・オールドマンは本作の製作総指揮としてクレジットされており、かなり力を入れた仕事だったはず)

激しい言葉の応酬がある映画ではありますが、決して感情的に怒鳴り合うシーンが多いわけではない。
特に議会でハンソンが“吊るし上げ”にあうかのように、触れられたくない過去を赤裸々に暴露されていくのは、
現代流に言えばセカンド・レイプのようなもので、それを堂々と議会の場で行うというのは、チョット凄い話しだ。

しかし、これは現実に90年代半ばに当時の合衆国大統領のクリントン大統領のスキャンダルについて、
議会という場で暴露合戦になっていたことがあり、事態によっては容赦なく取り上げられる場でもある。

ジェフ・ブリッジス演じる大統領も、どこか軽いというか、胡散臭いところもあるんだけど、
映画が進むにつれて本領発揮という感じで、ラニヨンの嫌がらせの手口を読み切っていて、
ラニヨンを食事に誘って根回しを行いますが、ラニヨンはハンソンの調査について絶対の自信を持っていて、
「貴方と私はお互いに銃口を向け合っているが、私の銃に入っているのは実弾だ」と言い放ち、
大統領の根回しを拒否します。しかし、ここから映画は劇的に動いていき、急速に収束へと向っていきます。

ロッド・ルーリーのストーリーテリングはスゴく巧くって、この映画はとても自然に収束していきます。
欲をかけば、結構、大きな演出をしたくなるストーリー展開ではあるのですが、実直に静かに描いている。
クライマックスにジェフ・ブリッジスに演説させるシーンはあるのですが、このシーンも決して安っぽくはない。
この辺はロッド・ルーリーの巧さだと思う。確かに「現実はこんなものだろう」という、妙な説得力があるのが良い。

そして、印象に残ったのは政治家としての矜持というか、慎み深さである。

映画の中盤にスキャンダルのことでハンソンが攻められるのかと思いきや、
唯一、劇中でラニヨンが感情的になってハンソンにまくし立てたのは、ハンソンが中絶容認派であることで
中絶反対派のラニヨンが「ホロコーストだ!」と言い放ちます。しかし、この質問はハンソンは想定済みでした。
前日にあまりに理不尽に攻められるハンソンのことを見かねたラニヨンの妻が、質問内容を彼女に教えていて、
ハンソンはラニヨンの妻が20年前に中絶していたことを知っていました。本当はハンソンはこのことを指摘できた。

一方的にラニヨンがまくし立てる姿に、ハンソンも感情が高ぶった様子で
思わずラニヨンに「貴方の妻はどうなんだ!?」と反論できたのに、言いかけたところでハンソンは躊躇します。

勿論、言論の府を低俗な中傷合戦にしたくはないという想いもあったのだろうし、
何も知らない様子のラニヨンに、本来であれば明かされたくはない過去であるはずのラニヨンの妻。
この2人を中傷することはハンソンが加害者的な立場になってしまうことへのためらいと、政治家としての慎み深さ、
そして何より、プライベートな語りたくないことを干渉されて、誰かから指示されて話したくはないという信念を貫きます。

この時のハンソンを演じたジョアン・アレンの仕草が何とも印象的だ。これが本作のハイライトと言っていいくらい。

まぁ・・・現実には立場的に、なかなか出来ることではないとは思いますが、
こういうことを貫き通せる政治家というのは強いと思いますね。沈黙の全てを肯定はしませんが、
これはこれで、よほどの強い自身と信念がなければ、貫き通すことはできないことではないかと思います。

それくらい、ハンソンに好意的な見方をすると、彼女自身が世の女性のモデルケースとして
自分が見られているという想いが強いということでしょう。答えたくない質問だという意思表示もできなくなりますから。

大統領がどこまでハンソンの能力を把握して、彼女を推薦していたのかは定かではありませんが、
ハンソンは性格的に「貴女は女性だから、副大統領候補になったのよ」と言われて喜ぶタイプではないだろうし、
ジェンダーはフラットに考えて、純粋に政治家としての能力や期待の大きさで、評価されたいと思っているでしょう。

そういう意味では、彼女は自身の信念を貫き通し、他の女性たちが困ることがないようにと
立ち振る舞うことができる能力と強さがあったということだ。僕はそれも政治家としての資質、能力に含まれると思う。
ラストに大統領がコッソリと真相をハンソンから聞き出すシーンは、僕は蛇足だと思ったけど、これは許容範囲かな。

総じて本作を通してロッド・ルーリーが描いたことは、政治の世界で生きる覚悟だろう。
しかし、政治家とて全てが純真無垢で高潔というわけではなく、誰しも悩みを抱え、触れられたくはない過去もある。

その過去が法令に関わることであれば問題となるだろうが、ごくパーソナルなことである場合、
男性であればたいした問題にはならないが、女性であれば問題になる、なんてことは現代ではありえないことだ。
ハンソンは政治の世界は、未だ“男の世界”であることを知り、彼女なりのファイティング・ポーズとは何かを考え、
実行したことがスゴいことで、これは彼女なりの覚悟だろう。それも覚悟だけではない、勇気も必要なことです。

そんなハンソンを演じたジョアン・アレンは、映画が進むにつれて深みのあるキャラクターに掘り下げられた。

そして、やっぱりラニヨンを演じたゲイリー・オールドマンが憎たらしいキャラクターで実に素晴らしい。
アクの強い芝居でジョアン・アレンやジェフ・ブリッジスを喰ってしまうことも彼ならば可能だったでしょうが、
そこは抑制の利いた静かな芝居で、映画に良い意味でのアクセントをつける実に素晴らしい助演のお手本です。

(上映時間127分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ロッド・ルーリー
製作 マーク・フライドマン
   ダグラス・アーバンスキー
   ウィリ・バール
   ジェームズ・スパイス
脚本 ロッド・ルーリー
撮影 デニス・マロリー
音楽 ラリー・グループ
出演 ジョアン・アレン
   ジェフ・ブリッジス
   ゲイリー・オールドマン
   クリスチャン・スレーター
   サム・エリオット
   ウィリアム・ピーターセン
   ソウル・ルビネック
   フィリップ・ベイカー・ホール
   マリエル・ヘミングウェイ
   マイク・バインダー
   キャサリン・モス

2000年度アカデミー主演女優賞(ジョアン・アレン) ノミネート
2000年度アカデミー助演男優賞(ジェフ・ブリッジス) ノミネート
2000年度インディペンデント・スピリッツ賞主演女優賞(ジョアン・アレン) ノミネート
2000年度インディペンデント・スピリット賞助演男優賞(ゲイリー・オールドマン) ノミネート