ナイロビの蜂(2005年イギリス)

The Constant Gardener

おぉ、これは良く出来た映画ですね。
『シティ・オブ・ゴッド』を発表したフェルナンド・メイレレスによるサスペンス・ロマン。

アフリカ救済に向けて、かなり積極的な活動に励んでいた女性テッサが、
ケニアの砂漠地帯で無残にも殺害された事件に端を発し、彼女の夫で英国外交官である
ジャスティンが彼女の死の真相に迫っていく姿を、ドキュメント調に描いています。

原作はジョン・ル・カレが01年に発表した同名小説ですが、
今回はジョン・ル・カレが得意分野とするスパイを描いた内容ではありません。

フェルナンド・メイレレスの演出力の高さは、既に『シティ・オブ・ゴッド』を観れば分かりますが、
今回もその実績を裏付けるが如く、実に堅実で安定した映画に仕上げている。
さすがにこれだけ出来る映像作家はハリウッドとて、そう多くはないでしょう。

この映画の主な舞台となるのはケニアの首都ナイロビ。
英国の外務官だったジャスティンが、自らが担当した記者会見の席で、
貧困問題から目を背ける英国の政策を痛烈に批判した慈善活動家の女性テッサと恋に落ちます。
すぐにジャスティンはナイロビ駐在が決まりますが、テッサと結婚し、2人はナイロビでの生活を始めます。

ところがテッサは“世界の医師団”のアーノルドと共に慈善活動を活発化させ、
2人はゴシップのネタになる。しかし、この2人が密かに行動を共にしていたことの背景には、
とある薬品会社が貧困に苦しむ人々を対象に、無断で治験を行っているという事実があった・・・。

テッサたちの活動を快く思わないのは製薬会社だけではなく、ジャスティンの勤務する英国政府も同様でした。
ジャスティンの上司でもあるペレグリンはジャスティンに内緒で、テッサを監視するよう部下に指示するのです。

ここまでのストーリーラインとしては陰謀を描いた映画のようで、
当然、映画の中で陰謀も描かれているのですが、本作はそれだけの映画ではありません。
映画は中盤から、ジャスティンが知っているようで実は知らなかったテッサの実像に迫っていくことに
主眼を置くようになり、生前は理解を示してあげることができなかったテッサへの思いを強めていきます。

勿論、ジャスティンとテッサは愛し合っていました。
ところが過激な活動をも辞さないテッサの積極性に、ジャスティンは干渉することができず、
同時に彼女の取り組みに対し、何をやっているかも分からず、理解を示すこともできていませんでした。

そんなテッサの実像に、彼女が死んでようやく迫ろうとするわけなのですから、皮肉なものです。
そんなジャスティンの行動を危険視したペレグリンらは、ジャスティンにも脅しをかけます。

ありがちな話しと言われればそれまでですが、この辺の過程は上手く描けていますね。
ジャスティンの行動をドキュメントするだけでなく、サスペンス映画としての緊張感も忘れていません。
この辺のバランスの取り方がひじょうに上手くって、こういう仕事は作り手のビジョンがハッキリとしていないと、
なかなか出来るもんじゃないと思いますね。やっぱり、フェルナンド・メイレレスって本物ですわ。

ジャスティンが庭いじりが大好きで妻のことまでも関心が回らなかったという設定も面白い。
言ってしまえば、彼は“ことなかれ主義”なんですよね。それにテッサも薄々、気づいていたはずです。

それでもテッサは全く合理的な説明はできないのですが...
ジャスティンを愛していたからこそ、彼とは別れず、また自分の活動に彼を巻き込むまいとしていました。
それはジャスティンにしても同様で、テッサは自分に無いものを持っていたからこそ、
彼女を愛し続け、彼女が殺害された後に彼女の死を検証し、彼女の実像に迫ろうとするわけです。

言ってしまえば、これは2人の愛の証しを示した映画なんですね。
次第にテッサの実像に迫り、悔やんでも悔やみ切れないジャスティンの痛切な思いが表現される、
映画のラストシーンがあまりに切ないですね。この意味深長なラストは、強く訴求するものです。

このラストシーンで、ジャスティンはまるでこう呟いているかのようです。
「愛するテッサ、ボクはようやっと君に追いついた...」

このラストシーンの舞台が、テッサが殺害されたトゥルカナ湖であるからこそ、
テッサへの愛情が深く、より感慨深いメッセージが観客に強く訴求しますね。

昨今、骨のある社会派映画が少ない中で、
本作のような題材の映画が製作されたことに感心してしまいますが、
本音を言うと、本作は社会派映画としての強さという意味で、若干、物足りなさを感じるのは事実ですね。

その物足りない部分というのは、やはり悪事を暴くというスタンスが欠如しているからでしょう。
但し、これは難しい判断だと思います。一概に本作で採られたスタンスは否定されるものではありません。

何故なら、仮に本作でジャスティンが悪事を暴き、社会に是非を問う内容であったなら、
かつて数多くの映画で描かれてきた内容と、何ら変わりない内容に陥ってしまい、
凡百の作品の中の一つとして、埋もれてしまった可能性が高いからです。
ある意味で、悪事を暴くというスタンスを入れなかったことが、他作品との差別化に大きな役割を果たしています。

まぁいずれにしても、本作は優れた作品であることに変わりはありません。
是非とも、数多くの人々に観て、この切なさを実感してもらいたいですね。

(上映時間128分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 フェルナンド・メイレレス
製作 サイモン・チャニング・ウィリアムズ
原作 ジョン・ル・カレ
脚本 ジェフリー・ケイン
撮影 セザール・シャローン
編集 クレア・シンプソン
音楽 アルベルト・イグレシアス
出演 レイフ・ファインズ
    レイチェル・ワイズ
    ユベール・クンデ
    ダニー・ヒューストン
    ビル・ナイ
    ピート・ポスルスウェイト
    ジェラルド・マクソーリー
    ジュリエット・オーブリー

2005年度アカデミー助演女優賞(レイチェル・ワイズ) 受賞
2005年度アカデミー脚色賞(ジェフリー・ケイン) ノミネート
2005年度アカデミー作曲賞(アルベルト・イグレシアス) ノミネート
2005年度アカデミー編集賞(クレア・シンプソン) ノミネート
2005年度全米俳優組合賞助演女優賞(レイチェル・ワイズ) 受賞
2005年度イギリス・アカデミー賞編集賞(クレア・シンプソン) 受賞
2005年度サンディエゴ映画批評家協会賞助演女優賞(レイチェル・ワイズ) 受賞
2005年度ユタ映画批評家協会賞助演女優賞(レイチェル・ワイズ) 受賞
2005年度セントルイス映画批評家協会賞助演女優賞(レイチェル・ワイズ) 受賞
2005年度アイオワ映画批評家協会賞助演女優賞(レイチェル・ワイズ) 受賞
2005年度ゴールデン・グローブ賞助演女優賞(レイチェル・ワイズ) 受賞