ブラジルから来た少年(1978年イギリス)

The Boys From Brazil

アイラ・レヴィン原作の前衛的なSF映画を映画化した作品で、
あまりに個性的な内容だっただけに、日本では劇場未公開作という扱いで終わってしまいました。

監督は70年に『パットン大戦車軍団』で高く評価されたフランクリン・J・シャフナーで、
相変わらず豪快な演出で、内容的に時代をかなり先取りしたストーリーを実に分かり易く仕上げています。

実在のナチス・ドイツの収容所であるアウシュビッツ収容所で“死の天使”との異名をとられた
医師のヨーゼフ・メンゲレを主人公にして、彼がナチスの残党をパラグアイに集結させて、
長らく彼が計画してきた恐るべきヒトラー復活計画を実行に移す恐怖を描いた、傑作SFスリラーです。

本作でグレゴリー・ペックが演じるメンゲレは、かなりのマッド・サイエンティストのようですが、
科学者というよりは、どちらかと言えば、彼の主義主張を押し通す“指導者”のような雰囲気で、
彼自身がすっかりナチス・ドイツを復活させる独裁者として君臨しようとしているようで、科学者には見えない。

アメリカの良心を演じ続けてきたグレゴリー・ペックとしては、異色な悪役を演じた作品ということですね。

この映画のキャスティングとして面白いのは、共演した名優ローレンス・オリビエでして、
彼は76年に『マラソン マン』で実はヨーゼフ・メンゲレを演じていたのですが、あの作品ではどこか小ズルい
ナチスの残党を演じていましたが、本作では一転してメンゲレらナチスの残党を追う、ユダヤ人を演じている。
この正反対のキャラクターを僅か2年というインターバルで演じ分けられるローレンス・オリビエはスゴいですね。
しかも当時、ガンを患っていて、病状はあまり良くなかった状態が続いていたというのに、そう感じさせない芝居だ。

ローレンス・オリビエ演じるリーバーマンが、長年、ナチス・ドイツの残党について調査し、
かつての戦争犯罪について責任を追及する立場でしたが、そうなだけにナチス・ドイツの危険性を知っていた。

パラグアイでメンゲレらの怪しげな行動を尾行し、単身で調査していたアメリカ人の青年から
コンタクトを受けましたが、リーバーマンは彼にすぐに出国するよう忠告しますが、メンゲレらはすぐに彼を殺します。
それからメンゲレの恐るべき計画の全貌を知るに至り、リーバーマンは命を狙われる人々に接触しようとします。

メンゲレの恐るべき計画とは、生前のヒトラーの血液や皮膚細胞を保存しておくことで、
クローニング技術を使って、ヒトラーのクローン人間を生ませ、更に環境要因を重要視するメンゲレは
ヒトラーの幼少期と同じステップを踏ませるために、少年が14歳のときに父親を失うという出来事を作るため、
ナチスの凄腕の殺し屋たちを送り込む指示を出しますが、ナチス組織内でも意見が分かれ、メンゲレは孤立します。

もう、映画も最終的にはメンゲレの“暴走”であるかのように描かれています。
普通に考えても、ここまで目につく形で“行動”に出てしまうと、国際的に監視の目が強まるのは当たり前です。

しかし、彼が考えていたことはスゴいことで、ここまで専門性の高い内容に特化して、
スリラーに仕上げた映画というのは、この時代には他に無かったと思います。まぁ・・・そう容易な話しではないですが。

ストーリー展開と結末は観てのお楽しみって感じですが、映画全体を支配する独特な雰囲気が素晴らしい。
しかも、映画のクライマックスではグレゴリー・ペックとローレンス・オリビエが取っ組み合いになってまで闘うという、
とっても貴重なシーンまであって、映画ファンの心くすぐる展開に、僕は何度もこの映画を観返しています。
『マラソン マン』でローレンス・オリビエが演じていたメンゲレとは、全く違うアプローチであるユニークさと、
謎に不死身なリーバーマン(笑)。やっぱりこの映画は、ローレンス・オリビエの名優たるアプローチの素晴らしさだ。
最後の最後まで良心を見せ、病院のベッドの上でタバコに火を点けるシーンは、リーバーマンの優しさなのだろう。

しかし、そんなリーバーマンの慈悲をあざ笑うかのようなニュアンスが映画に込められていることも
忘れてはならず、ここは如何にも70年代の映画という感じなのですが、リーバーマンは徹底したナチ・ハンターなのに
少年相手になると、どこか甘さが出てしまうことが仇(あだ)となっているように見えるところが、また考えさせられる。
但し、日本ではこのシーンが過度な遺伝子決定論であると議論を呼び、テレビ放映時はカットされたらしい・・・。
(とは言え、現代の医学の考え方って、結構な遺伝子決定論に基づいた考え方してますけどね)

本作で興味深いのは、分子生物学はワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を解明してから、
飛躍的に進みましたから、メンゲレが先端技術を使って自身の研究的野心を暴走させていたのは分かりますが、
それだけではなく、何よりも環境要因が人格形成に大きな影響を与えるということに着目していたということですね。
(ちなみに動物実験で初めてクローニングに成功したのは、1962年のことでした)

こうも上手くいくわけはないだろうが、世界各国にヒトラーのクローンを散らばらせて、
その中からヒトラーの精神を継承した独裁者を高い確率で誕生させるために手を尽くすという発想がスゴい。

メンゲレを演じたグレゴリー・ペックは前述したように本作で文字通りの“怪演”を見せていますが、
クライマックスのローレンス・オリビエとの格闘シーンだけではなく、見るからにすぐに襲いかかって来そうな
雰囲気丸出しのドーベルマンに囲まれたりして、正に孤軍奮闘の血まみれになりながらの大熱演が圧倒的だ。
(飼い主に「何もしねーから、安心しろ」と言われても、あのドーベルマン3頭の威圧感はあまりに強烈だ)

まぁ、原作の面白さはあるけれども、やはりこの絶妙なキャスティングの良さと、
大胆さを持つフランクリン・J・シャフナーの演出が実に見事な作品でして、これは僕は傑作と言っていいと思う。

『マラソン マン』は映画自体が、もう少しエンターテイメントに寄った作品でしたが、
クライマックスの主人公とメンゲレの攻防が映画の見どころになっていましたが、本作は少しカルト寄りかな。
やはりクローニング技術を使うという発想自体が本作のセンセーショナルな部分であり、専門性に寄ったところがある。

現実的には、先端技術が進んでいない時代に、これだけ高確率でクローニングを成功させるなんて、
メンゲレは歴史に残る凄腕研究者だなぁという印象ですが、彼がやったことは非人道的な犯罪行為だ。

実在のメンゲレはアウシュビッツ収容所で散々、非人道的な人体実験を繰り返し行ったことで
“死の天使”として恐れられたものの、ナチス・ドイツを象徴する戦争犯罪人として追われる身となりますが、
アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルと南米各国を逃亡先として選び、1979年に病死したとのことです。
つまり、本作製作当時は存命だったということになりますが、ナチスの残党たちに助けられて生き延びていたようです。

本作は問題の少年の描き方も面白く、ヒトラーに似せているように見えて、実はそこまで似ていないという...
その匙加減がなんとも上手い。色白でどこか表情に乏しい感じで、こう言っては失礼だが、どこか不気味である。
このイメージを本作は上手く利用しており、この少年の残像を上手く利用し、観客の心理面に訴求する巧さがある。

本作で描かれるメンゲレは、“組織”からの指示で計画の中止を命じられながらも、
何とかして計画を遂行しようと、単独行動に出て暴走します。私利私欲に走った『マラソン マン』よりは、
本作の方がマッド・サイエンティストに最後の最後まで徹する感じで、ヒトラー崇拝を感じさせる恐怖が素晴らしい。

グレゴリー・ペックの悪役ぶりに賛否があったようですが、僕はそんなに悪い仕事ではないと思う。
メイクのおかげもあるとは思うけど、どこか薄気味悪い雰囲気で、表情一つ一つに狂信性も感じさせる。
結果として、僕は本作のグレゴリー・ペックはミスキャストではないと思っています。彼が演じる意外性も好印象ですね。

70年代には数多くのカルトなSF映画が製作されましたが、本作はその中でも有数の出来である。
日本劇場未公開なのは勿体ない。80年代であれば映画館で上映されたかも。そういう意味では“早過ぎた映画”です。

(上映時間124分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 フランクリン・J・シャフナー
製作 マーチン・リチャーズ
   スタンリー・オトゥール
原作 アイラ・レヴィン
脚本 ヘイウッド・グールド
撮影 アンリ・ドカエ
音楽 ジェリー・ゴールドスミス
出演 グレゴリー・ペック
   ローレンス・オリビエ
   ジェームズ・メイソン
   スティーブ・グッテンバーグ
   ユタ・ヘーゲン
   マイケル・ガフ
   ブルーノ・ガンツ
   ローズマリー・ハリス

1978年度アカデミー主演男優賞(ローレンス・オリビエ) ノミネート
1978年度アカデミー作曲賞(ジェリー・ゴールドスミス) ノミネート
1978年度アカデミー編集賞 ノミネート