ボーン・アイデンティティー(2002年アメリカ)

The Bourne Identity

人気シリーズになった“ジェイソン・ボーン・シリーズ”の第1弾。
ロバート・ラドラムのベストセラー小説の映画化で、ダグ・リーマンの監督デビュー作となりました。

日本は勿論のこと、本作は世界各国で大ヒットし、シリーズ化されることになりました。
確かにこの映画は面白い。冒頭のマルセイユ近海の海上で浮いていたボーンが保護されるシーンから、
いきなりテンションMAXな感じで面白い。そこから記憶喪失のボーンが自分の足跡を辿るシーンへと続き、
映画全体の流れがとても良い。ボーン自身もそうなのですが、訳が分からないまま映画が進み、
その謎を一つ一つ解きつつも、迫り来る脅威に対して“仕事人”らしく対処していくスマートさが本作の魅力だ。

文字通り、巻き込まれたように主人公の足跡を辿る旅に付き合わされる、
本作のヒロインを演じたフランカ・ポテンテも、感情の起伏の激しさがありながらも、魅力あるキャラクター。
劇場公開当時、彼女のキャスティングには賛否があったようですが、僕は彼女は良かったと思いますけどね。

アクション映画なので評価されにくい部分ではありますが、
トニー・ギルロイの脚本も上手い具合に映画的に脚色されていて、ほど良いエンターテイメント性が加味され
映画全体のバランスを上手い具合に整えている。これは容易い仕事ではなかったでしょうね。

映画は良い意味で、クールである。でも、独りよがりになり過ぎていない。
だから映画全体のバランスがとても良いのだ。これは間違いなく、本作の大きな強みだと思います。
やはりダグ・リーマンというディレクターは、これを監督デビューでできるのだから、スゴい人ですね。
後に評価されて、数多くの規模の大きな企画を任されるようになったというのも、納得のデビュー作です。

“トレッドストーン計画”という名の、CIAがプログラムした工作員養成課程で鍛えられた
主人公のジェイソンでしたが、彼自身が記憶喪失な中で、彼の足跡を辿る中で随所に彼の戦闘能力の高さが
反射的に繰り出してしまう本能に彼自身が驚くというのが、どこかユニークだと感じましたねぇ。

マット・デイモン自身の代表シリーズとなったわけですが、
元々は88年に『狙撃者/ボーン・アイデンティティー』という作品で、リチャード・チェンバレンが演じていました。
しかし、これはテレビ放映用の作品として製作されており、あまり記憶に残っていなかったのかもしれませんね。。。

恥ずかしながら、私はあまり詳しくはなかったのですが、ロバート・ラドラムの原作にはファンが多いようです。

欲を言えば、ボーンを操るCIAのコンクリンを演じたクリス・クーパーが不発だった。
個人的にはもう少し存在感を出して欲しかったし、デスクでただひたすら指示を出すだけに終始する姿では、
コンクリンの持つ秘密や、“トレッドストーン計画”の核心について上手く描くことは難しいと思います。
ボーンら工作員の精神的なサポートをするというジュリア・スタイルズ演じる若い女性職員など、
実に数多くの人員を操って、闇の計画である“トレッドストーン計画”を敢行していたのですから、
もっとコンクリンのようなキー・マンは、スケールを大きく描いて欲しかった。その方が存在感が強くなりますしね。

そういう意味では、ボーンが誰に追われ、誰を追いかけているのか、
どこか曖昧なまま次から次へと迫る危機を回避しながら、謎の核心に迫っていく様子が面白いのですが、
だからこそ、コンクリンやブライアン・コックス演じるアボットは、観客にとってもっとストレスな存在であるべきでしたね。

単発的にボーンに襲いかかる刺客は魅力的なキャラクターもいるし、
何より所狭しと追っ手から逃げ回るボーンの緊張感を上手く表現できているだけに、
映画が進むにつれて、徐々に明かされていく悪党たちの存在というのを、もっと全面に出していって欲しかった。
起承転結という意味では、映画は凄くバランスが良いのですが、欲を言えば、悪党の掘り下げが少々甘い。

あと、この辺は賛否が分かれるのでしょうが、スパイを描いた映画という割りには、
少々、映画の中にストイックなエッセンスが足りないかも。記憶喪失のスパイを追跡するストーリーとは言え、
CIAも随分とド派手にボーンを追跡するので、十分にオープンになってボーンを追い回しますし、
その中でスゴ腕のボーンをなかなか捕らえられないイライラからか、次第にCIAでも偉いアボットみたいな人が
冷静さを失っていく様子を描くのは面白いが、やはりボーンもスパイなので、もう少しスパイっぽさがあっても良いかと。

まぁ、スパイとしてのストイックさに傾くと、
映画のエンターテイメント性が薄らいでしまうので、その辺の塩梅が難しいとは思うのですが、
ダグ・リーマンの演出もどこか軽いので、これはスパイ映画として真正面に構えられてしまうと、楽しめないかも。

それでも僕はこの映画、エンターテイメントとして優秀な作品だとは思うのですがね。
あまり細かなところを気にせずに観ると、全体のスピード感とアクションの配分が丁度良くって、
企画の良さに加えて、作り手のアレンジメントが絶妙にマッチして、良質なエンターテイメントと思いましたね。
やろうと思えば、もっと特殊映像効果とかを使って、ド派手に出来たとも思うのですが、視覚的な派手さは
この映画の作り手は選択しなかったようで、とにかく映画のスピード感を意識していたのではないかと思います。

どうであるがゆえに演出が軽くなると言うか...軽いタッチで描いたからこそ、
映画全体に絶妙なスピード感とバランス感覚を与えられたという見方もできるのではないかと思います。

僕はシリーズの中では、やはりこの第1作が最も優れていたのではないかと思います。
それは映画なので、ミステリーは白黒ハッキリつける方向に向くことは確かなのですが、
この物語は記憶喪失のスパイが、身に覚えのないことで息つく間もなく襲撃されることに加えて、
散在する自分の過去の謎を解くことこそが、自分が何故追われるのかを知り、問題の根元を手繰ることになります。

で、この映画は身に覚えのないことで息つく間もなく襲撃される緊張感と、
自分の過去の謎解きをする2つのファクターを、ほぼ同時進行で展開していくという、少々入り組んだ構成だ。
僕は前者の方が圧倒的に魅力的であると感じていたので、謎解きが進むにつれて映画の魅力が無くなっていく、
と言ったら大袈裟かもしれないが、映画のテンションのピークが過ぎていくような気がしてしまいました。

本作はシリーズ化されたので、続編ではこういった部分を上手く“引っ張って”はいるのですが、
少なくとも、この第1作だけで観ると、謎解きが進まない方が面白かったのでは・・・?とすら、思えてしまった。

本作劇場公開当時は、マット・デイモンは既にスター俳優でしたけど、
当時はあまりアクション映画に出演していなかったと記憶していて、こういうマッチョな役柄と言われると、
今一つピンと来なかったのですが、本シリーズの大ヒットで一気にアクション映画のスターとしても認知されました。

そして何気に、映画の中盤でボーンを始末するように指示がくだる、
ピアノ教師をやっていた“教授”と呼ばれるスナイパーを演じたのは、イギリス出身のクライブ・オーウェンで
実は本作がハリウッド・デビュー作だったようです。前年の『ゴスフォード・パーク』で既に評価されていましたが、
これは確かに印象に残るキャラクターでしたねぇ。彼もまた、第二のボーンにいつでも成り得る立場なのですが・・・。

一つだけ付け加えておくと、この映画は動的なシーンに於ける、カメラの位置がお手本のようだ。
正直、カット割りのように“うるさい”映像処理もあるのですが、それでも人とカメラの距離感が丁度良い。
これがダグ・リーマンの意図なのか、撮影監督のオリバー・ウッドの意図なのか分かりませんが、とても良い。

このカメラが、本作の価値を向上させるのに一役かったと僕は思っています。

(上映時間118分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ダグ・リーマン
製作 パトリック・クローリー
   リチャード・N・グラッドスタイン
   ダグ・リーマン
原作 ロバート・ラドラム
脚本 トニー・ギルロイ
   ウィリアム・ブレイク・ヘロン
撮影 オリバー・ウッド
編集 サー・クライン
音楽 ジョン・パウエル
出演 マット・デイモン
   フランカ・ポテンテ
   クリス・クーパー
   クライブ・オーウェン
   ブライアン・コックス
   アドウェール・アキノエ=アグバエ
   ガブリエル・マン
   ジュリア・スタイルズ