リチャード・ニクソン暗殺を企てた男(2004年アメリカ)

The Assassination Of Richard Nixon

まぁ思えば、憐れな男の映画ではありますが...
規模の小さなミニシアター系の作品ながらも、これは確かに力のある映画だと思う。

但し、ひじょうに良い出来だとは思うが、驚くほどの傑作ではない。これは前提しておきます。

まず、心情的な部分から言えば、
ショーン・ペン演じる主人公をどこまで許容的に受け入れられるかが、大きな焦点となります。
彼の信条は分かるし、人を騙したくは無いとする気持ちも立派なものだ。

しかし、彼は決定的に視野が狭い男だ。
物事を多角的に見ることができれていれば、「オレばっかり...」と嘆く気持ちは、
さすがにここまで大きくはならないだろう。確かに運も無い男だ。言ってしまえば、“負の連鎖”を抱えています。

但し、ビジネスマン、或いはセールスマンとしては、如何に利益を取るかが勝負である。
売り上げが計上され、利益が生まれない限りは、ほぼ確実に商売は成り立たないのです。
例えばそれが会社であれば、自給自足以上のことは確実にできなくなるし、利益幅は絶対に増えません。
そうなると出資者など現れるはずもなく、従業員など雇えるわけがありません。

彼は「経営者としての経験はあるか?」との問いに対して、
否定はしませんでしたが、彼のような商売理論はまともな経営者であれば、間違いなく賛同しないだろう。

それゆえ、彼はタイトル通り、トンデモないことをしでかそうとしますが、
別に用意周到な計画・準備を伴って、実行に移すわけではないので、アッサリと失敗してしまいます。
そうなだけに、頓挫したまま終わってしまうものの、無理矢理にこじつけて自分を満足させようと、
考えを巡らせて、ニヤッと笑みを浮かべるラストシーンはあまりに強烈と言えよう。

そう、少なくとも彼が求めていた目標には遠く及ばないところで頓挫してしまい、
加えて、予想だにしない満足感であったため、彼の優越感は偶然の産物でしかないのです。
そんな考えに浸るしかないってのは、僕はもの凄く憐れな状態としか言いようがないと思うんですよね。

でも、敢えてこの映画はそんな主人公でさえも、客観的に描くことに努めています。
さすがにショーン・ペンもそうとうなイニシアティヴを持った企画だったらしいですから、
彼のような存在を、ある種の資本主義社会の犠牲者として描きたいとする意図もあったのでしょう。

但し、彼が家庭的な側面で失敗した要因というのは、目をそらさずに描いています。
観る限り、彼はいつまで経っても実行せずに文句ばかり言う生き方を、ずっとしてきていたのでしょう。
ですから、どんなに正論を言っていても、一つも改善されなければ実行すらできない無力さだし、
当然、何一つ結果が伴わないから、同じ屋根の下で暮らすという意味では、信頼できる存在ではないのだろう。

別に本作は大きな出来事や、劇的なストーリー展開を遂げるというほどではないのですが、
一人の小心者の男が、如何にしてテロ計画を思い立ち、衝動的に実行に移すかを克明に描いたという意味で、
極めて巧妙で良く出来た作品だと思いますね。一つ一つの弁証にとても説得力があります。
(ちなみに本作の製作総指揮はレオナルド・ディカプリオも加わっています)

まぁただ・・・それでも、この映画の主人公は社会不適応者だろうなぁ。
彼が考えていることの全てが間違っているわけではないけど、基本的には実行力のない男ですからねぇ。

自分が何もしていない現実に目をそむけ、社会や他人を責め続け、
結局、何も変えられず、結局、テロ行為を試みるにあたって、普段、使わない行動力を行使してしまう。
それも適当な理由づけをして、他人を巻き込んでまでも主張を通そうとするわけですから、究極の自分勝手だ。

まぁ不満のない社会や組織など、ありえないとは思いますけどね。
何一つ不満のない社会や組織だと思ってしまう時点で、現状に満足してしまっているということですから。
これの何がネックかというと、僕は現状に満足してしまうということは、成長を阻害すると思うんですよね。
たいへん厳しい言い方かもしれませんが、そんな社会や組織はむしろ不健全だと思います。

そういう意味で本作の主人公だって、行動力が伴っていれば、まだ見所はあるんですけどねぇ。
社会に対して不条理を訴えたり、自論を展開するからには、やはり行動力がなければなりません。
行動力がなければ、いくらそれが正論であったとしても、「言うだけかよ」と思われてしまいますからね。

だからこそ、彼は家庭人として失敗してしまうし、
共同経営者として一緒に会社を起こそうと話していた友人も、彼を敬遠するようになってしまいます。

思えば、そんな憐れな男をショーン・ペンが実に強い説得力を持って演じ切っている。
監督のニルス・ニュラーは本作の映画化に5年以上もの歳月がかかったらしいのですが、
実に強力な協力者を得て、出演者たちの強いアシストを受けるなど、幸運な監督デビュー作と言っていい。
決して下手なディレクターではないと思いますが、本作だけでは彼の実力はよく分かりませんね。

まぁ・・・正直言って、落ち込んでいるときに観るのは避けた方がいいかな...(笑)。
絶望感いっぱいのときに、こういう映画を観ちゃうと、更に落ち込みが激しくなっちゃう気がします。。。

(上映時間95分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

日本公開時[PG−12]

監督 ニルス・ミュラー
製作 アルフォンソ・キュアロン
    ホルヘ・ベルガラ
脚本 ケビン・ケネディ
    ニルス・ミュラー
撮影 エマニュエル・ルベッキ
編集 ジェイ・キャシディ
音楽 スティーブン・M・スターン
出演 ショーン・ペン
    ドン・チードル
    ナオミ・ワッツ
    ジャック・トンプソン
    マイケル・ウィンコット
    ミケルティ・ウィリアムソン