アーティスト(2011年フランス)

The Artist

何故、今どき無声映画なのか、その意味はよく分からなかったけど(笑)、
いざ本編を観ると、思わず唸らされてしまった。これは新しい無声映画と言っても過言ではないかもしれない。

2011年の映画賞でも賞賛されたように、本作の主演俳優の力強い導きもあり、
よく観ていないとストーリー上でも置いていかれがちな無声映画ではあるものの、グイグイと観客を引っ張ります。
ほぼ出ずっぱりだったジャン・デュジャルダンは大変だっただろうけど、これは実に価値のある芝居だ。

フランス映画資本ではありますが、映画が描くのは、
サイレント映画全盛期で、まもなくトーキーが開発されようとしていた頃のハリウッド。
ある意味で、昨今の映画産業と比較しても、映画界は華やかであり、よく言うところの“古き良き時代”なのだろう。

2011年度アカデミー賞でも、本作は10部門でノミネートされ、
作品賞含め5部門で受賞しましたが、逆に本作のような作品は新鮮に感じられたのかもしれませんね。

フランス映画界から見た、ハリウッドの黄金期というか、
サイレントからトーキーへの転換の変遷を描いたわけなのですが、とても愛着が感じられて好感が持てる。
これは極めて異例な観点から撮られた映画と言ってもいいと思うのですが、作り手の無声映画に対する愛情が
あってこその企画であり、字幕を必要最小限にしながらもストーリーが上手く伝わるよう配慮されている。

これは往年の無声映画の数々を、実に精巧に研究した賜物であり、
だからこそ本作に価値があると評価され、近年の映画ではすっかり失われていたストーリーテリング上の工夫によって、
観客の心に物語を如何に伝えるかという大きなテーマが、見事に核心をついた内容に仕上げることにより、
幾多の映画が氾濫した昨今の映画界に於いて、逆に本作のアプローチが新鮮に映った理由なのかもしれません。

演じるジャン・デュジャルダンのタップダンスも素晴らしく、特にラストシーンのダンスシーンは圧巻だ。
02年の『シカゴ』でもリチャード・ギアらが披露した本格的なミュージカル・シーンが話題にはなりましたが、
本作のダンスシーンは『シカゴ』のそれを凌ぐ素晴らしさと言っても過言ではないと僕は思います。

作り手の撮りたいビジョンに、それに応えたキャストの見事な表現力。
僕も本作公開当時、「なんで今更、こんな感傷的な映画が評価されたのだろう?」と観もせずに勝手に
思い込んでいましたが、いざ本編を観てみたら、僕の勝手な先入観が完全に覆されてしまいました(苦笑)。

そういう意味では、本作のキャスティングに於いても、
数多くの選択肢があったのではないかと思うのですが、本来、コメディ映画に数多く出演していた、
ジャン・デュジャルダンをキャスティングしたということが、実は本作成功の大きなカギを握っていたのかもしれません。
と言うのも、ジャン・デュジャルダンの表情一つ一つが物語を語る上で、無くてはならないツールになっているんですね。
それがまた、彼の芝居が別にオーバーアクトであるわけではなく、その加減がとても良かったんですよね。

やはり映画を成功させるためにキャスティングというのは、とても大きなウェイトを占めていると思うのですよね。

この映画は決して懐古趣味だけで押し通した作品というわけではない。
無声映画にトーキーの時代が押し寄せることによって、幾多の無声映画の俳優たちが淘汰されたことは事実だが、
本作自体でも、映画の中盤と終盤に“音”が出る。その“音”にしても、一つ一つの工夫がある。
そういった画一的な発想だけではなく、あらゆる角度からのアプローチがあったからこそ、本作は新鮮味がある。

そして、個人的にはこの映画の最後がお気に入りだ。
「カット! 素晴らしい!! ・・・でも、もう一回やろう」と激励をするディレクターに向かって、
とてもハードな踊りをして、息があがっているはずの主人公が笑顔で一言。「歓んで(やりましょう)」。
僕はこのセリフ、演じるジャン・デュジャルダンの表情に思わず唸らされた。心を突き動かされる何かがあった。
それぐらいに本作のラストシーンには、何物にも替え難い素晴らしい高みを極めたと言っても過言ではないと思う。

やはり良い映画はラストシーンをとても大切にしているものです。
本作のミシェル・アザナヴィシウスも、見せ場を持ってきただけでなく、とても気の利いた終わり方を心掛けている。
これまで世界規模で劇場公開された監督作品がほとんど無かったという過去が、意外なほどである。

いろいろな意見はあるとは思いますが、個人的にはアカデミー作品賞を獲得するに相応しい作品だと思います。
古き良きものを題材にしながらも、チョットした工夫を凝らし、ただ懐古趣味な映画ということで終わらせることなく、
クラシックな良さの中にも新鮮味を持たせられるように、実に巧みな工夫が凝らされた作品で好感が持てる。

そんな作り手のビジョンに見事に応えたキャストもよく頑張っていて、
主演のジャン・デュジャルダンは言うまでもなく、フランス資本で製作された企画としては異例なことに、
ハリウッドのスタジオで撮影され、更に多くのハリウッド・スターたちが協力したことも必然のことだったのかもしれない。
特に主人公のに忠実な運転手を演じたジェームズ・クロムウェルの存在感は、良い意味で際立っている。

あまりミシェル・アザナヴィシウスというディレクターのことは知りませんが、
これだけの出来の映画を撮れたという実績から、今後にかなりの期待がかかるのは当然のことと思いますね。

本作の出来が良かったという結果は勿論のことですが、
僕は何より、本作の作り手たちが映画に対して持っていた姿勢の素晴らしさに感銘を受けた。
だからこそ、これだけの出来の良さを獲得できたということもあるだろうし、映画の印象を良くしたと思う。
最近の映画界に欠けているのは、こういった映画に対する姿勢ということなのかもしれないと気付かされましたね。

あと、一つだけ足りないことがあるとすれば、主人公の相手役の引き立て方が弱い点かな。
これだけは惜しかった。演じたベレニス・ベジョも悪くはなかったと思うし、最初にスクリーンに映った時点で
存在感が際立つ容姿であったことは否定できませんが、何かもっと強いインパクトがあっても良かったと思う。

本作が無声映画をモチーフにしたアプローチであることを考えると、
多少、ヒロインの描き方がステレオタイプになっていたとしても、許容された気がするので・・・。

(上映時間100分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ミシェル・アザナヴィシウス
製作 トマ・ラングマン
脚本 ミシェル・アザナヴィシウス
撮影 ギョーム・シフマン
美術 ローレンス・ベネット
衣装 マーク・ブリッジス
編集 ミシェル・アザナヴィシウス
    アン=ソフィー・ビオン
音楽 ルドヴィック・ブールス
出演 ジャン・デュジャルダン
    ベレニス・ベジョ
    ジョン・グッドマン
    ペネロープ・アン・ミラー
    ジェームズ・クロムウェル
    ミッシー・パイル
    ベス・グラント
    ジョエル・マーレイ
    マルコム・マクダウェル
    エド・ローター

2011年度アカデミー作品賞 受賞
2011年度アカデミー主演男優賞(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度アカデミ−助演女優賞(ベレニス・ベジョ) ノミネート
2011年度アカデミー監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度アカデミーオリジナル脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) ノミネート
2011年度アカデミー撮影賞(ギョーム・シフマン) ノミネート
2011年度アカデミー作曲賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度アカデミー美術賞(ローレンス・ベネット) ノミネート
2011年度アカデミー衣装デザイン賞(マーク・ブリッジス) 受賞
2011年度アカデミー編集賞(ミシェル・アザナヴィシウス、アン=ソフィー・ビオン) ノミネート
2011年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
2011年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度イギリス・アカデミー賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度イギリス・アカデミー賞オリジナル脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度イギリス・アカデミー賞作曲賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度イギリス・アカデミー賞撮影賞(ギョーム・シフマン) 受賞
2011年度イギリス・アカデミー賞衣装デザイン賞(マーク・ブリッジス) 受賞
2011年度全米映画監督組合賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度全米映画俳優組合賞主演男優賞(ジャン・デュダルジャン) 受賞
2011年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度ボストン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度ボストン映画批評家協会賞音楽賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度ラスベガス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度ラスベガス映画批評家協会賞主演男優賞(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度ラスベガス映画批評家協会賞衣装デザイン賞(マーク・ブリッジス) 受賞
2011年度ラスベガス映画批評家協会賞美術賞(ローレンス・ベネット) 受賞
2011年度ラスベガス映画批評家協会賞作曲賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度シカゴ映画批評家協会賞オリジナル脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度ワシントンDC映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度ワシントンDC映画批評家協会賞作曲賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度インディアナ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度インディアナ映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度インディアナ映画批評家協会賞作曲賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度ヒューストン映画批評家協会賞作曲賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度サンディエゴ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度デトロイト映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度デトロイト映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度セントルイス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度セントルイス映画批評家協会賞助演女優賞(ベレニス・ベジョ) 受賞
2011年度セントルイス映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度セントルイス映画批評家協会賞脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度セントルイス映画批評家協会賞音楽賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度フロリダ映画批評家協会賞脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度ユタ映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度オクラホマ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度オクラホマ映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度オクラホマ映画批評家協会賞脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度フェニックス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度フェニックス映画批評家協会賞主演男優賞(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度フェニックス映画批評家協会賞助演女優賞(ベレニス・ベジョ) 受賞
2011年度フェニックス映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度フェニックス映画批評家協会賞脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度フェニックス映画批評家協会賞編集賞(ミシェル・アザナヴィシウス、アン=ソフィー・ビオン) 受賞
2011年度フェニックス映画批評家協会賞衣装デザイン賞(マーク・ブリッジス) 受賞
2011年度フェニックス映画批評家協会賞作曲賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度デンバー映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度デンバー映画批評家協会賞作曲賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度ロンドン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2011年度ロンドン映画批評家協会賞主演男優賞(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度ロンドン映画批評家協会賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ミュージカル・コメディ部門> 受賞
2011年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度ゴールデン・グローブ賞音楽賞(ルドヴィック・ブールス) 受賞
2011年度カンヌ国際映画祭主演男優賞(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度インディペンデント・スピリット賞作品賞 受賞
2011年度インディペンデント・スピリット賞主演男優賞(ジャン・デュジャルダン) 受賞
2011年度インディペンデント・スピリット賞監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス) 受賞
2011年度インディペンデント・スピリット賞脚本賞(ミシェル・アザナヴィシウス) ノミネート
2011年度インディペンデント・スピリット賞撮影賞(ギョーム・シフマン) 受賞