エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事(1993年アメリカ)

The Age Of Innocence

ゴメンなさい、マーチン・スコセッシ。僕にはこの映画の良さが、サッパリよく分からなかった・・・。

おそらく、本作はスコセッシなりにパーソナルな内容の映画であって、
かなりチャレンジングな企画だったのだろうと思うのですが、それにしても観ていて沸き立つものを感じない。

ジワジワと悲恋感を高揚させていくかのように、主人公の孤独を浮き彫りにして、
ある意味で“男の悲しい性(さが)”を、ある種の美学であるかのように描くのも、嫌味を感じさせない程度に上手く、
それでいて強いアメリカが作り上げられていく過程のアメリカで、上流階級の人間として生き抜く難しさ、
そしてどこか息苦しいような窮屈さ、精神的な孤独を描いているのも、重層的に描かれているようでドラマティックだ。

でも、どこかシックリ来ない。ヴィジュアル的な美しさ、テーマの重たさは分かるのですが、
どうにも映画が盛り上がらず、最後までスコセッシが最も強く描きたかったものが何であったのかが分からなかった。
正直、これが新人監督が撮った作品だというなら、話しはまた違ったかもしれないけど、スコセッシですからね。

作品の絶対評価は変わらないけど、やっぱりスコセッシの監督作品という色眼鏡はありますよね。
そう思って観ると、どうにもシックリ来ないのです。スコセッシの映画の持つ力って、こんなものじゃないはず・・・。

93年度のアカデミー賞で作品賞含む主要5部門でノミネートされましたが、
その多くを受賞することはできませんでした。まぁ、スコセッシの映画でも僕に合う・合わないはありますけど、
本作はどうしても作品の世界観に“入り込む”ことができずに、どこか集中力が散漫になってしまう。
ということは、僕の中で本作にそこまで惹かれる要素が含まれていない、と“決め付けて”しまっているのだろう。

本作の主人公ニューランドは、どれだけ仕事ができるのかは分からないけれども、
若くして法曹界で名を上げ、名門アーチャー家の家長として将来を約束され、上流階級の象徴のような存在。
この時代の多くの男たちがそうだったのかもしれないが、ニューランドは若く美しい婚約者がいながらにして、
幼馴染の伯爵婦人と不倫の恋に落ちる。いつしか婚約者もニューランドの心を疑い始めるわけですが・・・。

詳細は映画を観ていれば分かりますが、ニューランドは伝統を守る気はあまり強くはなく、
幼馴染の伯爵婦人のような自由主義なスタイルに憧れを持ち、権威を誇る周囲の上流階級の生活に飽き飽きしている。

大変興味深かったのは、このニューランドは結構俗っぽい人で一般人のようなところがあって、
伯爵婦人エレンに話しかけたい本音がありながらも、なかなか思い切っていけずに躊躇してしまう。
そこで彼がやったことは、船が通り過ぎる前に彼女が振り向けば声をかけに行く、という“賭け”をしたという。

上流階級に生きる人でもそういうことするんだ〜...と思ってしまいましたが(笑)、
こういう“賭け”をするという発想自体、実はラストシーンでも生かされる伏線であったと感じましたね。
また、“賭け”ようとエレンがいる窓を眺めようと、一瞬心が動いたようにも思えて、それでも沸き立つ心を抑えて、
路地のベンチから立ち上がるということは、「去り行く男の美学」を描いた瞬間であったと言っても過言ではないかも。

でも・・・僕には分からない。これだけ力があるっぽい映画なのに、
どこか上っ面だけの映画に見えてしまう。僕の心が穿った見方しかしていないせいもあるのでしょうが、
思わず、「スコセッシならもっと上手く出来ただろう・・・」と考えてしまった。それくらい、大事な何かが欠けている。

題材的にはスコセッシらしくない映画のようにも思えるメロドラマなんだけれども、
それでもしっかりとニューヨークを描いているのは彼らしい。いつもとは違った視点から描いたニューヨークですがね。

キャストとしては、主演のダニエル・デイ=ルイスは実に素晴らしいけど、なんだかハッキリしない男という感じ。
自由主義を謳歌する伯爵婦人を演じたミシェル・ファイファーも悪くはないけど、もっと個性の強い女優さんでも
良かったかもしれませんね。むしろ、ニューランドの婚約者のウィノナ・ライダーの方が目立っていたような気がします。

本音を隠して生きるということはツラいことではあるが、一方で相手の本音としては、
違う人を愛しているのだということを悟りながらも、表向きは相手を信じて、伴侶として過ごすというのもツラいものだ。
実際問題として、ニューランドは結婚前に彼女から「私は身を引くので、本命の方のところ行って」と忠告されている。
しかし、それでもニューランドは上流階級の人間として生きることを貫くためになのか、そんな心配を一蹴する。

ここでニューランドを見ていて、ホントに情けなく思えてくるのは、強がっていたのかもしれないが、
それだけ婚約者が心配して、その心配を全否定して結婚しようとするならば、最後の最後まで想いを封印して、
墓場へ持って行く覚悟を決めなよと思うのですが、彼にそこまで初志貫徹に貫き通せる精神力はないということだ。

そのせいか、中途半端に立ち振る舞って、伯爵婦人のことも忘れられないのだから、
エレンのことが話題に上がれば、ずっと挙動不審。挙句の果てには、我慢し切れずに会いに行っちゃうから呆れる。
これだけの図々しさと、精神的な弱さのおかげで、常に誰かが傷ついてしまうという構図になってしまうのですよね。

こう言っては申し訳ないが、ニューランドが仮にエレンとの恋に舵を切ったとしても、
彼のどこか煮え切らない性格的なところから、エレンと幸せになることもできなかったのではないかと思える。
本作のラストシーンなんかは、そんなニューランドの性格をよく反映したラストとなっており、的確なラストだと思う。

しかし、それでも僕にはどうしても本作の良さが分からない。
スコセッシが何をどう描きたかったのかがハッキリせず、恋心が燃え上がるという感じでもなく中途半端に映る。

但し、社交界の掟のようなものなのかもしれなせんが、他人のゴシップに花を咲かせ、
ナンダカンダ言って、他人の行動を監視するかのようによく見ているんだけど、その割りには密告したりはしない。
つまり、誰も正義感を基に噂話をしているわけではなく、あくまで興味本位というわけで、決して正そうとはしない。
ですから、ニューランドとエレンの不貞に誰しも勘付いていながらも、誰もそれを指摘しようとはしないわけです。

勿論、エレンが帰国する前のパーティーですから野暮な話しではありますけど、
それをニューランドも出席して、しかも席が隣り合って食事するという異様さは、誰が見ても明らかなはず。
ここで無関心を装うのが上流階級の嗜みとでも言わんばかりですが、この辺は少々、嘲笑的に描いていたのかも。

とまぁ・・・予想外なほどにスコセッシはメロドラマ寄りに映画を撮ったことに、少し戸惑った。
むしろ、スコセッシが新進気鋭の若手監督として期待されていた70年代の方が、時代に合ってたのかもしれない。

金はあるし、仕事もあって、生活にも余裕があって、異性関係にも困らない。
そんな上流階級に生きるとは言え、ある種の反骨精神がある人にとっては、人間関係は苦痛でしかないだろうし、
毎夜のごとく繰り返されるパーティーでリッチな食事をとれど、どこか息苦しく居心地が悪いと感じている。
そんなニューランドにとって、それでも上流階級の生活に“甘んじる”のはエレンと会える立場だったからだと思う。

しかし、いざエレンが離れれば、彼はある種の目的を見失ってしまったかのよう。
それでも実はニューランドの本音を悟り、黙って耐えていた妻の姿に気付き、彼はかつてないほどの感謝を思う。
これだけ聞くと、ニューランドという男のこの上ない自分勝手さが、この時代の男の象徴だったのかもしれないと感じる。

そんな、どことなく情けないニューランドという男を見事に体現するダニエル・デイ=ルイスは
言うまでもなく、この頃から俳優として群を抜いた実力を持っていることは明らかで、本作でも確かな仕事ぶりだ。

この映画の美術・装飾品の徹底ぶりはスゴいと思う。この辺もスコセッシはこだわったのかもしれない。
どういうわけか、ラストにスコセッシは“父に捧ぐ”とテロップを入れているので、多少なりとも本作で描いた
世界観にパーソナルな想いを込めていたのかもしれない。そうなだけに、目につく物へのこだわりの強さを感じる。
家の中のデザインにしても、上流階級の煌びやかな衣装もそうだし、古き時代のニューヨークの街並みも同様だ。

周囲に何も建物がない中、大きく立派な屋敷を構えている描写なども、実に印象的だ。
あれだけ荒れた土地にポツンと屋敷があるということは、持ち主は相当なリッチマンなはずですよね。

そういう魅力がある作品だとは思うけど、僕が最も本作でガッカリしてしまったのは、
基本的にナレーションに頼り過ぎていることです。しかも、そのほとんど必然性のないナレーションで、
ナレーターはキャストの誰かでもない第三者。ジョアン・ウッドワードがナレーションを務め、彼女が悪いわけではなく、
これだけ必然性のないナレーションを使い回したスコセッシの決断が、僕にはどうしても納得ができないのです・・・。

(上映時間137分)

私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点

監督 マーチン・スコセッシ
製作 バーバラ・デ・フィーナ
原作 イーディス・ウォートン
脚本 マーチン・スコセッシ
   ジェイ・コックス
撮影 ミヒャエル・バルハウス
音楽 エルマー・バーンスタイン
出演 ダニエル・デイ=ルイス
   ミシェル・ファイファー
   ウィノナ・ライダー
   リチャード・E・グラント
   ジェラルディン・チャップリン
   メアリー・エレン・トレイナー
   ロバート・ショーン・レナード
   メアリー・ベス・ハート
   ミリアム・マーゴリス
   スチュアート・ウィルソン
   ジョナサン・プライス

1993年度アカデミー作品賞 ノミネート
1993年度アカデミー脚色賞(マーチン・スコセッシ、ジェイ・コックス) ノミネート
1993年度アカデミー作曲賞(エルマー・バーンスタイン) ノミネート
1993年度アカデミー美術賞 ノミネート
1993年度アカデミー衣装デザイン賞 受賞
1993年度イギリス・アカデミー賞助演女優賞(ミリアム・マーゴリス) 受賞
1993年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> ノミネート
1993年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ドラマ部門>(ミシェル・ファイファー) 受賞
1993年度ゴールデン・グローブ賞助演女優賞(ウィノナ・ライダー) 受賞
1993年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(マーチン・スコセッシ) ノミネート