アジャストメント(2011年アメリカ)

The Adjustment Bureau

運命に引き寄せられるように出会った男女が衝動的に恋に落ちるものの、
それは運命ではないと、謎の“調整役”を名乗る男たちによる妨害工作を受けるSFサスペンス。

これはエンターテイメントとして、素直に面白かった。悪くない出来だと思います。
人気SF小説家のフィリップ・K・ディックの短編小説の映画化というだけあって、原作のファンも多いのだろうが、
これは運命の恋を巧みに描かれており、映画自体に適度なスピード感もあって、一気に駆け抜ける感じが良い。

ディープなSF映画ファンや原作のファンにとっては物足りない部分もあったでしょう。
僕はあまり前情報を入れないで観たので楽しめただけなのかもしれませんが、本作はSF映画としての側面よりも、
確かに恋愛映画としての側面の方が強くって、観る前の大方の予想を悪い意味で裏切るタイプの映画かもしれない。

まぁ、ただ、この映画はヒロイン役のエミリー・ブラントがオイシいところを全て持って行ってしまった印象。

映画の冒頭にある、トイレでの謎めいた最初の出会いにしても、どこか惹き込まれる魅力がある。
しかも当の本人が酔っているせいもあるかもしれませんが、謎に館内の警備員みたいな男たちに追われているようで、
それを楽しむようにかわして逃げていくという“去り際”が、主人公ノリスと同じように観客にも大きなインパクトを与える。

ラストの力技で解決してしまうのは、僕の中では今一つだったのですが、
本作でヒロインを演じたエミリー・ブラントは現時点でも、本作が彼女の出演作でも有数のインパクトでしょう。
『プラダを着た悪魔』でも重要な役どころではありましたが、本作では『プラダを着た悪魔』以上の扱いの大きさだ。
僕は本作のヒロインが彼女でなかったら、ここまで魅力的な映画には仕上がらなかったのではないかと思っている。

開き直って、僕は本作を恋愛映画だと思って観ていたので、
そうであれば、やっぱり主人公カップルに良い印象を残さなければならないし、他人から押し付けられる“運命”とやらに
負けることなく、2人が力強く自分たちの“運命”を作り上げていく様子を表現するわけが、その辺はキッチリできている。

どちらかと言えば、主演のマット・デイモンの方がミスキャストとギリギリの瀬戸際という感じがする。
映画のベクトルとして、一瞬、『ボーン・アイデンティティー』のようなアクション映画なのかと思わせられるのですが、
その方向で本作を観てしまうと、結構ツラい。だいたい、主人公ノリスは誰と闘うわけではないし、
映画の設定として、別にノリスを追い回す“調整役”がノリス本人や彼の知人に攻撃を仕掛けてくるわけでもない。

とは言え、『ボーン・アイデンティティー』でタフなアクション・シーンを多くこなしたマット・デイモンのイメージからすると、
どうしても本作は大人しく見えてしまって物足りなく感じるでしょう。こういった部分では対抗できる作品ではありません。

監督のジョージ・ノルフィは元々は、03年の『タイムライン』などで脚本を務めていたようで、
本作が監督デビュー作となりましたが、前述したように悪い意味で破綻した部分があるわけでもなく、
キチッとしたビジョンを持って映画を撮影していたことが分かりますね。僕はもっと監督すればいいのに・・・と思いますが。

それにしても、人間社会を監視している、言わば支配者のような連中の思い通りに、
人間がコマとなって動くように、“調整役”と名乗って、勝手に作り上げたシナリオを運命であるかのように
人間社会を操作しているなんて、冷静に考えたら怖いことですね。運命と信じて結婚したのも、実は仕組まれていた、
なんてことを考えると、妙に怖くなってします。“調整役”が頼りにしていた謎の地図をどう読むのかは分かりませんが、
これはこれで監視社会への皮肉ともとれます。この辺はフィリップ・K・ディックらしいストーリー構成ではあります。

まぁ、根っからのフィリップ・K・ディックのファンからすれば、物語のスケールの小ささが引っかかるのだろうなぁ。
同じ監視社会への皮肉を込めたメッセージがあれど、結局はコテコテの恋愛映画だったという帰結でしたので、
事前に期待していた物語と映画の世界観とは全くことなるものでしょうから、これは賛否が分かれるところだろう。

僕が観ていて気になったのは、あまり説明的な映画になってしまうのは嫌なんだけど、
本作は少々説明不足なまま通り過ぎてしまう部分が多くて、大事なところも消化不良で終わることかな。

そもそもの時間軸も分かりにくく、ノリスがヒロインと出会ってから、実は3年間も会っていないとか、
その理由やその3年間の間に何をやっていたのかなど、ほとんどすっ飛ばして気付けば3年後みたいな語りなので、
ここはもっとジックリ描いて欲しかった。そこにノリスの執念を感じさせることで、より再会の歓びが大きくなるのに。

そう、バスの中で偶然とは言え、ノリスがヒロインと出会えたことは、相当に嬉しかったはずだ。
映画の中では自然に再会を果たすのですが、ホントにノリスが3年間も追い求めていたのであれば、
彼女を見つけたときのリアクションはこんなものではないはずだ。その歓びの大きさ、ノリスの想い、ヒロインの想い、
随所に説明不足なところがあって、主人公カップルの愛情や絆の強さが試されているというのにも関わらず、
映画が盛り上がりに欠けるところがあるというのは、もう少し全体に少しずつ補足するだけで、だいぶ変わるはずだ。

そう思って観ると、“調整役”の偉い人を演じたテレンス・スタンプが登場してきた後、
ノリスが膝を捻挫したヒロインを病院へ連れて行き、苦渋の選択をするシーンにしても、なんだか勿体ない。

そもそもですが...明らかに2人が愛が試されているのに、
突如として「身を引いた方が・・・」とノリスが立ち去ってしまう精神的な弱さが、なんとも微妙なところですね。
尻込みしたのか、なんなのか分かりませんが、ここはノリスのもっと強い精神性を象徴させた方が良かったと思う。

しかし、どれもこれもジョージ・ノルフィの初監督作品ということで、贅沢は言えないでしょう。
返す返すも、よく頑張ったと思います。細部はともかくとして、やっぱり映画のスピード感が素晴らしい。
主演のマット・デイモンも数少ないアクション・シーンとしては、ビルの中を所狭しと走り回るのが良い。
こういうシーンを観ちゃうと、『ボーン・アイデンティティー』を思い出させられますが、本作はやっぱり控え目(笑)。

おそらくジェイソン・ボーンと被って観られがちになるということを、嫌った面もあるのでしょう。

まぁ、アクションを期待していた人にとっては、ノリスと“調整役”の攻防を観たかった人も多いだろうが、
基本的この映画で登場する“調整役”はノリスの敵というわけではなく、ノリスの人生を操作する存在であり、
ノリスにとっては邪魔者であるという設定なので、お互いに闘わないという設定が逆に僕には新鮮に感じられました。

しかし、いくらノリスが大統領になるべき素質のある人物で、それが運命だからって、
事ある毎に“調整”が入って、人生のレールが決められていくというのは嫌だなぁ。ましてや彼は家族の人生までもが
“調整”の対象とされてしまっていて、それが彼の運命ということにされてしまうのだから、とても残酷なことだと思う。

先の人生は分からない方が面白し、自分が未来を作り上げていく、
つまり未来の可能性は無限大に広がっている方が、生きる意味というものを感じる。恋愛にしても同様でしょう。

未来は無限大に広がっているから、別に運命なんてものは無いのかもしれないけど、
それでも強く引き寄せられたかのように結び付けられたから、後付けで「これは運命だった」と言えるくらいが丁度良い。
だからこそ、“調整役”の連中から何とかして運命を変えようと、様々な妨害工作を受けながらも奮闘するのが面白い。
これは運命のままに生きようとしているのか、運命を変えようとしているのか、よく分からないがこの設定は面白い。

ただ、この映画の場合はまるでSFアクションであるかのような宣伝の仕方が悪かった。
これはあくまで恋愛映画として観た方が面白い。それでも賛否はあるだろうが、少なくともアクションではないですよね。

フィリップ・K・ディックの世界観を的確に表現した作品とまでは言えないけれども、
新感覚の恋愛映画として、個人的にはもっと評価されても良かったのではないかと思っています。
ただ、細かいところにツッコミどころが散見されるので、いろいろと整合性を求めてしまうと、苦しいかもしれません。

(上映時間105分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ジョージ・ノルフィ
製作 マイケル・ハケット
   ジョージ・ノルフィ
   ビル・カラッロ
   クリス・ムーア
原作 フィリップ・K・ディック
脚本 ジョージ・ノルフィ
撮影 ジョン・トール
編集 ジェイ・ラビノウィッツ
音楽 トーマス・ニューマン
出演 マット・デイモン
   エミリー・ブラント
   アンソニー・マッキー
   ジョン・スラッテリー
   マイケル・ケリー
   テレンス・スタンプ
   ローレンス・レリッツ
   ジョン・スチュワート