偶然の旅行者(1988年アメリカ)

The Accidental Tourlist

愛する息子を強盗事件により失い、夫婦生活もすっかり冷え切った中年男が別居に踏み切り、
妻とは全く別のタイプの積極的なシングルマザー、ミュリエルと恋に落ちる姿を描いたヒューマン・ドラマ。

監督は『白いドレスの女』、『再会の時』、『シルバラード』で評価されたローレンス・カスダン。
今回も丁寧かつ丹念に、正攻法な演出で実に良くトリミングされた映画に仕上げています。

まぁハッキリ言うと、ローレンス・カスダンの映画っていつもそうなのですが、
表面的には単調な感じで、派手さがないため、退屈な映画に映るかもしれません。
実際、僕もこの映画の前半は特に微妙な感じで、主人公のメーコンの性格を反映したように、
映画自体も煮え切らないグレー・ゾーンな映画でしたので、今一つノリ切れない感じでした。

しかしながら、映画の後半でメーコンの妹の結婚式のシーンで
それまで一見すると、バラバラだったエピソードの全てがつながったような気がして、
思わずドキッとさせられた。このシーンにはメーコンの優柔不断な感情が凝縮されています。

メーコンはミュリエルと共に同席し、メーコンの妻サラは招待され一人で出席。
ミュリエルとの同棲生活に踏み切ったメーコンの心の何処かにそんな新生活に戸惑いがあり、
メーコン自身にも迷いがある中で、精神的に明るくなったように見えるサラと会う。
そこでメーコンは思うわけです。「このままサラとの生活に戻った方がいいのかも・・・」と。

もっとも、この二人。結婚生活に三行半を突きつけたのはサラの方だったのですが、
メーコンは別居に反対していた立場でした。ところが、ミュリエルと出会い、
新たな愛を知ったメーコンは失った息子を生き映すようなミュリエルの息子にも愛を注ぎ込みます。
しかしながら、メーコンは優柔不断な男。ミュリエルとの生活にも迷いが無かったわけではありません。

そうであるがゆえ、メーコンはサラとの会話に戸惑うのです。
何故なら、別居をしていながらも離婚はまだ。オマケに自分はミュリエルと恋人関係。
そしてサラはまだ恋人がいないと言う。そんな言葉を交わしたときのサラが気丈に映り、
メーコンはおそらく気まずい空気を感じてしまったと思うのです。

極論、この映画はこの一連のシーンを映すためだけに、
延々と映画の前半で一見すると、何の脈絡もないと思われるぐらい乱雑にエピソードを積み重ねます。

まぁそれはともかく、ひじょうに穏やかな表情の映画に思えますが、
メーコンの頭の中ではいろんな考えが錯綜し、更にいろんな想いが胸に充満します。
そうであるがゆえ、メーコンが優柔不断な性格なのですよね。この設定が映画の後半で活きてくるのです。

メーコンは映画の最後まで2人の女性の間で右往左往します。
なんか羨ましい悩みのようにも感じますが、メーコンにとってはとても重大な問題なのです。
それは彼の優柔不断さを理由に、サラから別居を突きつけられ、ミュリエルともケンカをしています。

メーコンの恋愛は紙一重かもしれないなぁと思うんですよね。
確かにメーコンが言うとおり、子供を失って約1年間、言わば冷却期間を耐え忍び、
生活の基盤が変わらないのだから、メーコンとサラは別居しなければ、そのまま続いたかもしれない。
ミュリエルとの恋愛も、ミュリエルがあそこまで積極的でなければ、
ほぼ間違いなくメーコンは彼女を愛したりはしなかっただろう。

だから決して「運命的な恋愛」を描いているわけではないんですよね。
あくまでタイトル通り、「偶然」を強調しているわけなのです。

この作品での好演でジーナ・デービスはオスカーを獲得しましたが、
この作品の場合は彼女の撮り方も上手かったですね。見事に彼女の魅力を引き出しています。
登場してからずっと、やけにメーコンに対して積極的な彼女ですが、そんな彼女の“押し”の強さが、
撮り方の工夫によって、より強調された形となっていますね。より存在感が増している気がします。
おそらくもっと下手に撮っていたら、彼女はここまで光らなかったでしょうね。

最近はローレンス・カスダンはめっきり監督作が減り、
日本でも彼の監督作が話題になるようなことが無くなってしまいましたが、
まだ落ち込んでしまうようなディレクターではないと思うんですがねぇ。
03年に『ドリームキャッチャー』を発表しましたが、あれは彼らしくない作品で残念な結果でした。

優柔不断なメーコンは80年代は主演作の多かったウィリアム・ハート。
思えば『蜘蛛女のキス』でオスカーを獲得するなど、80年代の彼は凄い活躍でしたね。
『ブロードキャスト・ニュース』など良質な作品に数多く出演し、選球眼も良かったように思います。

まぁ何にしてもクオリティの高い映画です。
退屈に感じ易いタイプの作品かとは思われますが、年齢と共に感じ方の変わってくる作品だと思う。
こういう映画こそ、意外にも記憶に残り続ける作品だと思いますね。

(上映時間121分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ローレンス・カスダン
製作 チャールズ・オークン
    マイケル・グリロ
    ローレンス・カスダン
原作 アン・タイラー
脚本 ローレンス・カスダン
    フランク・ガラチ
撮影 ジョン・ベイリー
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演 ウィリアム・ハート
    キャスリン・ターナー
    ジーナ・デービス
    エイミー・ライト
    エド・ベグリーJr
    ビル・プルマン
    ロバート・ゴーマン

1988年度アカデミー作品賞 ノミネート
1988年度アカデミー助演女優賞(ジーナ・デービス) 受賞
1988年度アカデミー脚色賞(ローレンス・カスダン、フランク・ガラチ) ノミネート
1988年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞