アビス(1989年アメリカ)

The Abyss

後に『タイタニック』を撮ったジェームズ・キャメロンの、海を舞台にしたパニック・サスペンス。
どうやらジェームズ・キャメロン自身が高校生のときに考えていたストーリーをオリジナルとした作品らしい。

劇場公開版では140分になっていますが、後にリリースされたビデオやDVDでは30分を追加した、
完全版として鑑賞することができて、さすがにチョット長いが見応えはしっかりとしたSF超大作と言っていい。

本作製作当時は特撮を担当したILMでも、液体をCGで表現することが難しかったらしく、
実質的に本作が初めて、液体の質感をCGで表現することにトライした作品で、確かにこの映像には驚愕する。
今では当たり前の映像表現ですが、当時としては極めて画期的で革新的な映像感覚だったと言っても過言ではない。

この完全版は良いんだけど、敢えて最初に苦言めいたことを言うなら、
このラストはまるでスピルバーグの『未知との遭遇』をパロディしたような感覚で、しかもテレビのニュースを
サブリミナルのように幾重にも重層的に流して、知的生命体が人類に向けて警鐘するようなメッセージを流すなど、
この辺は妙に社会性を持たせようとしている感じで、どこか説教クサい。そして、それが映画にマッチしていない。

個人的にはそれまでの素晴らしい映画の世界観を阻害しているように観えて、どうにも馴染めなかった。

おそらくですが、当時のプロダクションもこのメッセージ性の強いラストを観て、賛否が分かれることを危惧して、
大胆に編集して30分ほどカットしたものを劇場公開版としたのではないかと思う。具体的な台詞では語られないけど、
ラストのニュース映像から続く、知的生命体の“表情”からすると、少々説教クサい部分があるのは否めないし。
これは当時の映画会社が嫌ったような気がするし、僕は結果的に後々完全版としてリリースしたのは良かったと思う。

しかし、それでも実に感動的なファンタジーであり、サスペンスであり、SF映画であると思う。
これはジェームズ・キャメロンにとっても、彼がやりたかったことを明確に映像として示した作品であり、
これを実現させたプロダクションの後押しもスゴいと思う。こういうのを観ると、ハリウッドには敵わないことを実感する。

この映画は大雑把に言うと、三部構成になっていると思います。
@深海に沈没した原潜の捜索にでるまで   Aコフィの暴走   B“ディープコア”の帰還
という展開になっていて、流れとしては極めて単純明快で整頓されているのですが、それぞれに見応えがある。
前述したように、完全版ではBのエピソードで延々と人類への警鐘が描かれるのですが、ここが少々クドい。

ホントにこの警鐘を、ジェームズ・キャメロンがどこまで描きたかったのかは分かりませんが、
無理に社会性あるテーマに肉薄しようとしない方が、本作の場合は良かったでしょうね。悪い意味で、説教クサい。

せっかく、「コフィの暴走」でどこか狂気じみたスリルあるサスペンス劇で緊張感ある画面にして、
その余波のせいで海底に落ちてしまった核爆弾を追って、エド・ハリス演じるバージルが命がけで頑張って、
スゴく真に迫った映画になったのに、このラストのニュース映像が流れる説教クサさが僕にはどうにも合わなかった。
本作はおそらくジェームズ・キャメロンにとって、思い入れの多い映画ではないかと思うのですが、ここは彼らしくない。

なので、約30分はカットされた劇場公開版の方が映画はスッキリしていて、良いのではないかと感じてます。
(と言うのも、現在リリースされているのは完全版なので、オリジナル劇場公開版は観れていない・・・)

本作の僕の中でのハイライトは、やっぱり「コフィの暴走」の余波で起こるバージルの妻リンジーが
冷たい深海を潜水している間に低体温で意識を失い、“ディープコア”に戻ってきた後にバージルが
必死になって彼女の蘇生を試みるシーンでしょう。僕も救急救命の一環のAEDの取り扱いに関する講習を
受けたけれども、形式的なところのある研修とは違って、(当たり前だが)迫真を追求した大熱演で心揺さぶられる。

電気ショックでもビンタしても、蘇生できない絶望的な状況の中でのバージルの必死の叫びは
本作の中でも最もエモーショナルなシーンで、これはこれで賛否があるとは思うが、僕には最もインパクトがあった。
ジェームズ・キャメロンもこんなシーンが撮れるのだと感心してしまったのですが、その後もまだ約1時間あった(笑)。

まぁ、エド・ハリスの表現力がスゴいシーンではあるのですが、この空気感を演出できたジェームズ・キャメロンも
快心のシーンだったと思うし、この映画が並みのSF映画で終わらせなかった所以でもあると思いましたね。

キャストとしては、やはり軍司令部からの命令に基づいて、沈没した原潜から核弾頭を回収し、
終いには神経症状を呈し始め、元来の性格であるソ連に対する異様なまでの敵対心から暴走し始めて、
やがては“ディープコア”のクルーたちを武器で脅し閉じ込め、回収した核弾頭を使って先制攻撃を考え始める、
コフィ大尉を演じたマイケル・ビーンが印象的だ。彼は『ターミネーター』に続いて、ジェームズ・キャメロンに起用された。

キャラクター的には少々、ステレオタイプなところがあることは否めませんが、
それでもこういう役にマイケル・ビーンはピッタリですね。腕っぷしも強そうなので、軍人っぽく見えるし(笑)。
完全に精神を病んで、少しずつ狂気じみた部分を表に出し始める過程が上手く、素晴らしいキャスティングでした。

個人的には『未知との遭遇』を模倣したとしか思えない終盤ではあったのですが、
それでもバージルが謎の生命体に接近するというエピソードは悪くはないと思った。デザインがいかにも・・・だけど。
ジェームズ・キャメロンも試行錯誤した展開だったのかもしれないけど、海というのが本作の大きなテーマなので、
彼にとっては深海という過酷な環境で、地球外生命体と接近するということ自体に大きな意味があったのでしょう。
まぁ、そんな簡単に船外に出て泳げるのか?という疑問はあるけど、海の世界をとても美しく撮影している。

そして、何と言っても“ディープコア”の船内の描写では、次々とパニックがクルーたちを襲うかのようで、
船内であれやこれやと動き回り、迫りくる水から逃げ、なんとかハッチを閉めるといったシーンなど、
時に緊張感ある演出があって、まるでゲーム感覚のような面白さがある。これも本作の大きな特徴ですね。

こういう演出をさせたら、やっぱりジェームズ・キャメロンは上手いですね。ナンダカンダで人間が最も怖いのですが。

ちなみに劇中に登場する、謎の液体で肺を満たして、その液体に溶け込んだ酸素を使って呼吸するという、
信じられない技術が描かれますが、これは人体には応用されなかったものの、実は動物実験レベルでは
かつて研究されていたことで、潜水時の呼吸などに応用するために研究されていたらしいけど、これはスゴいことだ。

呼吸では二酸化炭素を排出するので、この二酸化炭素をどうするか?ということが一つ課題だったようだ。
そこで酸素も二酸化炭素も溶ける、パーフルオロカーボンを使うことで実験動物の生存率は飛躍的に向上したらしい。

肺を液体で満たすということだから、スゴい苦しそうだけど、安全に使えるようになって
実用化できたら、正しく革命的な発明になりそうですね。個人的にはこういう研究は止めて欲しくないなぁ。
上手くいかなくとも、将来的に違う発明の礎となる可能性もあるわけで、何があるか分からないですからね。
少々大袈裟かもしれませんが、水の中で呼吸できるわけですからね。実現したら、その恩恵が大きい発明です。

前述したように、この映画は心肺停止状態に陥ったリンジーを
夫のバージルが必死になって蘇生を試みるシーンから、心揺さぶる展開で映画がグッと良くなってくるのを実感する。
映画の冒頭から、バージルとリンジーの夫婦は既に破綻していて、お互いにケンカばかりしている姿を描くが、
心の奥ではお互いに信頼があり、愛し合っているのは間違いない。そんな夫婦の絆をも取り戻す“奇跡”を描くが、
これは全く科学的でもなんでもない、そんなことを超越した世界を描いている気がするが、それはそれで感動する。

全ては、ジェームズ・キャメロンの熱意が画面に乗り移ったからこそ、
現実ではありえない“奇跡”を心揺さぶるものとして描くことができているのだろう。それくらい力のある映画だ。

正直、本作は商業的成功を収めたとは言い難い結果に終わってしまいましたが、
それでもジェームズ・キャメロンの飽くなき探求心と、初心を描いた映画でもあり、彼の原点なのかもしれない。
実に壮大なスペクタクル・ロマンと言っていい作品であり、是非ともスクリーンで観たかった作品でもあります。

今は完全版がメインなので3時間近くあって、根気のいる作品ではありますが...
SF映画ファン、特にジェームズ・キャメロンの監督作品が好きな人であれば、必見の一作と言えるでしょう。

(上映時間140分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ジェームズ・キャメロン
製作 ゲイル・アン・ハード
脚本 ジェームズ・キャメロン
撮影 ミカエル・サロモン
特撮 デニス・ミューレン
   ILM
音楽 アラン・シルベストリ
出演 エド・ハリス
   メアリー・エリザベス・マストラントニオ
   マイケル・ビーン
   キャプテン・キッド・ブリューワーJr
   レオ・バーメスター
   トッド・グラフ
   ジョージ・ロバート・クレック
   ジョン・ベッドフォード・ロイド
   クリストファー・マーフィ

1989年度アカデミー撮影賞(ミカエル・サロモン) ノミネート
1989年度アカデミー美術監督賞 ノミネート
1989年度アカデミー美術装置賞 ノミネート
1989年度アカデミー視覚効果賞 受賞
1989年度アカデミー音響賞 ノミネート