愛と追憶の日々(1983年アメリカ)

Terms Of Endearment

1983年度アカデミー賞で主要9部門でノミネートされ、作品賞を含む5部門を受賞した作品。

名匠ジェームズ・L・ブルックスが最初に評価された作品であり、
色々な意見があるかとは思いますが、僕はこの映画、実に優れた良質なドラマだと思います。
多少なりとも奇異に見えるエピソードもあるでしょうが、この映画が描いたことは“ありのまま”ということ。

確かに元宇宙飛行士とは思えない中年オヤジのギャレットと、
一人暮らしで頑固な未亡人オーロラとの熟年恋愛も、純粋な気持ちで観るのは難しいかもしれないし、
いくら大学で教鞭をとる夫に不倫されたからと言って、簡単に銀行員と浮気する娘のエマの気持ちを
共感的に観ることはキビしいかもしれない。しかし、これらも含めて“ありのまま”ということなのだと思う。

得てして、人間とは不完全なもの。完璧な人間などいないと思います。

決して美化せずに、不完全さが人間であると言わんばかりに描き、
それでいて感情的には親子の愛を中心に、何かを失うということに力点を置いている内容になっています。
「失ってから気付く・・・」ということはよくある話しですが、人間にとって喪失とは、とても大きな出来事だ。
だからこそ、「失ってから気付く・・・」ということが多いわけで、それが人間の成長につながることもあれば、
悔んでも悔み切れない大きな後悔となることもある。しかし、それでも人は生き続けなければならないのだ。

今では、よく年をとった娘と、年老いた母が仲良く過ごすということがよく見られるが、
いがみ合いながらも、ある意味ではいつまでも親離れ・子離れできないというくらいに仲が良い親子関係で、
だからこそケンカをすれば長く対立し、それでもお互いに深い愛情で結ばれた、これはこれで素敵な親子だ。

この映画は、ラストの展開がいわゆる“お涙頂戴”と解釈される向きも分からなくはないのですが、
僕はこの映画で優れた視点だったなぁと感じているのは、育ち盛りの子供をどうするかという選択を迫られる、
というあまり酷な現実を描いているという点です。この手の映画は70年代以前にもあったとは思いますが、
家族の選択をエマのような立場で行うという点で、胸が張り裂けんばかりのこの状況は映画では扱ってこなかった。

それを真正面から堂々と描いたというのは、ある意味で挑戦だったのではないかと思う。
(勿論、原作にこうあったので描いたのだろうが、映画的に描くことが難しい内容でもあるので・・・)

映画は時間軸に関する説明が、かなり不親切なので、この点はマイナス要素なのですが、
主にはエマが結婚する直前から、結婚して子供が3人生まれて、長男が10歳になるくらいまでですので、
長く見積もっても、約15年にも満たないくらいの、成長した娘と未亡人の母の視点を中心に描いています。

まるで友達のような親子で、お互いの恋愛についても明け透けに話しをするし、
結婚してからも毎日のように長電話。近くに住んでいて、ちょいちょい会っていても、そんな感じですので、
母と娘とは言え、ホントに長年苦楽を共にした同士というか、普通の親子関係を超越したものなのかもしれない。

オスカーを獲得したベテラン女優、シャーリー・マクレーンは相変わらずのチャーミングさですが、
それでも容姿が年老いていく中で、自分に孫ができたということも未だ受け入れられない難しさを抱えながら、
年をとっても尚、若い頃のように感情を抑えられず、文字通り“ありのまま”の彼女でぶつかり続ける姿を演じます。

特に映画のクライマックスで、「早く終わった方が、苦しくなくなる・・・なんて思っていたのに」と
哀しみの涙にくれる台詞は、何度観ても、心に刺さるものがあり、この映画のハイライトと言っても過言ではないでしょう。

そういう意味でも、それからアクの強いジジイを演じたジャック・ニコルソンのような、
見るからにプレーボーイ気取りのどうしようもないジジイに負けずに渡り合える女優と言えば、
当時はシャーリー・マクレーンぐらいしかいなかったでしょうね。これはベストなキャスティングだったと思う。
どうも、撮影当時はデブラ・ウィンガーとも衝突していたみたいですが、まぁ・・・シャーリー・マクレーンには
誰も勝てないですよね。何せ、55年のヒッチコックの監督作品『ハリーの災難』から、映画に出演しているのですから。

ジャック・ニコルソン演じるギャレットはギャレットで、実に複雑なキャラクターだ。
本質的には、年をとってもいつまでも若い女の子を中心に、女性と追いかけたいという欲望に忠実に生きながらも、
かつての栄光にすがって宇宙飛行士としての誇りも忘れたくはないようで、宇宙飛行士の集まりに行くと心苦しい。

酔っ払って、ハッキリ言って、みっともない醜態をさらしてでも、若い女の子をナンパしたい。
そんな彼だからこそ、隣人の未亡人で同世代っぽいオーロラにも興味はある。

いざ、オーロラと親密な関係になると、今度は近づき過ぎないように逃げる準備を始める。
典型的なプレーボーイの生き方ではありますが、そんな生きざまに彼自身もどこか寂しさを感じていて、
映画の終盤では、人間らしい振る舞いを見せ始めます。これはこれで、人間の成長なのかもしれません。

ギャレットを演じるジャック・ニコルソンも彼自身、2度目のオスカーを獲得しましたが、
それは勿論、良い。これは名演技だ。70年代に入ってから俳優として評価されるようになりましたが、
この頃には既に重鎮感が漂っている。彼の相手役にシャーリー・マクレーンを引っ張り出さないといけないくらい、
ギラギラした個性で、ギャレットが登場した途端に映画のテンションが変わると言っても過言ではないくらいだ。

何度観ても、映画の後半にある、ギャレットがオーロラをランチに誘って、
その帰りに浜辺をギャレットの適当な運転で疾走し、ギャレットが放り出されるシーンは名シーンだ。
映画全体を観通すと、ハイライトとは言い難いものの、このシーンだけが突出して素晴らしい突き抜け方だ。

それから善意に満ちた銀行員を演じたジョン・リスゴーも印象的だ。
彼は悪役を演じることも多いので、思わず何か裏に何か魂胆があるのではないかと思えてしまうが(苦笑)、
やってはいけない最低のことをしてはいるのだが、一方でエマに本気の想いを寄せる姿が、少しばかりプラトニック。

ジェームズ・L・ブルックスの演出は極めて丁寧に描いており、
やはりドラマ部分の演出の手腕に関しては、監督デビュー作である本作から非凡なものを示している。
個人的には87年の『ブロードキャスト・ニュース』の方が良く出来た映画だとは思うけれども、
本作も優れた、レヴェルの高い作品だとは思う。ややもすると文芸路線に入りそうな内容ではあるのだけれども、
あくまでアメリカの中流家庭の通俗的なエピソードを中心にして、全体に重たくなり過ぎない配慮があるのも良い。

残念ながら日本では、さほど有名な映画監督にはならなかったが、
ジェームズ・L・ブルックスは映画全体のバランスをとることにかけては、ハリウッドでも有数の感覚の持ち主と思う。

少々、エピソードを盛り込み過ぎた感が無くはないのですが、
ケンカしながらもお互いに信頼し合い、愛し合う親子を軸に、実に上手く映画を構成できている。
そういう意味では、完成度は高い作品だと思います。キャスティングに助けられた作品でもありますが、
それだけ映画にとって、キャスティングは重要な要素であることをあらためて実感させられる作品だとも思います。

エマを演じたデブラ・ウィンガーは前年の『愛と青春の旅立ち』に続いて、本作は彼女の代表作になりましたね。
結婚前のエマから、3人の子供の母親となり、無念ながらも覚悟を決める姿を演じるには、難しかったことでしょう。

病院で冷静さを失うシャーリー・マクレーンも良いけど、
僕はこの難しい役柄を見事に演じ切ったデブラ・ウィンガーはもっと評価されても良かったと思う。
この頃の彼女は、メリル・ストリープに続く実力派女優として羽ばたく可能性を秘めた存在だったと思います。

(上映時間132分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ジェームズ・L・ブルックス
製作 ジェームズ・L・ブルックス
原作 ラリー・マクマトーリー
脚本 ジェームズ・L・ブルックス
撮影 アンジェイ・バートコウィアク
音楽 マイケル・ゴア
出演 シャーリー・マクレーン
   デブラ・ウィンガー
   ジャック・ニコルソン
   ジェフ・ダニエルズ
   ジョン・リスゴー
   リサ・ハート・キャロル
   ダニー・デビート
   ベティ・R・キング
   ケイト・チャールソン

1983年度アカデミー作品賞 受賞
1983年度アカデミー主演女優賞(シャーリー・マクレーン) 受賞
1983年度アカデミー主演女優賞(デブラ・ウィンガー) ノミネート
1983年度アカデミー助演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1983年度アカデミー助演男優賞(ジョン・リスゴー) ノミネート
1983年度アカデミー監督賞(ジェームズ・L・ブルックス) 受賞
1983年度アカデミー脚色賞(ジェームズ・L・ブルックス) 受賞
1983年度アカデミー作曲賞(マイケル・ゴア) ノミネート
1983年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1983年度アカデミー音響賞 ノミネート
1983年度アカデミー編集賞 ノミネート
1983年度全米映画批評家協会賞主演女優賞(デブラ・ウィンガー) 受賞
1983年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1983年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1983年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞(シャーリー・マクレーン) 受賞
1983年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1983年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
1983年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演女優賞(シャーリー・マクレーン) 受賞
1983年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1983年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(ジェームズ・L・ブルックス) 受賞
1983年度ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞(ジェームズ・L・ブルックス) 受賞
1983年度ゴールデングローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1983年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ドラマ部門>(シャーリー・マクレーン) 受賞
1983年度ゴールデン・グローブ賞助演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1983年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(ジェームズ・L・ブルックス) 受賞