旅情(1955年イギリス)

Summertime

これは実に美しくも、味わい深い素晴らしいフィルムだ。

中身が中身なだけに、古典的なまでのメロドラマ調の映画が好かない人には不評かもしれませんが、
個人的にはこれは何度観ても、大傑作と言っても過言ではない出来だと思うし、
後に『アラビアのロレンス』を撮ることになる、イギリスを代表する名匠デビッド・リーンの序章的作品としても、
ハリウッドを代表する名女優キャサリン・ヘップバーンを立ててでも、ヴェネツィアという美しくも異国の地の
抜群のロケーションを存分にフィルムに焼き付けることに執念を燃やしたという意味でも、実に興味深いところです。

僕が思うに、デビッド・リーンはロケ撮影の天才だと思うのですが、
当時として最先端を行っていたであろう、テクニカラーの技術をもってしてでも、
ただ撮影しただけでは、この美しさをフィルムに残すことはできなかったであろうと察します。

本作なんかは、おそらく入念に事前調査をしていたのだろうし、
実に根気強く、天候や光の差し具合を待ち、正しく最高の条件を揃えて撮影を敢行したように見えます。

本作の場合は、ストーリーよりもこの作り手のとてつもない執念です。それを称賛したい。
この映画のことを観光映画などと揶揄する論調もあったようですが、僕としてはそれに断固して反対したい(笑)。

確かに美しいイタリアの都市、ヴェネツィアの神秘さ、街の魅力を伝えることに
映画の作り手は余念がなく、明らかにヴェネツィアという街の力を映画の武器の一つにしている。
そして、映画はヴェネツィアを舞台にしたからこそ、これだけ魅力的で美しいフィルムになった。それは間違いない。

ただ、前述したようの作り手のその執念がもの凄いものだと思う。
本作は“光”の映画と言っていい。当時のカラー撮影の最先端を行っていた、テクニカラーの技術を使い、
徹底したロケハンと根気強く採光にこだわったロケ撮影で、実に見事な画面の色使いとなっている。
対照的に、僅かにある夜のシーンになると、一転してどこか不夜城な雰囲気の街の表情を演出している。
これは全て、“光”の使い方によるものであり、デビッド・リーンの徹底したこだわりが感じられる作品だ。
(事実、生前のデビッド・リーンは本作が一番お気に入りの出来の映画であるとコメントしている)

また、オールドミスのヒロインを演じたキャサリン・ヘップバーンがまた良いんです。

映画の設定では38歳だそうで、その年齢でオールドミスなんて言ったら、
今の時代感覚では失礼極まりないと怒られそうですが、彼女の表現力はハリウッド女優としてのプライドを感じます。

撮影当時、彼女は既に40代後半だったので、
正直言って実年齢とはあまり合っていない役柄であったのですが、それでもどこか自分を出したくても、
出し切れない少女のような純真無垢さを感じさせる瞬間的な表情や、一方で気の強さで押し切る芝居など、
あらゆる表情をある一定の一貫性を持って演じ切ることができたのは、当時でも彼女ぐらいだったでしょうね。

映画にもある、ヴェネツィア市街地の運河に転落してしまうシーンで、
キャサリン・ヘップバーンは実際に目の細菌感染症にかかってしまったようで、実はその感染症は
晩年まで持病として闘い続けていたらしいのですが、そんなアクシデントにも負けずに最後まで演じ切りました。

映画は長距離列車がヴェネツィアに入るシーンに始まり、
そして同じく長距離列車がヴェネツィアから出発し、街から離れていくシーンで終わります。
あまりに呆気ないラストのようにも見えますが、僕には逆にこのラストが新鮮に映りましたねぇ。
やっぱりデビッド・リーンの映像作家としての感覚は凄かったのだと、このラストを観て、そう感じました。
具体的にこれが凄いと、言葉で示すことはなかなか難しいのですが、この起承転結をハッキリとさせたかのような、
本作のラストは実際に映画を観て、できるだけ多くの方々に味わってもらいたいと思っています。

僕は残念ながらイタリアへ行ったことがないし、当然、ヴェネツィアにも行ったことがありません。
でも、体調さえ良ければ、ヴェネツィアは是非行ってみたいと、実はそう思ってるんですね。
本作を最初に観た時から、思わずそう憧れてしまうくらいの説得力が、本作にはあります。

また、どこか胡散クサいロッサノ・ブラッツィ演じる、現地の伊達男が良い(笑)。
趣味でやってるかのような骨とう品を扱う土産品店の営業は、下っ端に任せておきながらも、
お気に入りの女性が店に来ようものなら、もうクドき落とすことしか考えていない(笑)。
さすがはイタリア男、不道徳な言い方をすると、自分が結婚しているとかいないとか、まるで考えちゃいません。
となると、ターゲットとなる女性の家庭とかも、まるで意識せずに女性を追いかけ回すのだろうと言わんばかりの演出で
ハッキリ言って、これをまともに観ちゃうと、イタリア人の男性から抗議を受けるのではないかと心配になるぐらい、
他所の国から見た、ある種、偏見的なニュアンスすら感じさせるんですが、僕はそういうことは考えないことした(笑)。

この映画は、このロッサノ・ブラッツィの胡散臭さと、
如何にもイタリア的なノリと先入観的に思えてしまう、その軽さが映画を支えていることも事実だと感じるからです。

これは映画史に残る傑作と言っていい名画だと思います。
日本では巨匠扱いはされていますが、どこか知名度が高くはないような気がするデビッド・リーンですが、
本作と『アラビアのロレンス』、『戦場にかける橋』など、50年代から60年代にかけては
映画史に残る傑作を次から次へと発表している。この時期は正に神懸かり的な創作期と言えますね。

まぁ・・・本作は当時のイタリア以外の国から見た、
ヴェネツィアに対する憧れを象徴した作品なのかもしれませんね。元々は舞台劇だったようですが、
何せイギリス人の映画監督が、アメリカはハリウッドの大女優を引き連れてヴェネツィアに乗り込んで撮影したわけで、
撮影スタッフからすれば、勝手の違う異国の地での撮影ということでした。映画を観る限り、現地ヴェネツィア側も
撮影には協力的だったようで、次から次へとヴェネツィアの観光名所がロケ場所として、登場してきます。

そういうところを見ちゃうと、観光映画に映っちゃうことは当然のことなのかもしれませんね。
でも、僕としては本作、それだけで終わっちゃうのは実に勿体ない鑑賞だと思います。

是非、このフィルムの美しさ、そして異国の地での恋愛のテイストを味わってもらいたい。
個人的には指折りに入る大傑作と感じていて、これはデビッド・リーンとしても手応えのある仕上がりだったでしょう。

(上映時間100分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 デビッド・リーン
製作 イルヤ・ロパート
脚本 H・E・ベイツ
   デビッド・リーン
撮影 ジャック・ヒルデヤード
音楽 アレッサンドロ・チコニーニ
出演 キャサリン・ヘップバーン
   ロッサノ・ブラッツィ
   イザ・ミランダ
   ダーレン・マクギャビン
   ジェーン・ローズ

1955年度アカデミー主演女優賞(キャサリン・ヘップバーン) ノミネート
1955年度アカデミー監督賞(デビッド・リーン) ノミネート
1955年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(デビッド・リーン) 受賞