異人たちとの夏(1988年日本)

風間 杜夫に特殊メイクを施して、妖怪のようになった顔を鏡に映したり、
名取 裕子の傷だらけになった胸を露にさせて、エクソシストのように暴れさせたり、
どうやら大林 宣彦はホラー映画的側面にこだわりたかったみたいだけれども、
僕にはどう考えても、この映画にホラー映画としての魅力は一つも無いと思う。

12歳のときに不慮の交通事故により両親を失い、
並々ならぬ努力で人気脚本家としての地位を確立した40歳の中年男が、
不気味なマンションで若き美人女性と出会ったことから、次第に不可解な現象が連続します。

気まぐれで立ち寄った浅草に行ったら、自分の両親が目の前に現れ、
束の間の親子水いらずを楽しみ、精神的に満たされていく主人公。しかし、彼の肉体はボロボロになっていく。

まぁ...ホラー部分はどっかに置いといて。

生まれ育った浅草で28年前に亡くなった自分の両親と再会するのですが、
両親は何も無かったように自分を受け入れ、次から次へと自分にもてなしを提供してくれます。
缶ビールを持って行くのに「冷たいだろ?」と言ってハンカチを貸してくれたり、
「暑かっただろ?」と言いシャツをまるで子供扱いするように脱がされ、汗をタオルで拭いてくれる。

一見すると、40歳にもなった中年男が実際にやられたら嫌な扱いに思えるかもしれないが、
これら全てが彼にとっては懐かしい扱いであり、それらが日常だった頃に突如として彼から奪われた全てである。
であるがゆえ、彼にとっては懐かしいもてなしであり、忘れかけていた癒しであったことは言うまでもない。

映画は終わりの15分前までは素晴らしい充実度を誇っている。
僕は映画におけるノスタルジアとは、常にこうあるべきであると思っている。
大林 宣彦の映画を全て観たわけではないけど、浅草の「今半」ですき焼きを食べるシーンは実に感動的だ。

束の間の幸せとは言え、突然、奪われてしまった両親と再会できた嬉しさ、
そしてできなかった親孝行を達成しようとする主人公の心情、これら子供の視点からも感動的だし、
成長を見ることができず、成人まで満足に側にいることができなかった両親が
脚本家として成功した息子と再会し、久しぶりに団欒を楽しめた幸せ、両親の視点からも感動的だ。

かなり大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
前述した浅草の「今半」でのシーンは何度観ても、心に強く迫るものがあり、涙を禁じえないシーンと言っていい。

「今半」に行く直前にシーンで主人公の母親を演じた秋吉 久美子がつぶやく、
「母ちゃんが作った晩飯、食べさせたかったなぁ〜」と言う台詞にも、泣かせられますね。

とまぁ、とにかく片岡 鶴太郎と秋吉 久美子が出てくるシーンは抜群に素晴らしく、
とても力強い素晴らしい映画に仕上がっていたのに、赤坂の不気味なマンションでのクライマックスが
それまで必死に作り上げた本作の素晴らしさを、根こそぎブチ壊してしまいます。

そもそもホラー部分も原作にあるものだから描かなければならないという制約はあっただろうが、
少なくとももっと適切な形での表現はあったと思うし、本作の安直な描写にはかなりガッカリさせられる。
言ってしまえば、このクライマックス15分間での出来事は、本作にとって致命的な難点となっているのです。

別に主人公がタイムスリップするという設定ではなく、むしろ両親がタイムスリップ(?)しているのですが,、
映画の前半で主人公が何かに呼ばれているかのように東京メトロ銀座線と思われる車両に乗り込み、
浅草の地下鉄駅入口から出てくるシーンから、どことなく高度経済成長期の時代性を意識させる雰囲気がある。
そこから浅草の繁華街を歩き回り、浅草演芸ホールで落語を見に行くシーンに続き、
まるで主人公がタイムスリップしたかのような錯覚を覚えさせる画面作りはお見事としか言いようがない。

この辺のノスタルジアをあぶり出す手法は、大林 宣彦の映像作家としての上手さだと思う。

まぁ本作はバブル期に製作された映画であり、
今になって観れば本作で映された時代の街並みも郷愁の感覚を誘うのですが、
本作公開当時から考えると、どこか華やかさを残す浅草六区地区の雰囲気は逆に新鮮だったでしょうね。
今となっては、もっと退化していることは否定できないですからねぇ。

まぁ敢えて、同じマンションに暮らす桂との恋愛パートを含む、
両親との交流以外の描写を肯定するなら、桂を演じた名取 裕子がキレイだったという点だろう。
彼女を映すために、これらのパートがあったと言っても過言ではないかもしれません。
(まぁ・・・だからこそ、最後のエクソシスト化が許せないわけだが...)

80年代後半あたりから、日本映画の勢いに陰りが見え始めたと思うのですが、
本作のような秀作が発表されていることを見逃してはならないですね。

ホラー部分が無ければ、「日本映画にしか出来ない大傑作!」と絶賛できたのになぁ。。。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 大林 宣彦
製作 杉崎 重美
原作 山田 太一
脚本 市川 森一
撮影 阪本 善尚
美術 薩谷 和夫
編集 太田 和夫
音楽 篠崎 正嗣
出演 風間 杜夫
    片岡 鶴太郎
    秋吉 久美子
    名取 裕子
    永島 敏行
    川田 あつ子
    ベンガル
    笹野 高史