日本沈没(1973年日本)

小松 左京の日本列島が地殻変動で無くなるという、とてつもない壮大なスペクタクルを描いた、
SF小説の映画化で、東宝が5億円の製作費を投じて、16億円を超える興行収入を得たパニック大作。

やっぱり当時の日本映画にとっては『ゴジラ』などの特撮の経験が大きかったのかなと思うんだけど、
どうしても今観ると、頑張って製作されたミニチュア模型を使った災害シーンはチープさがあるのは否めない。
しかし、これが当時の日本映画界の技術の限界だっただろうし、当時のスタッフの頑張りはよく伝わってくる。

ただ、どこまで原作に忠実だったかは分かりませんが、中身的には結構、支離滅裂な映画だなぁという印象。
正直、この映画の作り手が映画の中で具体的に何を中心に描きたかったのかが、僕にはよく分からなかった。

但し、ここまで科学的な原理を映画の中で丁寧に説明してくれるのは、あまり例が無い。
映画の中で、地殻変動の仕組み、火山活動や地震活動の活発化の仕組みについて、キチッとした説明をしている。
ここまで丁寧かつ分かり易く、マントル熱対流説を説明しているとは予想だにせず、正直言って驚きました。

本作が製作された頃は、既にプレート・テクトニクスも提唱された後で、学問としての地球科学も進歩していました。
高校生の時に地学が何故か必修だったのでやりましたが、当時から比較的地味な教科という印象がありましたし、
物理との融合みたいな部分もあって、結構、難解だった記憶があります。自分の中ではただの暗記科目になって
しまいましたが、災害が多く発生する日本にあっては、本来的には凄く大切な学問ではないかと思っています。

ちなみに劇中、マントル熱対流説を明快に説明するのは東大名誉教授の竹内 均。
後に科学雑誌『Newton』の創刊に携わった科学者であり、特に退官後はメディアにも多く出演していたようです。

原作も有名であったということもあって注目度が高い作品ではあったと思うのですが、
残念ながら21世紀にも傑作と呼び声が高い...とまでは言えないあたりが寂しいけど、それでも現代には無い
とてつもないパワーを感じさせる映画にはなっていて、今だったらもっと小手先でやっていただろうなぁと思えてしまう。

この有名な原作を手に、スケールの大きな映画を作ってやろうとする作り手の気概が相まって、
73年を代表する日本映画になる...予定だったのでしょう。興行的にヒットはしましたが、残念ながら傑作と称され、
長年語り継がれるような名作にはなれませんでした。それは、やっぱり...この散漫な作りのせいでしょう。

まずもって、本作の主人公である海底調査で使われる潜水艇の操縦士を演じる藤岡 弘が中途半端。
これは彼が悪いということではなく、描き方があまりに中途半端過ぎて、途中から完全に忘れ去られている。
しかも、突如として見合いさせられる相手である、いしだ あゆみ演じる女性との恋愛に時間が割かれるのですが、
これがまた、妙にクサくも、気ダルい雰囲気漂うロマンスで、なんだか映画の雰囲気に合っていないように感じた。

だいたい、いくらそういう時代だったからとは言え、いきなり相手の自宅で酒飲んで、
まるでスナックのような雰囲気で2人が会話するなんて、当時としてもかなりシュールな光景だったのではないか。
しかも、ほぼ初対面でいきなり結婚を云々する会話だあるなんて、あまりに飛躍し過ぎていて、思わず失笑した。
こういう余計なエピソードに力を割かないで、もっとシンプルにパニック・ムービーを志向するべきでしたね。

同じことは、当初から何かおかしなことが起きていて、実は大変なことかもしれないと
いち早く察知していた田所博士を演じた小林 桂樹にも言えて、本作のキー・マンの一人であるはずなのに、
なんだか中途半端なところでメイン・ストーリーからドロップアウトしてしまい、いつの間にかいなくなってしまう。

田所博士も登場した時点で、どこかニューロティックな雰囲気を出していて、
この映画の世界観を作っているのは間違いありませんが、何故こういう風に演じていたのかが分からない。
いつも難しい表情をしていながらも、まともな発言があるわけでもなく、どこか神経質になっているようでもある。
「科学者にとって最も大事なものは、直感とイマジネーションだ!」と断言していたけど、ホントにそうか?って感じだし。
いや、科学者としての“勘”は大事だと思いますよ。意外に言語化や数値化し難いことが、研究の契機だったりしますし。

その田所博士が映画の後半で再び登場するようになり、作り手が何を狙っていたかサッパリ分からなくなる。
そもそものストーリー構成に問題がないわけでもなさそうだけど、それでも映画化するにあたってのアレンジも悪い。
どうしても、ロマンスを描きたいのであれば、どう全体に対してフィットさせるのか、もっとキチッと練って欲しい。

肝心かなめの日本列島で大きな地殻変動が起きていることの証左でもある、
火山や島の噴火に関する描写は、スタッフの気合が表れているのは由(よし)としても、その勢いたるや噴火と
言うよりも、もはや完全な“爆発”である。ここは映画の主題でもあるので、同じミニチュア模型を作るとしても、
チョット大雑把に感じたところで、全体的に少々粗い描写をしているところが、仇(あだ)となっている気がする。
突如として山や島が“爆発”することがあり得ないとは言わないけど、せっかくの機会なのにあまりにチープ過ぎる。

それが上映時間2時間を大きく越える大作志向の映画ですので、尚更、もっと工夫して欲しいところだ。

しかし、この映画で掲げたテーマの一つである、もし日本国民全員が一斉に避難するとなれば、
どのようにすべきなのか、というのは実に興味深いと思った。これは単に避難できれば良いというだけではなく、
その先にあるかもしれない、長く続く避難生活や受入国側の事情、文化の違いなども絡んでくる大きな問題だ。

そんなことを言ってしまえば、日本よりも人口の多い国々はどうするんだ、という主張もあるかもしれないが、
喫緊に迫る政治的な課題として描くという切り口は大変興味深く、これは原作の一つの主張なのだろうと思った。
そんな難しい判断と、厳しい交渉を迫られる日本の総理大臣役に丹波 哲郎というキャスティングは、また絶妙。
キャストというか、各登場人物の描き方の中途半端さは難点あるが、丹波 哲郎に関しては上手く描けていると思う。

まぁ、小松 左京はSF小説を得意としながらも、基本的には人間社会への警鐘があったと思うので、
本作にしても込められたメッセージは、物質社会に対する批判なのだろう。当時の日本も、高度経済成長期を経て、
第二次世界大戦の敗戦余波から明けて、一気に生活水準が向上し先進国の仲間入りを果たし、東京オリンピックという
歴史的な出来事を経て、日本はイケイケ・ドンドンで拡張路線を歩み続けていた中で、敢えてそういうメッセージを
込めることで、自戒の念も込めて、行き過ぎた社会に傾倒しないよう未来を憂いていた、というのが実のところだろう。

そう思うと、避難先で必死になって生きているという、まるで焼け野原から逃げてきたと言わんばかりの
人々の表情を通して、生きることに必死な姿を忘れないようにしようと、まるで画面の向こう側から問いかけているよう。
こういう社会的なメッセージがダイレクトに込められた映画が苦手な人には、本作は向かないだろうなぁと思います。

日本は島国であり、自然災害が多く発生し、過去に何度も大規模災害に見舞われている国です。
未だに自然災害を予知することは不可能ですが、それでも地殻変動や気候について現象を科学的に解明し、
必要なモニタリングすることで予報技術は向上してきています。元々、公害などの環境問題も抱えてましたね。

そういう意味では、人間社会への警鐘というメッセージも含めて、
当時はかなりセンセーショナルな内容だったのだろう。実際に06年にリメークもされ、ドラマ化もされましたしね。
未だに小松 左京の原作の人気が高いことの証左でしょうし、現代社会にも通じるテーマではあるのでしょう。

それにしても...主演の藤岡 弘は濃いですね(苦笑)。
この頃の藤岡 弘と言えば、自分の中では何て言ったって『仮面ライダー』の印象が強いのですが、
さすがに本作ではアクション交えた大活躍というわけではなく、ラストに自主避難する人々に注意を促す程度だ。
彼に爽やかさを出すのは難しかっただろうし、適役だったかは微妙ですが、やはりもっと彼を描いて欲しかった。
きっと劇場公開当時も、藤岡 弘の動きのある芝居を期待したファンは多かっただろうし、これではあまりに勿体ない。

正直言って、映画としては上手くいっていないと思いましたが、今ならCGで全てを表現してしおうとしがちな
内容なだけに、この模型を作成して特撮技術を駆使して撮影しようとするスタッフの気概は貴重に感じてしまう。
そのエネルギッシュさは、キャストにも乗り移ったかのようで、最近には無い熱さ(?)がある映画にはなっている。

これでもう少しだけでも、緻密に出来ていれば、映画の印象は大きく変わっていたでしょうし、
70年代の日本映画を代表するパニック大作として、今でも名作として称えられていたことでしょう。
本来であれば、それくらい“土台”があった企画だと思うので、なんとも勿体ないことをした作品だなぁというのが本音。

(上映時間142分)

私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点

監督 森谷 司郎
製作 田中 友幸
   田中 収
原作 小松 左京
脚本 橋本 忍
撮影 村井 博
   木村 大作
美術 村木 与四郎
編集 池田 美千子
音楽 佐藤 勝
出演 藤岡 弘
   いしだ あゆみ
   小林 桂樹
   滝田 裕介
   二谷 英明
   中丸 忠雄
   村井 国夫
   夏八木 勲
   丹波 哲郎
   伊東 光一
   松下 達雄
   河村 弘二