海峡(1982年日本)
20年以上もの年月を青函トンネル建設に自らの人生を捧げた男を描いたドラマ。
これは確かに記録映画としては優れていると思うし、見応えも十分ある作品だとは思う。
但し、もう一つ突出したものが無かった。青森県の最果てとも言える、竜飛岬に単身で入って測量から、
実際のトンネルの建設まで多くの工員を従えて、初志貫徹にやり遂げるという意志の強さは素晴らしいものがある。
そうなだけに、もっと訴求する映画であって欲しかったのだけれども、どこか中途半端に終わってしまった。
本来的にこの映画はもっと力強く、主人公の生きざまを描くべきだったし、もっと訴求する映画になるべきだった。
だって、北海道と本州をつなぐ青函トンネルですよ。本作はまだ開通前に劇場公開されるくらい、
長い年月をかけて建設され、実際に犠牲者を出してでも作り続けた、言わば国策事業であったわけで
その任に就くこと自体、当時としてはとても名誉なことではあったのだろうが、いかんせん現場は過酷な環境でした。
だからこそ、現場では幾多のドラマがあっただろうし、主人公にも“光と影”とでも言うべき苦労はあったのだろう。
劇中でも語られていますが、1938年から約20年かけて九州と本州の間に関門トンネルが開通している。
その際も約3.5kmもの長さではありましたが、貫通するまでに約6年かかっており第二次世界大戦で中断もあり、
開通するまで20年かかったそうですが、戦禍はないとは言え、青函トンネルの距離は全長53kmにも及んでいる。
陸地の早い段階からトンネル部に入るので、海底部は23kmらしいのですが、当時は世界最長のトンネルでした。
(現在の世界最長トンネルは2016年に開通したスイスのゴッタルドベーストンネルの全長57kmらしい)
本作が劇場公開されてから、更に5年以上経過してから青函トンネルは開通し、
ついに北海道と本州は鉄路でつながることになります。荒れる津軽海峡で発生した、洞爺丸の沈没事故。
多くの犠牲者を出し、この事故以来、安全に往来できるトンネルを掘るということが一気に国策事業になりました。
監督は73年に『日本沈没』を撮った森谷 司郎ですが、これはパニック映画を撮ってきた経験を生かした撮影だ。
確かにトンネル内が水没したり、一部が崩落するシーンの迫力はなかなか臨場感があって、悪くない。
本作製作当時はまだ青函トンネルは建設中で、実際の貫通は83年だったので、実はまだ貫通すらしていなかった。
そんな状況で本作を企画し、撮影したわけですから本作の製作自体、僕は結構な英断だったと思いますね。
僕は昔から思っていたのですが、青函トンネルをどうして函館市街から大間などの下北半島に向けて
通さなかったのだろうかと思っていたのですが、その構想自体はあって、実際に測量したらしいですね。
ただ、付近にある恵山が標高は低い山ではあるものの、立派な活火山であるということと、断層があること、
そして竜飛方面に比べると水深が深いこともあって、青函トンネルは吉岡〜竜飛のルートに決定したらしいです。
元々、新幹線規格でトンネルを掘ることになっていたので尚更だったのですが、
吉岡〜竜飛のルートになると、函館市街は通過できないし、むつ市などを擁する下北半島と比べると、
沿線人口も多くはないですからね。しかし、トンネル建設工事としては竜飛岬からの方が適していると判断されたらしい。
それでも、難工事であることには変わりはなく、パイロット・トンネルの建設中に崩落事故や度重なる浸水に悩まされ、
幾多の困難に見舞われます。土木建築技術を思うと、やはり青函トンネル工事はかなりの冒険だったと思うのです。
映画はこの辺の苦難については、しっかりと言及していて、前述したように記録映画としては優れていると思う。
主人公が自ら測量するシーンからして苦難の連続ではありますが、それだけではなく複数件発生させた事故で
尊い仲間の命が奪われ、それでもトンネルを掘り続けなければならない宿命の重たさについても、上手く描けている。
ただ、単純に僕が感じたのは、主人公の人間性を掘り下げているはずなのに、どことなく人間的魅力に希薄なことだ。
そもそも主演が高倉 健という時点で、“寡黙な昭和の男”で頑固に愚直に耐え続ける男という
若干ステレオタイプなキャラクターであることが決定しているわけで、どうしても既視感が拭えないとことがツラい。
いや、高倉 健の芝居が悪いわけではないのだ。ただただ、予想の枠をはみ出るものが無いという本作の苦しさなのだ。
それから、映画の冒頭に青函トンネルを掘るキッカケとなる洞爺丸の沈没事故や、
その慰霊碑に手を合わせる主人公、そして三浦 友和演じる函館の不良青年との出会いなどのエピソードが鈍重。
森谷 司郎らしく、津軽海峡の荒波に沈む洞爺丸をミニチュア模型で表現しているのですが、これもまた作りが粗い。
当時のスタッフが出来る限りのことをやったのは分かるけど、それでももっと上手く映像表現できたと思う。
洞爺丸の事故は、1000人以上の命が犠牲になった事故で、日本でも最大の海難事故と言われる歴史的な出来事だ。
これだけで映画一本になるような出来事なので、描くのであればもっとしっかりと描くようにして欲しかったなぁ。
ドラマ面での描き方も不満が残る部分があって、吉永 小百合演じるヒロインの存在意義がよく分からなかった。
扱いとしては、ほぼ添え物のような扱いにしか見えなかったのが残念だし、何がしたかったのかがよく分からない。
職員気質な頑固オヤジの仕事一徹な姿に惚れた、飲み屋のお手伝いという位置づけなのだろうけど、
崖から飛び降りようとするシーンにしても違和感いっぱいの雰囲気だし、日本映画の悪いところを集めた感じがする。
そんな頑固オヤジには妻子がいて、届かぬ想いだというプラトニックな要素があるのだろうけど、そこも中途半端。
べつに言葉にする必要もないけど、もっとハッキリと描くべきところは描かないと、映画が中途半端になってしまう。
この主人公にしたって、約20年間を青函トンネル工事に人生を捧げて、
妻子ともに離れ離れだったのですから、普通に考えたら、子どもが幼い頃からの20年間の単身赴任って、
ほとんど一緒に住んでいないということですからね。仕事が忙しくて、岡山へ帰省している様子も描かれていないし。
そう思えば、言葉は悪いですが...現地に別な家族がいる、というパターンになっても不思議ではない。
そんな欲にかられず、一心不乱に仕事に徹する姿が高倉 健というわけですが、それにしても悪い意味で中途半端。
まぁ、初志貫徹に危険を顧みずにトンネル工事にまい進する姿がなんとも眩しくもある。
今の生活は多くの犠牲の元に成り立っている現実を忘れてはならないという教訓を、あらためて感じますね。
今の感覚とは違うところもありますが、当時はある一定のリスクを背負わなければ、物事を進められなかったでしょう。
その覚悟を背中で表現することが得意な高倉 健ですので、脚本の時点で彼をイメージしていたのかもしれませんね。
ただ、日本映画界では本作のようなスペクタクルに見せる記録映画みたいな作品が
数多く製作されていることもあって、どうしても他作品と比較すると本作はキツいなぁと思えるのが本音ですね。
なんせ日本映画界には『黒部の太陽』という超大作がありますしね、建設の苦労を描く映画という点では見劣りする。
まぁ、青函トンネル自体は日本の国家の威信をかけた工事であったと言っても過言ではないと思う。
今となってはウソみたいな話しではありますが、稚内からサハリンへ向けて鉄路でつなげるという話しもありましたしね。
洞爺丸の沈没事故で失われた大勢の命のことを思えば尚更のことですが、やり遂げるための価値はあったと思う。
主人公が大卒の国鉄の鉄道員で、若い頃は新宿駅の駅員をやっていたが、
実は大学時代に地学を専攻していて、地質調査などに長けていてトンネル建設に情熱を注ぐという設定自体が
少々出来過ぎなところもあるとは思うけど、これに近い人が当時の国鉄には技師として雇われていたからこそ、
この長期間に及ぶ難工事に挑むことができたのではないかと思う。そして、森繁
久弥演じる源助の存在だろう。
現場では“オヤジ”と慕われ身体はボロボロだが、部下からの信頼は厚く、大勢の職人を従えてトンネルを掘り進める。
当時は実際に、こういう現場のリーダーがいたのだろうと思う。今となっては考えられないやり方で、
青函トンネルを掘り進めていた時期もあったのだろうし、20年以上も建設工事が続けば技術革新のおかげで、
工法や考え方も変わっていったのだろう。しかし、彼らのような職人気質な存在がなければ、成り立たなかっただろう。
「マンモスが歩いて渡った道を作る」とはよく言ったもので、歴史を動かすものを作りたかったのだろう。
現場にもそんな気概があり、それをアシストする環境があったからこそ、青函トンネル事業は長年続けられました。
勿論、後になって考えれば、「ああすれば良かった」ということはあるのだろうが、それでも実に意義深いトンネルだ。
今となっては貨物列車も頻繁に往来し、北海道新幹線も走るようになり、天候に左右され易い船への依存が減った。
この価値は、一言では語り尽せないほど価値のある偉大な仕事なのだろう。
だからこそ...この映画にはもっと頑張って欲しかったし、もっとヒューマン・ドラマに肉薄した内容にして欲しかった。
(上映時間142分)
私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点
監督 森谷 司郎
製作 田中 友幸
森岡 道夫
田中 寿一
森谷 司郎
原作 岩川 隆
脚本 井出 雅人
森谷 司郎
撮影 木村 大作
美術 村木 与四郎
編集 池田 美千子
音楽 南 こうせつ
出演 高倉 健
吉永 小百合
三浦 友和
森繁 久弥
大谷 直子
伊佐山 ひろ子
東野 英心
小林 稔侍
中川 勝彦
小林 昭二
山谷 初男
大滝 秀治
笠 智衆
北村 和夫