張り込み(1987年アメリカ)

Stakeout

職人監督ジョン・バダムが、80年代ハリウッドの懐の深さを象徴するかのような
アメリカ北西部の都市シアトルを舞台に、FBIから依頼された張り込み捜査(夜勤)に従事することになった、
ハミ出し刑事2人と、通りの向かいの家から見張られているメキシコ出身美女のやり取り描いたアクション・コメディ。

ちなみに、93年にも本作の続編が同じキャストで製作されています。

かつて若手を代表する演技派俳優として注目されながらも、
コカイン中毒に苦しんでいたリチャード・ドレイファスが、ハリウッドのメインストリームにカムバックする、
大きなターニング・ポイントとなったヒット作で、私生活での愛人疑惑もあった、マデリーン・ストーを
スクリーンの世界に引っ張り出し、映画デビューさせた作品としても有名で、彼女は抜群にインパクトがある。

映画は80年代特有のライトな感覚で観れるコメディ・タッチの刑事映画といった趣で、
さすがはこういったジャンルの映画はジョン・バダムもお手の物といった感じで、実に安心して観れる。

この映画の大きなポイントは、嫌々張り込み捜査を始めた刑事が
捜査対象である美女にいつしか恋心を抱いてしまうという点で、半ば“覗き見精神”から発展した恋愛感情だ。
また、捜査対象のマデリーン・ストーが絶妙なくらいに、心惹かれる立ち振る舞いをしていて、これが上手かった。

全てが作り手の計算の基に設計されたものかは分からないけど、
結果としてこの画面を作ったジョン・バダムは凄いし、そこにバディ(相棒)・ムービーとしての面白さを吹き込み、
盗撮や盗聴されている捜査対象者に、恋した刑事クリスが近づいていって、自らが“怪しい人物”として
捜査対象になりかかるという、実に器用なことをやってのけた映画で、ユニークな面白さがある。

映画の冒頭で刑務所から、極悪犯罪人が脱獄するところから始まるのですが、
この犯罪者を演じたエイダン・クインの悪役造詣はなかなかのもので、徹底した悪に徹している。
FBIだろうが警察だろうが、容赦なく殺しにかかり、強盗などは当たり前。これは傑出した悪役キャラクターだと思う。

エイダン・クインは最近、あまり映画に出ていないようで、
最近はずっとTVシリーズが活躍の場に変わっているようですが、もっとブレイクしても良かった役者さんですね。

そして、やはり主演のリチャード・ドレイファスだろう。
当時は86年の『ビバリーヒルズ・バム』に出演した直後で、徐々に映画界に復帰できる体調になってきた頃で、
結果として本作のヒットが、彼の復帰を大きく後押しすることになりましたが、本作のような軽いキャラクターで
矢継ぎ早に喋るようなイメージが彼のレパートリーに加わり、コメディ映画に軸を移せたのが結果的に良かったですね。

私生活では、結構気難しい人のようですが...
本作でも自身が小柄であることに皮肉を交えたり、エミリオ・エステベスから『JAWS/ジョーズ』に
出演後低迷したことをからかわれたり、どこか自虐的なギャグを映画の中に混ぜるのが好きな皮肉屋らしい。

そして、本作の中ではやたらと工場に流れ込んでのアクション・シーンが多く、
映画の冒頭では水産加工場で採れたての鮮魚まみれになりながら、ベルトコンベアに乗ってしまい抜けられず、
大量の魚たちと共に後工程に流されていったり、クライマックスのアクション・シーンではほぼ無人で動く、
木材加工場のラインに乗ってしまい、拳銃を拾うのに四苦八苦したりと、おそらくジョン・バダムの発想でしょうが、
随分とライン化された工場のラインに乗って、それに抵抗しながらのアクション・シーンが目立つ。

こういった一連のシーンでも、リチャード・ドレイファスは孤軍奮闘に近く、
何故か若手のエミリオ・エステベスは一切、こういったアクション・シーンには関わらず、
撮影当時40歳にはなっていたリチャード・ドレイファスが、まるで“中年の星”であるかのように孤軍奮闘。

そう、このように若手のエミリオ・エステベスは対照的にアクション的な見せ場は皆無。
せいぜい、映画の冒頭でフォークリフトに乗って、海に投げ出されるくらいで、バディ・ムービーであるにも関わらず、
ここまでアクションの比率が偏った...(しかも中年の方に)...アクション映画というのも珍しいかもしれませんね。

こういう映画が成立しえたのも、やはりこの80年代というバブルな時代だったせいもあるかもしれません。
マデリーン・ストー演じるマリアが料理しながら流れる、スティーブ・ウィンウッドの Higher Love(ハイヤー・ラヴ)だって、
こうして聴くと、80年代の典型的なホーン・セクションばりばりの派手なサウンドで、21世紀型ではない(笑)。
いや、Higher Love(ハイヤー・ラヴ)は好きな曲なんだけど...いずれにしても、今の時代では成立しない感覚で、
どこか懐古趣味的な発言にはなってしまうが、この古臭さが逆に今となっては懐かしく感じさせる。

ジジイのようなことを言ってしまいますが(笑)、こういう映画を観るたびに...
思わず「果たして今、作られているコンテンツは、30年後に懐かしまれ愛されるのだろうか?」と危惧してしまいます。

やはり良くも悪くも、ここ10数年はずっと“使い捨ての時代”というか、
後には残りにくいコンテンツが量産されているような気がして、勿論、文化財として中身は残されるでしょうけど、
後年への影響力など語られるべきものが少ない文化財となってしまわないか、実は僕は凄く心配しているのです・・・。
(やはり、だからこそ、昨今叫ばれる“SDGs=持続可能な開発目標”という感覚が大事なのかもしれませんね)

この映画の中で印象に残ったのは、
主人公クリスが「やめてくれ。いい人だなんて言われるのはウンザリだよ」と言い放つシーンだ。
これはクリスも冗談ではなく本気で言っているようで、枕詞のように使われる“いい人”には拒否感があったのかも。
この80年代から、そういうことを語っていた映画って、そう多くはなかったような気がして印象に残りましたね。

クリスは“いい人”で終わらせて欲しくはなかったからこそ、
マリアを本気にさせる一言につながったようにも感じますが、結局、捜査としては更にヤバい境地に陥ります。

普通に考えれば、刑事が捜査対象者と恋愛関係になれば、捜査から外されますが、
クリスはクリスでマリアが思いのほか好みの女性だったせいか、ドンドン彼女にのめり込んでいってしまいます。
(なんせ当初は体重140kgの女性であるというデマ情報があったから、やる気がなかったし)

何はともあれ、過剰な期待さえしなければ、そこそこ楽しめる作品だと思います。
ヒロインのマデリーン・ストーの美貌だけでも、十分に映画に価値があると思いますが、
こういう映画をコンスタントに発表できていた、当時のハリウッドのプロダクションの底力に感服します。

できることであれば、日本でもジョン・バダム、再評価をして欲しいディレクターの一人だ。

(上映時間117分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ジョン・バダム
製作 キャスリン・サマーズ
   ジム・カウフ
脚本 ジム・カウフ
撮影 ジョン・シール
音楽 アーサー・B・ルビンスタイン
出演 リチャード・ドレイファス
   エミリオ・エステベス
   マデリーン・ストー
   エイダン・クイン
   フォレスト・ウィテカー
   ダン・ローリア
   イアン・トレーシー
   アーサー・ビリングス