その男、凶暴につき(1989年日本)

ホントは深作 欣二が撮る予定であった企画が、
スケジュールが合わなくなったおかげで、北野 武が自らの手でメガホンを取ったバイオレンス映画。

後に世界的な映画監督として名を馳せる北野 武のデビュー作とだけあって、
ひょっとしたら深作 欣二が撮っていたら、もっと悪い意味で違う映画になっていたかもしれないし、
もっとも、北野 武の映画監督としての手腕が評価されなかったでしょうから、実に意義深い作品だと思う。

単に暴力的な内容の映画というだけではなく、これは一種のハードボイルド映画で、
映画のベースにあるのは、騒々しさではなく、気味の悪いぐらいの静寂さである。

それと、おそらく北野 武は本作を撮るにあたって、欧米の映画をそうとうに研究している。
ひょっとすると、本人は否定するかもしれませんが、色々と“観たことがあるようなシチュエーション”が続きます。
勘違いして欲しくはありません。僕はそのことを否定する気は毛頭なく、パクりだとも騒ぐ気はありません。

一つ一つの暴力は、「やるなら徹底的にやれ!」と言わんばかりに一方的に描く。
それも一つのセオリーになっているのは、どちらか一方がコテンパンに暴力を振るう姿を描く点で、
実はこれは映画の最後まで北野 武が初志貫徹に貫いたスタイルで、後の作品への布石でもある。
このある種の一貫性に、僕は北野 武の映画監督としての強いポリシーを感じますね。

ビート たけし演じる主人公にしても、よく走るし、刑事映画のセオリーはキチッと踏んでいる。
特に映画の前半にある、タレこみから金属バットを持ったまま逃走する犯人を追跡するシークエンスは、
まぁオッサンになりつつあった、当時のビート たけしもよく走る。これは刑事映画のお手本だ。
今になって思えば、これは『フレンチ・コネクション』のジーン・ハックマンと同じじゃないか。
やはりこの手の粗暴な刑事を主人公に据えた映画は、如何にタフに見せるかが焦点なんですよね。

一方通行の道だろうが、何だろうが犯人を追跡するためならガンガン入っていくし、
情け容赦なく逃げる犯人を轢き殺すことだって躊躇しない。犯人を捕らえるためなら、ルールなんて皆無。
地下室のアヤしい空気を表現する、主人公の先輩刑事がヤクザの車に呼ばれるシーンでは、
思わず『フレンチ・コネクション』で主人公のポパイが「この車はクサい!」と断言して車を解体し、
ようやっとヤクを見つけるシーンや、その解体した車を復元して手渡しするシーンの雰囲気にソックリ。
それと、主人公が都心の喫茶店で同僚刑事から真実を聞くシーンなんかも素晴らしい。

この窓越しに何について喋っているか、容易に想像できる光景を沈黙をもって描くというのが良い。
これは『フレンチ・コネクション』でシャルニエがホテルの1階のレストランでリッチに食事する光景を、
ポパイが見つめる姿を、シャルニエらの会話を一切収録せずに表現したシークエンスを想起させます。

映画の冒頭にしても、ホームレスが少年たちに暴力を振るわれ、
それを近くで見ていた主人公が現行犯で逮捕せず、少年の自宅に乗り込んでいって、
徹底的に痛ぶって、自首を強要するという問題行動も、ポパイの粗暴な性格にそっくりだ。
でも、だからこそ僕は本作のスタイルが日本映画という枠組みで実現したことに嬉しさを感じるんですよね。

そりゃ、さすがに監督デビュー作ということもあってか、
無理矢理な力技を多用した部分はあるので、全てがお手本とまでは言えませんが、
これが監督デビュー作とは到底思えぬ出来の良さで、やはり昨今の日本映画界でも抜きん出た存在だろう。

たぶん、そうとうに試行錯誤しながら撮ったのでしょうが、
これは多少の勘の良さと、膨大に重ねたリサーチの賜物以外の何物でもないでしょうね。

正直言って、深作 欣二が撮っていたら、ここまでの創造性を持った映画になっていたか疑問ですね。
やっぱりこの仕事は北野 武ならではって感じで、ここまで沈黙を上手く利用できなかったかもしれません。
(実際に北野 武は当初の脚本にあった、余分な台詞は徹底して削除したらしい)

それと、実に強烈だったのはラストシーンのあり方だろう。
皮肉なラストを迎えるのですが、主人公が廃墟のビルで妹に下した決断も壮絶で、
こんな残酷で非人道的な終わり方は衝撃的としか言いようがないが、一種のカタルシスを感じさせる。
ところが更に一捻りがあるあたりも、実に心ニクい部分なのですが、これが北野 武の演出なんですよね。

前述した暴力描写にしても、映画館の前で女の子が巻き添え喰らって、
頭をブチ抜かれるように撃たれるなんて衝撃的なシーンもあるのですが、
何と言っても映画の中盤にある、少年たちの安全を確保していた刑事が逃走する犯人と取っ組み合いになり、
奪われた金属バットで頭を思いっ切り殴られ、血が吹き出るシーンがスローモーションで表現されるのですが、
僕はこのシーンの衝撃が未だに忘れられません。これは北野 武が1シーンごとのインパクトを重んじた、
結果だと思うんですよね。紙一重な部分はありますが、決して興味本位だけで撮ったシーンだとは思いません。

本作は殊に“痛み”に関する描写は徹底していて、
映画館の出口で主人公が襲われるシーンにしても、ナイフを手で握ってしまうシーンにしても、
これは観客にもその“痛み”が観ているだけ伝わるという、あまりに強烈なシーンだ。

従って、直接的にも間接的にも“痛みを伴う映画”が苦手な人にはオススメできません。
しかしながら、決してそれらは北野 武の興味本位というわけではなくって、純粋に映画とは何たるかを
問い続けた結果、行き着いた表現ということになるわけで、これは昨今の日本映画でも貴重な秀作です。

テレビに出ているタレントが映画界に進出したという要素を超越して、
これはトンデモない映像作家がデビューした作品として位置づける方が、ずっと適正でしょうね。

(上映時間102分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 北野 武
製作 奥山 和由
原案 奥山 和由
脚本 野沢 尚
撮影 佐々木 原保志
美術 望月 正照
編集 神谷 信武
音楽 久米 大作
出演 ビート たけし
    白竜
    川上 麻衣子
    佐野 史朗
    芦川 誠
    吉澤 健
    遠藤 憲一
    小沢 一義
    寺島 進
    岸部 一徳
    平泉 成
    音無 美紀子
    佐久間 哲