ソリタリー・マン(2009年アメリカ)

Solitary Man

これは確かに、マイケル・ダグラスにとっては正に適役ですね。

若き日から伝説のカー・ディーラーとしてメディアにも出るなどして名声と金と社会的地位を手にしたものの、
6年前に心臓に問題がある可能性を指摘され、老いや死を意識するようになったことから、愛する家族との生活を捨て、
欲望に忠実に生きることにして、若い女の子たちと関係を持ち続けることを選択して、家族との別離を経験しながら、
更に新たな恋人の娘にまで手を出したことから、ビジネスや社会的地位や信用を失う姿を描いた、悲しきドラマ。

これはマイケル・ダグラスのためにあるような企画で、出演したキャストたちの多くが、
本作の原案である脚本を読んだときに、真っ先に主人公にマイケル・ダグラスが思い浮かんだそうだが、
それは過去のマイケル・ダグラスのイメージなどを考えても、僕も同意でキャスティングが成功して良かったと思う。

ただ、残念ながら本作はそれだけで終わってしまった印象だ。あまりに勿体ない。
脚本とキャスティングに溺れてしまったようで、出来上がった映画自体はあまりに特長が無い。
脚本を書いたブライアン・コッペルマンとデビッド・レヴィーンの共同監督作品のようですが、2人がメガホンを握って、
2人が意見を出し合って撮影し編集も進めたのだろうが、もっと良く出来た企画だっただろうと思えるだけに残念。

つまらない映画だとまで言うつもりはないけれども、これはあまりに付加価値がついていない。
出来上がった映画で、ある種の“化学反応”が起こらず、ただシナリオをなぞっただけの映画に終わってしまった。
だから及第点レヴェルではあると思うのだけれども、これならば脚本を読んだだけでも同じ程度の面白さがあると思う。
つまり、キャストを用意して、撮影班を編成してまでも、フィルムにする意味が弱い作品だと、僕は感じているということ。

普通に考えれば、これだけのネーム・バリューがあるキャストを集めて、
それなりの規模の映画だったのに、日本ではアッサリと劇場公開が終わってしまった理由がよく分かる出来だ。

この映画の本来的な主題となるべきところは、老いや変化を如何に受け入れるか?ということだったと思う。
どんなキッカケがあれど、孫がいる年齢になっても若い女の子を追いかけるプレーボーイぶりは、
精神的な若さを象徴しているとも解釈できるけど、どこか恥ずかしい姿だと賛否が分かれるところでもあるでしょう。
ただ単に若い女の子を追いかけるというだけではなく、恋人の娘だったり、孫の同級生の親に手を出すのは最悪だ。

コンプライアンスの時代である2020年代には生き残ることができない生き方だと思うが、
分かっていつつも、自分の欲望を止められないくらい吹っ切れてしまった爺さんは、ほぼ怖いもの知らずだ。
なんせ娘に「生き方を改められないのであれば、絶縁する」と宣告されても、曖昧な返答しかできないのだから。

この相当な重症ぶりを演じるにマイケル・ダグラスは、確かに説得力がある芝居ができる。
そんな彼の好き放題な生き方に呆れつつも、最後まで見捨てられない元妻を演じるスーザン・サランドンも良い。

しかし、主人公のベンは自業自得な部分が大きい。自分でもそれは十分に分かっている。
でも、そんな生き方を改めることができず、自分でも止めようがないことで、もがき苦しんでいるのは事実だ。
老いることや死を恐れて自分のやりたいことを諦めるよりも、最後まで突っ切った人生を歩みたいというベンの気持ちは
共感を得られる部分もあるとは思うけど、さすがに周囲に不快な想いや迷惑をかけ過ぎなのが、救われない要因。

だからドンドン、ビジネスパートナーを失い、ビジネスチャンスを逸し、友人や家族の信用を失う。
挙句の果てには経済的にも追い詰められ、自分でもどうしようもないレヴェルまで、堕ちていってしまいます。
そんな初老の男の姿を観ているのは、正直、ツラい内容でもある。でも、こういう人...現実にいるのだろうなぁ。

だからこの映画は、主人公ベンの内面にもっと肉薄して欲しかったと思うのです。
それは脚本を読んだだけでは味わえない部分として、もっとベンが変化を受け入れられない葛藤を描くなどして。
明らかにベンは時代にも、社会的にも取り残されたように孤立した存在になりつつあって、寂しい男なのだから。
色々と掘り下げられる部分はあっただろうし、そのためにベンに関わる多くの人物を登場させたのだろう。

本作、僕はそういった掘り下げが弱くって、単にマイケル・ダグラスが地で行ったキャラクターを演じている、
という映画のアイデアの面白さだけに依存してしまった感じがして、作り手の工夫を感じられなかったのが残念でした。

それから、個人的にはダニー・デビート演じる大学近くのカフェの店主をもっと登場させて欲しかったなぁ。
これではダニー・デビートは随分と贅沢なチョイ役だ。マイケル・ダグラスとダニー・デビートは古くからの盟友であり、
89年の『ローズ家の戦争』以来の共演だっただけに、もっと直接的に絡むシーンをたくさん観たかったなぁ。

今どき、カー・ディーラーで一財を築くということ自体、とても難しいことですが、
ベンは若い頃から働き詰めで、若い頃は家庭を大事していなかったわけではなかっただろうが、
何より若き野心と体力で、仕事へのウェイトを高く置いていたのだろう。だからこそ名を上げたのだろうけど、
いざ健康診断で自分の身体の衰えを聞かされると、スゴい動揺してしまうというのは、ある意味では男っぽい(笑)。

こういうことで動揺して、生活を一変させてしまうというのは、どちらかと言えば男性に多いかもしれませんね。
気が小さい性格ということもあるのかもしれませんが、知りたくない気持ちと認めたくない気持ちが強いと思います。
たぶん自分もそういうところがあって、自分の場合は若い女の子を追いかけることはないような気がしますが(笑)、
例えば大きな病いがあると告知されると、気持ちが負けてしまうタイプかもしれない。とは言え、知りたいとも思いますが。

それにしても主人公のベンは、いざ若い女の子を追いかけ続けると決めてからは、
自分の老いは受け入れられないし、女性の変化や老いにも肯定的な見方をしていないあたりが、物悲しい。
しかも無神経に「40歳を過ぎた女性で、細い人なんていないよ」と言い放てる神経が、彼の勘違いぶりを象徴する。

それだもん、彼を慕う人などいないし、周囲から人がドンドン離れていってしまうわけで、
ベンは刹那的な生き方を選択するしか方法がなく、経済的には追い詰められ、精神的には孤独になっていく。
そんな姿をマイケル・ダグラスが演じると、妙に説得力があるように見えるから、本作はキャスティングの勝利ですね。

ただ、映画はそれ以上に磨かれた感じではないのが残念。シナリオの面白さ以上のものは無いように思える。
これは脚本を書いた人がメガホンを取ると、こうなりがち・・・という典型例になってしまった気がします。
良くも悪くも本作は主演のマイケル・ダグラスにおんぶに抱っこという感じですね。彼に完全に依存しています。
映画の質がそれに付いてきているならいいと思うのですが、残念ながら本作はそこまででもないかな。

老いても尚、プレーボーイと言うと美談ちっくに聞こえなくもないのですが、
本作の主人公ベンは利己的に行動するし、なにより分別の無い女性関係なので、間違っても美談にはならないだろう。

しかも観ていると、お世辞にも“キレイ”に女性と付き合うタイプではなく、どこか刹那的にすら見える。
自らの老いや、重病が潜んでいる可能性を認めたくない気持ちが強く、その代わりとして欲望のままに生きる。
しかも、年甲斐もなく堂々と若い女の子をナンパしに行って、失敗もあるというから見るに堪えないところもある。
本気になって長い付き合うをすべき男ではないと判断され、一夜限りの遊びか寂しさを埋める相手でしかない。

ベンも最初はそれでいいと思っていたのかもしれませんが、その法則を破ろうとした瞬間に、
ベンは全て崩壊する音を聞くことになるのです。そのしっぺ返したるや、ベンにとっては人生の終わりを告げると同義。

結局、本作で描かれるベンという主人公は原題の意味通り、“寂しく孤独な男”というわけですね。
しかし、それは男の私から見ても、ハッキリ言って自業自得。普通はここまでのことにはなりませんよね。
それは理性があるからで、何らかのことがキッカケでこの理性が取られると、人生は破滅に向かっていくのです。

ちなみにベンにブチギレして、経済的に追い込む女性経営者役でメアリー=ルイーズ・パーカーが
出演していますが、彼女を映画で久しぶりに観ましたね。90年代前半は何本もメジャーな映画で大きな役を
こなしていたので、一気にブレイクする女優さんかと期待していたのですが、ブレイクできなかったんですよね。

(上映時間90分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ブライアン・コッペルマン
   デビッド・レヴィーン
製作 ポール・シフ
   スティーブン・ソダーバーグ
   ハイディ・ジョー・マーケル
   デイナ・ゴロム
脚本 ブライアン・コッペルマン
撮影 アルウィン・カックラー
編集 トリシア・クック
音楽 マイケル・ペン
出演 マイケル・ダグラス
   スーザン・サランドン
   メアリー=ルイーズ・パーカー
   ジェナ・フィッシャー
   ジェシー・アイゼンバーグ
   イモージェン・プーツ
   ダニー・デビート
   リチャード・シフ
   ブルース・アルトマン