おいしい生活(2000年アメリカ)

Small Time Crooks

これは実に見事な作品ですね。ウディ・アレンらしい面白い映画でした。

コソ泥で生きてきた初老の男レイは、元ストリッパーの妻フレンチーと結婚生活を送っていましたが、
家庭の主導権はフレンチーが握り、レイは常にフレンチーに小馬鹿にされながら生活してきました。

そんな中、レイは銀行の数件隣の空き家がテナント募集していることに目をつけ、
このテナントを借りて、地下室から穴を掘り、銀行の金庫に侵入しようと計画し、仲間を募ります。
どこかドジな仲間たちが集まり、レイの計画をメインにテナントを借りて、地下室から穴を掘り進めることにします。

地下室の穴掘りの騒音や動きをカムフラージュするためにと、
フレンチーはテナントでクッキー屋を開店させることにしますが、穴掘りはなかなか上手く進みません。
そんな中、フレンチーのクッキー屋の評判が広がり、1年で大企業になるまで急成長を遂げていきます。

めでたく念願のリッチな生活を手にしたレイとフレンチーでしたが、
金持ちたちに陰口を叩かれた悔しさから、フレンチーは画商のデビッドに上流階級のインテリジェンスを学ぶことに。
一方で、家でゴロゴロして質素な生活をしていたいレイは、フレンチーの従姉妹メイと行動を共にするようになります。

映画は如何にもウディ・アレンらしいバカバカしいことを映画化した喜劇だ。
いや、これは貶しているわけではなくって、僕は良い意味でウディ・アレンのバカバカしい喜劇が好きなのですよね。
ウディ・アレンの個性が出過ぎると、鼻につくところもあるのですが、これは久しぶりに良い塩梅の作品ですね。
個人的にはウディ・アレンにはいつまでもこういう映画を撮り続けてもらいたいなぁ・・・と思っているくらいです。

映画の冒頭から、レイとフレンチーの会話から始まって、レイが自分で企てた計画を
フレンチーに話して、6000ドルの資金をだすよう説得するしますが、これがまるで夫婦漫才みたいで楽しい。

本作は特に映画の前半、フレンチーがクッキー屋で思わぬ大繁盛をするエピソードまでが、
トントン拍子にドタバタしながら進んでいくので、特に楽しかったのですが、ウディ・アレンの行動がいちいち面白い。
地下室を掘る際、最初に壁にドリルを打つシーンで、早速間違えたのか、水道管を傷つけて水が噴き出すシーン、
これもみんな必死に近くの物で抑えようとしますが、ウディ・アレンも見るからにダメそうな軽い椅子を当てて撃沈。
やっぱりウディ・アレン自身、こういう小者感を行動からにじみ出るようなキャラクターがホントに良く合っている。

まぁ、賛否はあるのでしょうが、ウディ・アレンはこういうタイプの映画か、
大人のファンタジーみたいな映画の方が合っている気がします。本作はインテリになりたがっていた庶民が
いざインテリになったら、それはそれでなんだか虚しかったという内容ではありますが、ウディ・アレン自身が
生粋のニューヨーカーとしてインテリの代表みたいなセレブリティですが、彼は凄く“ゴーイングマイウェイ”な人です。

なんせ、77年の『アニー・ホール』でアカデミー賞にノミネートされたときも、
「ジャズ・クラブに行った方がマシだ」と言い放ち、授賞式会場のロサンゼルスへの移動を拒否し、
ホントに授賞式の夜に、ジャズ・クラブで普段通りの夜を過ごしたというから、華やかな生活への憧れは無いのでしょう。
(まぁ・・・ただ、そのクラブはニューヨークの高級ホテル内にあるとのことではありますがね・・・)

そんな彼が本作のレイのようなキャクラターを描くことにウディ・アレンの意地悪さを
感じる人もいるかもしれませんが、いつも映画ではやたらと女性にモテるという設定は本作にはありません。
どこかドジで、自分で「オレは頭がキレるんだ」と豪語するものの、あまり信用できないなぁと思わせる立ち振る舞い。

どういう経緯でキャスティングできたのか分かりませんが、フレンチーの従姉妹メイを演じたのは、
女流監督エレイン・メイですね。かつてマイク・ニコルズと作家チームを組んで、数多くの仕事をしてきましたが、
あのいわくつきの映画『イシュタール』を監督したのも彼女でした。しかも、ウディ・アレンより5歳年上なのですが、
彼女こうして観ると、スゴく若く見えますね。あまり年齢のことを言うべきではないけど本作撮影当時も、67歳です。

画商のデビッドを演じたのは、ヒュー・グラントですが、本作はチョット嫌な奴を演じている。
ただのプレーボーイというわけではなく、金持ちを見つけては、成り上がろうとする意思の強い男だ。
まぁ、こういうキャラクターも彼であれば、全く問題なく演じることができますね。彼もまた、良いキャスティングでした。

銀行強盗の準備のカムラージュのために始めたクッキー屋が大繁盛という設定自体がユーモラスですが、
いざクッキー屋がメディアにも取り上げられて大企業に急成長すると、もはやコソ泥稼業は捨てて、
何一つ隠しもせずに、徹底的に金持ち生活を謳歌し始めるというフレンチーの典型的な成金体質も。
でも、確かにそんなものですよね。いざ満ち足りると生活は一変し、次の足りないものを充足させようとするものです。

でも、元々金持ちになりたかったわけではないレイは、コソ泥に戻りたくなるというというのがミソ。

ウディ・アレンが演じるキャラクターはいつも小心者なわけですから、
レイがいつまでも金持ち生活に執着するわけはないですよね。彼がこの映画で最も主張したかったのは、
ひょっとしたらここかもしれず、金持ちの華やかな生活を極めるよりも、家でジャンクフード食べながら
テレビ観ている毎日の方が幸せなんだということなのかもしれません。それくらい、マイペースな人っぽいですから。
そういう意味では、どちらが“おいしい生活”なのか?という、大きなテーマがこの映画には含まれていますね。
(まぁ・・・何にしても...少なくとも最低限のお金は必要だとは思いますけどね。。。)

そんなこんなで話しをレイとフレンチーの二極化した選択をそれぞれ描いて引っ張るのですが、
映画の終盤に急激に収束に向かっていきます。思わず「なんだ、そんなことで落ち着いちゃうの」と
スクリーンに向かって嘆きたくなるくらい。でも、このくっだらなさ含めて、ウディ・アレンらしい映画なんだなぁ。

どこか弱々しいレイを演じるウディ・アレンのナヨナヨ感に対して、
クッキー屋を大繁盛させて急成長させたフレンチーを演じるトレイシー・ウルマンも良かったですね。
レイには強気に喋りますが、夫婦の見えない上下関係がありながらも、レイの出所を待ち続けた過去がある。
そのために、レイはレイでフレンチーに頭が上がらないのは当然のことで、これはこれで愛の形なのですね。

しかし、行き過ぎたセレブリティ志向を見せ始めたフレンチーにはついて行けないと感じたレイ。
一方で下品な成金趣味と揶揄されることを恥じ、インテリジェンスを得ようと若き画商デビッドを頼るフレンチー。
お互いに異なる行動をとることで、それぞれに痛い目や物足りなさを感じて、夫婦愛を見直すキッカケにしていきます。

まぁ・・・ウディ・アレンの才気をビンビン感じさせるような鋭さがある映画ではないが、
老練した手腕をいかんなく発揮したコメディとして考えれば、十分に“お釣り”がくる作品ではないかと思うのです。

今ではすっかり、こういう小じんまりとした映画が劇場公開にかからなくなった印象があって、
やっぱり時代遅れなのかなぁと寂しく思えたりもしますが、こういう映画はいつまでも大切にしたいです。
つまらなさそうに金持ちのパーティーに参加していたレイが、金庫を開けようと楽しそうに鍵をこじ開ける姿は
好対照でなんだかニヤリとさせられるのですが、結局ドジが災いしてドタバタ劇になってしまうのも楽しい。

冷静に考えると、地下室から数十メートルの穴を掘って、数軒隣の銀行に侵入するなんて、
あまりに非現実的な計画なんですよ。でも、それを「オレはキレ者だ」と豪語して歩き回る小物感が
ウディ・アレンの後姿からにじみ出るように感じられる、悲哀を感じさせて、本作によくマッチしている。

もう、ウディ・アレンも90歳近くなってきましたけど、
本作が劇場公開された頃は、まさかこの年齢になっても彼が映画を撮っているとは思ってもいませんでした。

(上映時間94分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ウディ・アレン
製作 ジーン・ドゥーマニアン
脚本 ウディ・アレン
撮影 チャオ・フェイ
編集 アリサ・レプセルター
出演 ウディ・アレン
   トレイシー・ウルマン
   エレイン・メイ
   ヒュー・グラント
   トニー・ダロウ
   ジョン・ロビッツ
   マイケル・ラパポート
   エレイン・ストリッチ

2000年度全米映画批評家協会賞助演女優賞(エレイン・メイ) 受賞