影なき男(1987年アメリカ)

Shoot To Kill

観れば観るほど、いい加減な映画だが(笑)...
僕はまんざら悪い出来の映画ではないと思う。いや、これは十分に楽しめる内容と言っていいだろう。

映画の前半から、一気に厳しい大自然を相手にしたサバイバル・アクションを展開するのですが、
一歩間違えると、命を落とす危険と隣り合わせのダイナミックな描写が抜群に素晴らしく、
とにかく次から次へと緊張感溢れるシーンが連続するという、娯楽性の高さは立派なものです。
一見すると、一方的とも見えるものの、必要最小限に留めて余計な描写を廃した犯人描写も悪くない。

但し、この映画の難はロジャー・スポティスウッドの姿勢に一貫性が無かったところですね(苦笑)。

勿論、同じ彼が撮った映画としては、
例えば00年の『シックス・デイ』なんかと比べれば、ずっと面白い映画になっているし、
映画の出来自体も良いとは思うのだけれども、それでも相変わらず“芯”が感じられない。
(ちなみにロジャー・スポティスウッドは83年の『アンダー・ファイア』を頂点に、残りは下る一方・・・)

意外にも、70年代後半から監督業に専念していたため、
本作で約10年ぶりに役者としてカムバックしてきたシドニー・ポワチエは撮影当時、60歳という年齢でしたが、
体力的な衰えを隠せない設定ということを考慮しても、そんな年齢を感じさぬパワフルな芝居で、
かつてのタフガイぶりを思い起こさせる役柄であることが嬉しい一作ではあるのですが、
ロジャー・スポティスウッドは意外にもシドニー・ポワチエをコメディ的ニュアンスでも使ってしまう大胆さ。

崖を上ろうと頑張るも、体力が追いつかずロープを身体に巻きつけて、
頂上にいるトム・ベレンジャー演じるノックスに向かって、ニヤニヤしながら「さぁ、いいぞォ〜」と言ったり、
突如、遭遇してしまった熊を訳の分からない雄たけびを上げて追い払ったり、とにかくメチャクチャ(笑)。

確かに、シドニー・ポワチエは時代の波に飲まれ、ややイメージが固定化されてしまい、
その事実を彼自身が嫌っていたらしいので、コメディ映画への興味は強かったのだろうとは思いますが、
よりによって、こんなストーリー展開でコメディ的ニュアンスとして使われるなんて、チョット微妙だ(笑)。

おそらくこんなことができるのは、後にも先にもロジャー・スポティスウッドぐらいだろう。

まぁ映画の魅力は何と言っても、ダイナミックな撮影にあることは否定できず、
中盤に待ち受けている切り立った崖の間にロープで結ばれているゴンドラを使ったシーンは特筆もので、
都合10分程度のシーンではあるのですが、あのシーンだけで本作は価値があると言ってもいいぐらいだ。
特にノックスがピンチに陥るエピソードは素晴らしく、これを観て手に汗握らない人はいないだろう。

というわけで、実はマイケル・チャップマンのカメラが支えているのです、この映画(笑)。
いや、冗談抜きで、そう言わせるぐらい、この映画のカメラは名人芸の域に達しており、
それだけに映画の終盤のヴァンクーバーでの追跡劇が、全てパワー・ダウンしたのが勿体ない。

この辺の片手落ちな感じで終わってしまうのはロジャー・スポティスウッドらしいと言えばそれまでですが、
これが映画の終盤手前までは、ひじょうに快調にいい感じで映画が進んでいただけに余計に勿体ないのです。

僕が最初に“観れば観るほど、いい加減”と表現したのは、
いくら必要最小限な描写とは言え、せめて犯人が登山グループに紛れる過程は描くべきだったし、
何故、犯人が左目に固執して、人質や一般人を射殺するのか、その意図も不明瞭。
省くところは省いていて良いのですが、肝心なところまで省いてしまったのがマイナスかな。

この頃のトム・ベレンジャーはまだ不思議な空気を持つ役者ではありましたが、
本作の前半は台詞が少なくて、彼が持つ雰囲気を活かし切れていない印象がありましたが、
映画が後半に差し掛かると、グッと良くなり、特に猛吹雪でビバークするシーンは忘れられない。

シドニー・ポワチエ演じるFBI捜査官の足が痙攣してしまい、
オマケにかいた汗が凍って体が冷やされ、見るからに体調が悪そうな状態に気づき、
大雪原の真っ只中でかまくらを掘って、その中で上半身裸になって、身体を温め合いながら寝る。
確かに相手は男で、オマケにオッサンなのですが、そんなことを言ってられない危機的状況。
そんな極限的状況でも、「“そういうの”が好きなんだ」と冗談を言っちゃう神経のズ太さ(笑)。

思えば、シドニー・ポワチエも前述の熊を退散させるシーンで、
ノックスに「追いかけてきた熊が退散するなんて、初めて見た」と言われ、
「アイツにとっても黒人は珍しかったんだよ」と人種ネタで冗談めかして言うなんて珍しいですね。

ロジャー・スポティスウッド自身、編集者出身なのですが、
おそらく映画を撮影するにあたっては、カメラの重要性を痛感し、編集でも工夫が必要であると、
意外にも後年の発表作なんかにしても、このことを強く意識した作品を発表してはいますね。
(さすがに97年の『007/トゥモロウ・ネバー・ダイ』はイマイチだったけど・・・)

もう少しでいいから...要領良く映画を撮れたら、映画の出来は大きく変わっていたでしょうね。
そうすれば、ひょっとしたら『アンダー・ファイア』以上の作品として、ロジャー・スポティスウッドの代表作に
なっていたかもしれず、90年代の創作活動の展開幅はもっと変わっていたかもしれません。

一様にシドニー・ポワチエが演じたベテラン刑事は完璧な男ではなく、
凄い捜査に対する執念とは裏腹に、性格的には少し嫌味に感じる部分がある男だ。
特にヴァンクーバーに犯人が逃げ込んでからは、得意げな顔して動き回るシーンは印象的だ。

まぁそれでも・・・彼が足を引っ張る存在ではないあたりは、ハリウッドの良心か。

(上映時間109分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ロジャー・スポティスウッド
製作 ロン・シルバーマン
    ダニエル・ペトリJr
原案 ハーブ・ジンメル
脚本 ハーブ・ジンメル
    マイケル・バートン
    ダニエル・ペトリJr
撮影 マイケル・チャップマン
音楽 ジョン・スコット
出演 シドニー・ポワチエ
    トム・ベレンジャー
    カースティ・アレイ
    クランシー・ブラウン
    リチャード・メイサー
    アンドリュー・ロビンソン
    ジャネット・ロトブラット