シャイン(1996年オーストラリア)
Shine
オーストラリアでは著名なクラシック・ピアニストのデビッド・ヘルフゴッドの半生を描いた伝記ドラマ。
これは実に丁寧に描かれた秀作だと思います。主演のジェフリー・ラッシュもオスカーを獲得するなど、
オーストラリアの映画が欧米でも高く評価されるクオリティにあることを、あらためて見せつけたかったのでしょう。
監督は後に『アトランティスのこころ』などを撮るスコット・ヒックスで、本作の時点である程度“完成”していますね。
本作で強く印象に残るのは、何と言っても独善的で愛情表現が強烈なデビッドの親父で、
この役をアーミン・ミューラー=スタールが演じているのですが、妙に現実味を感じさせる芝居で説得力がある。
親父も好きだったクラシック・ピアノを独学で息子などの子供たちに教え、腕前が上達したことをキッカケに
町の演奏会などに出場させ、なんとかピアノのレッスンを受けられるようになりますが、べつにピアノの上手い息子を
自分の家から社会に放すという目的があるわけではなく、異様なまでに子供たちとの生活で家族の連帯感を持ち、
ロンドンなどで学校に通わせて、専門的にピアノの教育を受け音楽家になることを父親は望んでいるわけではなく、
子供を離す気はサラサラ無い。息子が「実家を離れて学校に通いたい」と言おうものなら、もう家の中は大変。
挙句の果てには、父親から理不尽な暴力を受け、デビッドは精神的に強いショックを受けてしまい、
病院の看護を受けながら生活することになります。この親父、とにかくプレッシャーをかけてくる。僕の苦手なタイプだ。
この親父、家族という形に強いこだわりを持っていて、その愛情を家族全員に押し付ける。
見方によれば、父親の自己満足を達成するために家族がいるようなもので、毎日のように怒られていた。
しかし、それでもこの父親はデビッドのピアノの才能を悟り、自分以外の人間からのレッスンをつけた方がいいかと
苦悩した挙句、この父親なりに勇気を出して他人にデビッドを預ける。ここまでは、まぁ・・・良かったのかもしれない。
しかし、頭角を現したデビッドが注目される存在となり、前述したように家を出ると主張した時点で
父親の態度は豹変して暴力を振るい、「家を出ていくなら勘当だ!」と言う始末で、まるで子供を応援しようとしない。
心配である、愛ゆえか暴走して子供を離したくなくなる・・・という気持ちはよく分かる。が、ホントにやってはダメだ。
自然と子供が成長する瞬間があると思うのですが、その時の独立心を阻むことで
子供の未来は閉ざされる。この父親は一体何のために、誰のためにこのような生活を続けようと思ったのだろうか?
この父親はひたすら家族の結束を求め、バラバラに離散することを恐れているようにピリピリし続けている。
しかし、実際にやっていたことは結束するというより、父親のエゴによって拘束されている家族なわけであって、
客観的に見ても彼らはまったく幸せではない。この父親にとっても、常に強迫観念みたいになっているので
安心するには程遠く、常に彼らを離散させようとする“何か”に怯え、周囲を威嚇し続けているようなものですね。
デビッドなりに反抗期でもあったせいか、父親からすればそんなデビッドの反抗的態度も気に食わない。
とにかく自分の言うことを聞かせたいという想いは強かったのだろうけど、普通ならそれは親として抑えるところだ。
ところが我慢ができない。それゆえ、デビッドが強く拒絶すると途端に冷淡な態度にでる。これはもはや愛ではない。
そんな父親との日々に影響を受け、除去に他人とのコミュニケーションも苦手となり、内向的な性格になっていきます。
そして、いざ、実家に連絡しようとしても父親は電話を受けない、しかも家に帰りたいとデビッドが言っても、
一切受け付けずに文字通りの勘当である。これで「お前への愛は誰よりも強い」なんて、よく平気で言えるものだ。
とまぁ・・・この独善的な親父に文句ばかりが出てくる映画ではあるのですが、ある種、彼もまた病んでいるわけです。
この父親の存在があまりに強烈で少々デビッドの存在が霞んでしまうくらいではありますが、
やっぱり父親を演じたアーミン・ミューラー=スタールが上手いんだと思う。彼はもっと賞賛されても良かったと思う。
(本作でオスカーを獲得したジェフリー・ラッシュにいたっては、上映時間の半分も映画に出演してない気が・・・)
やっぱり、アーミン・ニューラー=スタールはこういう毒親というか...ひとクセもふたクセもあるような
人間的に破綻したトンデモない爺さんを演じさせたら上手いですね。89年の『ミュージックボックス』でも同様でした。
本作が劇場公開された直後にデビッドの家族は、本作で描かれたエピソードが誇張されていたり、
事実と異なると訴え、本作の作り手と対立したことで話題となったことから、まぁ・・・中身的には問題もあるのだろう。
とは言え、僕はあくまで実在の人物に想を得たフィクションと捉えていて、決してノンフィクションだとは思っていない。
そう確信させるほど作劇的で出来過ぎた部分があるのは事実で、これはデビッドの家族も怒るのは仕方ないだろう。
良くなかったのは、後でこういう対立を生むからこそ、作り手には慎重に映画を撮ってもらいたかったし、
デビッドは本人は勿論のこと、家族ともしっかりコンセンサスをとって欲しかったのですが、そこは甘さがあったのかも。
せっかく映画の出来栄えはなかなか良いのに、こういう後からトラブルが起こってしまうことは、実に勿体ないことだ。
欲を言えば、大人になってからのデビッドをもっとしっかりと描いて欲しかったかなぁ。
実際、精神的な面で問題が無かったわけではないのだろうけど、そのピュアさゆえに人間的な魅力に溢れていた。
だからこそ、かつてのデビッドの偉業を知っている人がいたり、常にデビッドを助けてくれる人がいるわけですね。
そういった魅力ある部分をもっと描いて、独特な喋り方ばかりを強調するだけにはなって欲しくなかったんだよなぁ。
まぁ、それでもなんとか映画のラストのコンサートでスタンディング・オベーションを受けて、
アンコールを演奏するに至るまでの何とも言えない達成感を表現できたのは素晴らしく、実に感動的ではある。
こういうシーンを表現できたからこそ本作は強いわけで、作品としても高く評価された所以でもあるのだろうと思う。
映画の原題通り、これはデビッドが“輝いている”瞬間なのです。この溢れる感情を表現するのが映画だと思う。
ラフマニノフを演奏させるには早すぎると忠告を受けていたものの、ラフマニノフを志願するデビッド。
これが本格的に精神を病んでいくキッカケとなっていくのですが、このラフマニノフの曲を演奏する困難さは
もっとしっかりと描いた方が良かったかな。なんせ、全身全霊をかけて汗だくになって演奏するほどなのですから、
猛烈なプレッシャーやストレスがあり、演奏者も疲弊しながら取り組むほどなのですから、相当な困難なはずです。
そこが本作から、そこまで伝わってこないのは残念。何故、デビッドがこだわっていたのかも単に父親のせいなのか、
或いはデビッド自身が何か通じるものがあったのか、この辺をもっと克明に描いた方が映画はグッと良くなっただろう。
そういう意味では、純真無垢な雰囲気で接することで、デビッドよりも随分と年上な女性と結婚しますが、
この結婚があまりに唐突な形で描かれているのも気になった。実在のデビッドは若い頃に結婚していましたが、
すぐに結婚生活が破綻してしまい、その後に精神を病んでしまって約10年間に及ぶ闘病生活を送っています。
退院後にデビッドは占い師の女性と結婚しており、天才音楽家の“おしどり夫婦”として知られるようになりました。
おそらく、デビッドの結婚は本作にとっては大きな意味があったはずなので、2人の結婚もしっかり描いて欲しかった。
スコット・ヒックスの監督作品って、なんかいっつもこういう感じ。決して悪くないし、むしろ良いんだけど・・・
どこか肝心な決定打が無いというか、僅かに“何か”が足りない感じ。力のあるディレクターだとは思うのですが、
いつもこういう仕上がりな印象があって、スゴく勿体ないなぁと感じる。本作も傑作という感じではないんだよなぁ。。。
「成功するのは強い人間だけ」とデビッドの父親は言い続けてきましたが、
ここまでいってしまうと歪んだ家族観という印象ですが、一方ではこの父親はホロコーストの犠牲者でもある。
何故に強い結束を家族に求め、子供を締め付けるまでに至った理由は、ユダヤ人の過酷な歴史も影響しているかも。
教育熱心で高い志しを求めるというのも、後にユダヤ系の人々が欧米で成功したことを裏付けているようだ。
やはり過酷な歴史があるからこそ、ハングリーな民族性が養われ、反骨精神も強かったのではないかと思います。
しかし、デビッドの場合は父親があまりに極端であったことに加え、デビッド自身にそういう教育が合わなかった。
そうであるがゆえに独立心が養われたのでしょうが、それでも挫折をすれば、誰だって精神的に弱ることがある。
そんなときに父親が冷たく突き放したことで、デビッドの心は完全に壊れてしまったというのが、大きな分岐点でした。
ちなみに本作でオスカーを獲得したジェフリー・ラッシュはオーストラリア出身の俳優で
初めてオスカーを獲得しました。本作でのブレイクがキッカケで、数多くの作品に出演することになりました。
でも、クドいようだけど...やっぱりアーミン・ミューラー=スタールの方が良かったような気がしましたけどね・・・。
(上映時間105分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
監督 スコット・ヒックス
製作 ジェーン・スコット
脚本 ジャン・サーディ
撮影 ジェフリー・シンプソン
音楽 デビッド・ハーシュフェルダー
出演 ジェフリー・ラッシュ
ノア・テイラー
アレックス・ラファロウィッツ
アーミン・ミューラー=スタール
リン・レッドグレーブ
ジョン・ギールグッド
グーギー・ウィザース
1996年度アカデミー作品賞 ノミネート
1996年度アカデミー主演男優賞(ジェフリー・ラッシュ) 受賞
1996年度アカデミー助演男優賞(アーミン・ミューラー=スタール) ノミネート
1996年度アカデミー監督賞(スコット・ヒックス) ノミネート
1996年度アカデミーオリジナル脚本賞(ジャン・サーディ) ノミネート
1996年度アカデミー作曲賞(デビッド・ハーシュフェルダー) ノミネート
1996年度アカデミー編集賞 ノミネート
1996年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ジェフリー・ラッシュ) 受賞
1996年度イギリス・アカデミー賞音響賞 受賞
1996年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(ジェフリー・ラッシュ) 受賞