セルピコ(1973年アメリカ)

Serpico

理想に燃え、憧れの警察官になった青年セルピコが
不正まみれのニューヨークの警察事情に絶望し、仲間から反目されながらも、
単独で汚職・不正に一人抵抗し、精神的に葛藤する姿を描いたサスペンス・ドラマ。

当時、ハリウッドでピークを迎えていたアメリカン・ニューシネマなるムーブメントを考えると、
本作も体制に抵抗する個人の能力の限界を悟った作品という意味で、本作もニューシネマだろう。

当時、『ゴッドファーザー』など次々に話題作に出演し、
演技派俳優としてハリウッド・スターに成長しつつあったアル・パチーノが、
純粋なまでに不正勧誘に抵抗し続ける警察官を見事に体現。おそらく本作は彼の代表作の一本になるだろう。

こう思うのは僕だけかもしれないけど...
主人公のセルピコは不器用な人間だと思うんです。欲を言えば、もっと上手い方法があったと。
まぁそれは結果論なんだけど、そんなもどかしさがあるあたりが本作、実に人間らしくて良いですね。

例えば、組織が腐敗していることにはとうの昔から気づいているのに、
内部告発の拠り所を、警察上層部に置くことに異様なまでのこだわりを持ちます。

市長に近いポジションで働く警察官を演じるトニー・ロバーツが、
またこの上なく嫌味なキャラクターで(笑)、ハッキリ言って彼が腐敗部の根幹である、
警察上層部の連中を片っ端からセルピコに紹介するから、余計にセルピコが窮地に追いやられるのですが、
こういった構図は腐敗した組織の典型例といった感じで、現実にもこれに近い状態があるかもしれないですね。

シドニー・ルメットはあくまでドキュメンタリー・タッチで淡々と綴っていますが、
これは現実的に考えて、凄いスキャンダルですよ。でも、これはハッキリ言って個人の力ではどうにもできない。

僕はマスコミも正直言って、信用してませんが、
こういう状況であれば内部告発に疑義がかかった時点でスパッと諦めて、
外部組織に相談すべきでしょうね。特に警察という組織であれば、尚更のことです。

とまぁ・・・「ああすれば良い」、「こうすれば良い」って意見が他人事のように出てくるのですが、
なかなか決断できないのも人間です。この辺の難しさも、本作はキチッと目を背けずに描いていますね。

セルピコは不器用な人間だからこそ、同僚からの脅迫は絶えないし、
私生活でも登場してくる2人の女性とのロマンスも、まるで上手くはいかない。
私生活で言えば、ハッキリ言うと、セルピコは勝手な人間である。これでは他人との共同生活はできない。
ここまで汚職・不正にこだわって拒絶し、孤立無援で闘おうとする姿は、彼の強い理想のおかげだろう。
だからこそ私生活でも上手くいかないのです。端的に言うと、彼に付いて行けない状態なのでしょう。

しかしながら忘れてはならないのは、あくまで本作に限った話しをすれば、
そんなセルピコの強い理想が抑え切れず、私生活にまで影響を及ぼしてしまうのは、
警察組織に対する強い失望感と、同僚からの脅迫という異常事態がそうさせているのでしょう。

そんな彼が苦闘するイメージも、この時代の刑事像の一つだと思いますね。
『ブリット』、『フレンチ・コネクション』、『ダーティハリー』、『破壊!』などこの頃の刑事映画ブームのおかげで、
実に様々な刑事像が創出されましたが、これはシドニー・ルメットのアプローチが良かったからでしょう。

そうそう、驚くことに何と本作は実話。
71年にニューヨーク市警の腐敗体質を告発したフランク・セルピコの実話らしいのです。

シドニー・ルメットのドキュメンタリー・タッチの手法はノンフィクションという括りを越えて、
アル・パチーノが演じるセルピコに実に映画的な、新たな躍動感を与えていますね。
おそらく現実のセルピコは少し違う人間だったであろう。しかし、それは大きな問題ではないと思う。
あくまでシドニー・ルメットが創出したキャラクターという意味で、これは価値のある映画だと思いますね。

まぁそういう意味では単純な勧善憎悪な内容にはしなかったのも大きいですね。
それはセルピコの人間性描写によく象徴されています。彼は前述したように完璧な人間ではありません。
彼自身に隙はあるし、自分の保身のことを気にしたり、それなりに出世欲もある様子です。
恋人をつい怒鳴ったり、情けなくも憐れまれたりします。これが完璧な人間なら、こうはならないはずです。

でも、敢えてシドニー・ルメットはそういったセルピコのありのままの姿を描き、
下手に彼を美化して描かなかったのは、実に賢明な判断であったと思いますね。

そうなだけに映画の終盤にある“金バッジ”に関する描写は複雑ですね。
決して彼は“金バッジ”に興味がないわけでも、欲しくないわけでもないと思うのです。
いや、むしろ“金バッジ”に憧れ、得るために努力しようと誓っていたはずなのです。

しかし、同僚からの信頼を失い、“密告者”として見捨てられたセルピコは瀕死の重傷を負い、
初めて“金バッジ”を手にします。しかし、彼は不満なのです。こんな“金バッジ”であるのなら。
このベッドでのチョットしたシーン、僕はとても深遠な意味合いを持ったシーンだったと思うんですよね。

罠にハマることを覚悟しながらの仕事には、セルピコが感じたであろう異様な孤独感があります。
そういった感情表現を一気にし切ることができた、当時のアル・パチーノって、やっぱり凄かったんだなぁ。

思えばシドニー・ルメットは57年に『十二人の怒れる男』で高く評価されましたが、
60年代は『未知への飛行』、『質屋』が評価されたぐらいで、ハッキリ言って、低迷していました。
そこから70年代に突入して、本作、『オリエント急行殺人事件』、『狼たちの午後』と息を吹き返しましたから、
本作を監督したことは、彼にとってひじょうに大きな契機だったのではないかと思えるんですよね。

いろんな意味で本作は、忘れてはならない一本なんですよね。

(上映時間130分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 シドニー・ルメット
製作 マーチン・ブレグマン
    ディノ・デ・ラウレンティス
原作 ピーター・マーズ
脚本 ウォルド・ソルト
    ノーマン・ウェクスラー
撮影 アーサー・J・オーニッツ
音楽 ミキス・テオドラキス
出演 アル・パチーノ
    ジョン・ランドルフ
    ジャック・キーホー
    ビフ・マクガイア
    トニー・ロバーツ
    フランク・マーリー・エイブラハム
    コーネリア・シャープ
    アラン・リッチ

1973年度アカデミー主演男優賞(アル・パチーノ) ノミネート
1973年度アカデミー脚色賞(ウォルド・ソルト、ノーマン・ウェクスラー) ノミネート
1973年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(アル・パチーノ) 受賞